かべっち 3
車に乗っているあたしたちを見て、本郷は驚いた。
「見られたらまずいだろ」
開口一番のその言葉はかべっちに向けられたものだ。
「ああ、だから、ここまでな」
そう言いながらも、かべっちの口調には、未練がましい響きがある。
「水沢、いいのか?下手したら、お前も疑われるぞ」
対して、本郷の方は、心配そうに言いながらも、ホッとしている様子があたしにだって分かった。どうも、本郷を心配して、あたしが来た、と思われてるみたい。
急いで、未生ちゃんのことを説明する。
たとえ、未生ちゃんが一緒でなくても、全くウィンガーと無関係の彩乃さんが、巻き込まれるのは賛成できない。
あたしの話に、本郷は概ね納得してくれた。
「実は、ますます怪しい展開になっててな」
あたしとかべっちは、顔を見合わせた。
「待ち合わせ場所、元の職員寮に変更だって言うんだ。すぐ隣の敷地だけど、より人目につかない場所を指定してくるあたり、明らかにおかしいだろ?」
本郷が指さした方角に目をやったけど、敷地を囲んだフェンスに邪魔されて、その職員寮というのは見えなかった。
あたりはだいぶ暗くなってきている。
とにかく、行ってみるしかない。
「なあ、ここで、手引けないのか?」
すっかり現場へ向かう気満々のあたしたちに、かべっちの声がすがった。
「須藤だって、立場がある。そこまで変なマネはしねぇだろ。後は立山に任せちゃダメなのか?」
あたしはすぐに首を振った。
「とにかく、未生ちゃんと彩乃さんが危険な目にあってないことだけは確認したい」
「ナオちゃんの話の確認もしておきたいしな。相手がナオちゃんだけじゃないって分かれば、少しは真摯な対応してくれるだろ」
すかさず、本郷もそう言ったから、かべっちはそれ以上何もいえなくなったみたい。
そっぽを向いて、ため息をついた。
「サンキューな。あとはしらばっくれて、上手くやってくれ」
「…ったく…」
諦めて、かべっちは踵を返したけど、ワゴン車に乗り込もうとして、振り返った。
「本郷、お前の車は?」
「ん?ああ、もうちょっと向こうに停めてある。ここら辺、駐禁じゃないだろ」
ああ、と頷いてもう一度車に乗り込もうとして、またかべっちは振り返った。
「車、渡すついでに一ノ瀬に報告しておくよ」
ニッと口角だけ上げて笑ったのは、かべっちのせめてもの抵抗だったのかな。
本郷が顔をしかめて、
「後で絶対、文句言われるな…」
と、呟いたのをあたしは聞き逃さなかった。
「桜呼ちゃんに?」
「うん、あいつ、オレらのすることに文句しか言わないからな」
あたしが知ってるままの桜呼ちゃんなら、
「文句言われることしかしないからでしょ!」
と、一蹴しそうだけど。
かべっちが右手を上げて走り去るのを見送って、あたしたちは目的地の方へ足を向けた。
周囲は街灯も少ない。
病院があった頃はもう少し駐車場の灯りなどもあったのかもしれないけれど、今は駐車場の周囲は高い鉄板で囲われ、傷んだ歩道に圧迫感のある影を伸ばしている。
本郷は以前に来たことがあるらしく、駐車場と建物の位置関係も把握していたので、あたしは黙ってついて行けばよかった。
「無理するなよ。なんかあったらすぐ逃げること、な」
まるで保護者みたいな物言いだけど、茶化さずに頷いておいた。ただし、従うかどうかは別の話。
「懐中電灯とか、持ってきた方よかったかな」
次第に暗さを増す空に、本郷が呟く。
「いざとなれば見えるでしょ」
翼を出せば、という意味。半分、冗談のつもりだったんだけど、本郷は授業中の内職を見つけた先生みたいな顔であたしを見た。




