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flappers 1〜black side〜  作者: さわきゆい
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未生ちゃん

水沢凪(みずさわなぎ)様』と書かれた封筒を手に取り、全てダイレクトメールであることを確認すると、あたしはリビングの隅の箱へ放り投げた。

 後でまとめてシュレッダーする書類を入れる用の箱。名前や住所、個人情報の書かれた物は、ここに入れとくことになっている。


 実家だったら、そのままゴミ箱に捨てているけれど、ルームメイトの未生ちゃんは、プライバシー管理に結構細かい。

 女性の2人暮らしだから、確かに気をつけるに越したことはない。郵便物をそのまま捨てないのは、今は習慣になった。


「…んー、ナッピ、おはよー」

 まだ少しぼんやりした表情の未生ちゃんが起きてくる。

 スッピン、寝ぼけ気味の顔でも、やっぱりカワイイ。

 さらさらストレートの髪は、あまり寝癖もつかないし、おおあくびしたって、全然変な顔にならない。


 ルームメイトの小坂未生(こさかみお)ちゃんは、10頭身くらいかな、と思われる小顔の美人。

 身長はそれほど高いわけではないけど、体型のバランスがいい。

 モデルとか、女優の卵、なんて言われてもすぐに納得できる華やかな顔立ちで、何度か街中でスカウトの人に声をかけられたこともあるらしい。

「でも、うちのお父さん、そういうの絶対反対するし。未生もモデルとか、あんまり興味ないんだよね〜、なんか、大変そうじゃない?ああいう仕事って」

 たまに自分のことを「未生」って言っちゃうのがまた、カワイイ。


 男女問わず、キレイな顔の人を見るのが、あたしは大好きだった。

 なんだか、怪しまれそうだから人に言ったことはないけど、学校でも街中でもキレイな人やカワイイ人を見かけると、つい、見つめてしまう。

 別にそれ以上、どうこうというわけじゃない。要するに…無い物ねだり、なんだろうな、と思う。

 眺めてるだけなら、何も問題はない。もちろん、相手に不快感を与えないよう、凝視したり、わざわざそばに近寄ったりなんかしないし、自分の密かな「趣味」を、周りに悟られないよう注意しているつもりだ。


 そんなあたしにとって、大学入学を機に、未生ちゃんと一緒に住めることになったのは、本当にラッキーだった。

「え?!ナッピ、未生ちゃんとルームシェアするの?仲良かったっけ?」

 同じ器械体操部のクラちゃんにも驚かれたけど、確かに仲がいいわけじゃなかった。

 だって、受験の時まで、話をしたこともなかったのだから。

 お弁当を一緒に食べて、他愛もない話をして。それだけだったけど、お互いに印象は悪くなかった。でも、それくらい。

 だから、学校にT大合格の報告をしに行った帰り、声をかけられて、いきなりルームシェアの話を持ち出された時は結構驚いた。

 実家から大学まで、通学できない距離ではない。隣県から片道2時間ー電車の乗り継ぎがうまくいかないと2時間半以上かかるけど。

 あたしのうちでは、通学すること前提でしか考えてなかったから、断ろうとも思ったけれど、考えてみれば魅力的な話だ。


「絵州市ってほら、ウィンガー問題があるでしょ、うちのパパ、危ないから一人暮らしはダメって言うの。せっかく、おばあちゃんが住んでたマンションもあるのに!」

 未生ちゃんのおばあさんは、ヒザを悪くしたことをきっかけに、さっさと介護サービス付きのマンションに引っ越してしまったそうだ。

 残された部屋は、お父さんが仕事で絵州市に来た時に、掃除をしたり、管理していたようで、

「それなら、私が住んだ方がいいじゃない」

 というのが、未生ちゃんの言い分だった。


 ()()()()()()()、と聞いて、あたしはギクリとした。

 関係ない、けど、無関係じゃない話。

 ここ数年、絵州市やその周辺でのウィンガー保護が多くなっている。それも新規の発現者ではなく、ずっと以前に翼が現れたにも関わらず、アイロウに登録していない、いわゆる隠れ天使。

 時に暴力事件を起こしたり、犯罪組織に関わっていたりして、問題になっている。

 世界的に見ても、一つの都市からこれだけの隠れウィンガーが発見されることは異常で、ワールドニュースにも取り上げられたりしている。


「ナッピ、何飲んでるの?」

 キッチンで立ったままマグカップに口をつけている、あたしのそばに来ながら、未生ちゃんは自分のマグカップを水切りカゴから取った。

「ココア。飲む?」

「うん、飲む」

 この頃は肌寒い朝も増えてきて、ホットココアを朝食がわりにすることが多くなってきた。


 レンジでココアを温めながら、未生ちゃんがテレビをつける。

 冷蔵庫や洗濯機など大物の家電は、ほとんどここへ引っ越す時に未生ちゃんのお父さんが新品を用意してくれた。

 おばあさんが使っていた物でも、まだ使えそうだったのだけど、あたしも一緒に住むのだからと、気を使ってくれたのだ。

 ただ、テレビやリビングのテーブル、ソファなどは、そのまま使わせてもらっている。

 テレビの録画機能が時々、ストライキを起こすけど、普段見る分には全く支障ない。


『未登録翼保有者対策室の定例発表によると、先月のウィンガー保護件数は…』

 ああ、またウィンガーのニュースだ。

 アナウンサーの正面画像から、年配のいかにも管理職らしい男性の会見映像に切り替わる。

 未登録翼保有者対策室の室長で、向田という人だ。今年の4月から室長になった人で、親しみやすい話し方をする。質疑応答のシーンがたまに映されたりすると、冗談を挟みながらも、的確で分かりやすい答えを返す。感じのいい、でも『できる』人なんだろうな、といつも見ながら思っていた。


 絵洲市に『未登録翼保有者対策室』が設置されたのは4年前。

 その少し前、つまり今から5,6年前から、絵州市でのウィンガー保護件数は右肩上がりだった。

 翼保有者の登録、管理を行う『国際翼保有者登録機関(IROW:アイロウ)』の日本支部が出した見解は

「絵州市で保護されたウィンガーの大半が外国人労働者である。積極的に外国人労働者を受け入れている絵洲市や、その周辺市町村で仕事に就くためにやってくる外国人の中に、翼の発現を隠しているウィンガーが少なからずいるために保護件数が増加していると思われる。ウィンガーの発現率が上昇しているわけではない」

 というもの。それならそれで、なんで絵州市に隠れウィンガーが集まってくるのか?という疑問もあるけれど、アイロウも、マスコミもそこら辺には触れない。

 絵州市とウィンガー。と言えば、いわく因縁のある関係だから、それだけで理由になるのかもしれない。


「保護された外国人ウィンガーのほとんどは、発展途上国の出身です。かれらが口にするのは、国の、特に地方でのウィンガーに対する偏見、差別の現状です。このことを是正することが、絵州市での保護件数を抑えることに繋がると考えます」

 向田室長のコメントの後、画面はスタジオのアナウンサーに切り替わった。

「向田対策室長はこのように述べ、ウィンガーの人権保護の重要性について、国際社会に強く訴えることを…」

「でも、この間保護されたのって、普通に日本人の高校生だよね〜」

 アナウンサーのコメントの途中に、未生ちゃんが口を挟む。

「通ってる高校の名前まで、ネットで出ちゃってたけど、そっちの人権はどうなんだろうね〜」

「え、出ちゃってたんだ」

 基本、邦人のウィンガーに関しては、保護時のざっくりした年齢(10大前半とか、後半とか)と、住んでいる県名くらいしか出されないことになっているのだけど、最初に翼を発現する年齢が、中高生に集中しているから、友人知人を介して情報が出回ってしまうことは多い。なにしろ、学校にいる間に、翼を発現する確率が結構高いのだ。

「すぐ削除されたみたいだけど。一時期、本名も書き込みされてたんだって」

 未生ちゃんは不満そうにため息をついた。

「ウィンガーのニュース出るたびに、パパ電話よこすの、いい加減にして欲しいんだよね〜。一年半いても、市内でウィンガーに会ったことなんか一回もないのに」

 心なしか、少し残念そうな口調に聞こえる。あたしは心の中で苦笑いを浮かべながら、ココアのカップを口へ運んだ。


 目の前に、いるんだけど、ね。

 しかも、あたしウィンガーの中でも、かなりのレアキャラです。

 かれこれ9年、未登録ウィンガー、つまり隠れ天使やってます。あ…あたしの翼じゃ、天使とは言えないか…


 ウィンガーとは関わらない。何も知らない。

 それが、あたしの決めたスタンスだった。そうして、中学、高校の6年間をごく普通に過ごしてきた。

 それなのに。

 地元の大学や、専門学校を勧める両親を説き伏せ、絵州市にあるT大を受験しようと決めたのは、

「姉ちゃんの偏差値なら、T大行けるじゃん」

 という弟の後押しと、

「絵州市なら、自宅から通えるし」

 と、親を説得しやすかったのと、それからーーウィンガーの保護件数がずば抜けて高い絵州市で、何が起きているのか気になったから。

 最後の理由が一番大きい。

 心配とか、責任感なんてものは、ない。多分、野次馬根性。

 小学校までを過ごした絵州市で、何かが起こっている、更に何か起こる、という予感はあった。

 ただ単に、ウィンガーに関することなのか、小学校時代の同級生にも関わることなのかはよく分からなかったけど。


「あ、今日の夜、よろしくね。遅番なんだっけ?」

 真面目な話題から、通常モードに突然切り替わる。未生ちゃんとの会話ではよくある。

 すぐに、あたしのバイト先の居酒屋に、彼氏と来る予定のことだとはわかった。


 高校生の時から付き合っていた彼氏と今年の4月に別れて、未生ちゃんは一時期かなり落ち込んでいた。

 その未生ちゃんが、テニスサークルで桜木さんと知り合ったのが夏休み前ごろ。

 会ってすぐに ビビッときたらしい。

 恋愛感情というものを持ったことのないあたしにはよく分からない感覚だけど、とにかく、未生ちゃんは元気になった。

 会ってから付き合うまで、そんなにかからなかったようだけど、それに関して、あたしは未生ちゃんに相談を受けたりはしていない。

 恋愛に関しては、全く相談相手にならないことはだいぶ前にバレている。

 まあ、毎日顔を合わせるわけだから、プライベートについては適度な距離感があった方がいいと思うし、そういう話題を振られない方があたしは気楽だった。


「桜木さんの仕事、落ち着いたんだ」

 警備会社の営業をしているという桜木さんは、ここのところだいぶ忙しいらしく、1ヶ月近くまともに会っていない、とついこの間まで、未生ちゃんは嘆いていた。

「うん、やっと落ち着いたと思ったら、新人さんの歓迎会の幹事、任されちゃったんだって。隼くん、4月に絵州市に来たばっかりでしょ。お店とか、よく分からないって相談されたの」

 それで、あたしが週末バイトしている居酒屋でどうだろう、という話になったらしい。

「お客さんの年齢層、高めだよ。まぁ、その分あんまりガチャガチャはしてないけど…」

 この間、未生ちゃんに、桜木さんとお店に行ってみたいと言われた時も、同じようなこと言ったな…と思いつつ、念押しする。

 あたしのバイト先の『鮮昧』は、居酒屋とは言っても、和食中心の、おばんざいのようなメニューがほとんどだ。いわゆる、オシャレなカクテルとか、写真に撮っておきたいと思うようなカワイイ盛り付けのメニューなんてない。

「うん、とりあえず、今日行ってみて考えるって言ってた。男の人が多い会社みたいだから、そんなオシャレなお店じゃなくていいって」

 あたしは、警備会社のゴツイおじさんたちを想像した。それはそれで、もっとガッツリ系の肉とか揚げ物とかメインにないと、物足りないんじゃないだろうか…


 未生ちゃんは洗面所へ向かい、身支度を始めた。明らかに、上機嫌な後ろ姿。

 久しぶりのデートが夜に待っているとなれば、当然か。メイクにも気合い入るんだろう。

 普段から化粧などろくにしない、あたしの朝の支度といったら歯を磨いて、顔を洗って、髪を結ぶだけだから、5分もあれば済む。

「先に行くね」

 アイライン調整中の未生ちゃんに声を掛け、玄関へ向かう。

「うん!じゃあ、夜ね〜」

 上機嫌な未生ちゃんの声に、あたしも気分良く送り出された。




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