かべっち 2
助手席で揺られながらも、あたしはずっとスマホを握っていた。
思い過ごしだったらいいんだけど…
でも、何度かけても未生ちゃんには繋がらない。
苛立ちを鎮めようと、息を吐いた。
「どっかに忘れていってるとかじゃないの?」
赤に近い黄色信号の交差点に突っ込みながら、かべっちが言った。
「電源が入ってないの。普段なら、よっぽどじゃないと、電源切ったりしない子だから」
首を振って答えながら、そう、よっぽどのことが起こってるんだ、と改めて確信する。
…桜木さんは、どうしてるんだろう?この状況、桜木さんも知っているのだろうか?
ふと、愛凪ちゃんが翼を出した時、もう1人見ていた人間がいた、というかべっちの言葉を思い出した。
車が出て行く音がしたと…
この間の歓迎会の人数を見る限り、少人数の職場だ。
見ていたのが、桜木さんでなかったとしても、すぐに連絡が回っている可能性が高い。
これから行く現場に、桜木さんも来るだろうか?
未生ちゃんが首を突っ込んでいるのが分かったら…いい顔はしなさそうだな…
「お前、変わってねーなー」
もやもや考えていると、不意にそう言われて驚いた。
「う…え、ああ、そう…?」
よく、言われるんだけど、正直そんなに嬉しくない。
高校時代の友達とかならまだしも、小学校以来で会った人間に、変わらないって…
成長が見られないってことかい!
かべっちの運転、本郷よりスピード出しがち。カーブの時は、シートベルトの大切さがよく分かる。
黙って乗っているのも気が引けて、若干ドアの方に重心が傾いたまま、桜呼ちゃんのことを聞いてみた。
地元に残っているとは聞いていたけど、市内の私大に通っているらしい。
この車は、お店の車かと思いきや、桜呼ちゃんが使っていると聞いて、驚いたけど、なるほど、とも思った。
市内では有名な老舗の呉服店の娘、という肩書きと、桜呼ちゃんという大和撫子を連想させがちな名前。それらから想像してしまうと、実物とのキャラの解離に、驚くことになるらしい。
あたしは、最初から実際の桜呼ちゃんを見ていたし、小学生が名前からキャラを連想するなど、そうそうないから、うちのお母さんが
「え…あれが、一ノ瀬さんのお嬢さん…?あぁ…そう…」
なんて、授業参観の後に微妙な反応をしていたのが不思議だった。
「カイ!タク!早くプリント配れよ!」
なんて、学年で1番背の高い女子が怒鳴りつけている光景は、確かに迫力あったけどね。
背が高いのもあるけど、がっちりした体つきで、ショートカットだった桜呼ちゃんは、(こう言っちゃなんだけど)後ろから見ると、男子と見間違いそうだった。
自己主張は常にハッキリ。男子と、一部の女子に対しては特に対抗意識があるというか、相性が悪いというか…
学校の行き帰りに、たまに一緒になることがあったけど、あたしはキツいことを言われた記憶はない。
あたしの反応が鈍すぎて、何か言っても仕方ないと思っていたのかもしれない…
「店の通販の方とか、手伝ってるらしいぞ。買い付け行ったり、イベントで品物運ぶ時にこの車使ってるんだと」
そう聞いてすぐに、スタッフにテキパキと指示を出したり、ダメ出ししたりする桜呼ちゃんが想像できた。
すごいな〜学生やりながら、ビジネスもやってるんだ…
このワゴン車で大学通ってるのは、意外だけど。
あー、でもそれでなんか言われても、気にしなさそうだしな…昔のままの性格だと。
ふんふんと頷きながら、かべっちの表情が少し柔らかくなっていることに気づいた。
かべっちも、久しぶりに会った、ろくに喋ったこともない同級生との会話に気を遣っていたのかもしれない。
「水沢は?車持ってんの?」
あたし首を振った。
「免許は取ったけど」
完全なペーパードライバーです。
実家に帰ったときに運転させてもらおうとしても、お父さんも、あたしの運転は信用できないらしく、なかなか車を貸してくれない。
ちょうど赤信号で止まり、ハンドルに寄りかかったかべっちが、ニヤッと笑った。
「翼出してさ…運転すると、ハンドル捌き、キレッキレになれるぜ。今度、やってみ。ちょい、スピード出しがちになっけどな」
…翼出して?運転すんの?
ああ…うん、わかるかも。でも、やらないよ!
「やめておきます」
そう言いながら、かべっちや本郷が翼を出して、運転してるとこ想像すると、なんかおかしくなってくる。
かべっちの翼ならまだしも、本郷や、あたしの場合、翼が邪魔でものすごく前屈みになってハンドル握ることになりそう。
小学校時代は、あまり話した記憶もないかべっち。見た目はなんだけど、こうして話してみると、2人でも別に気まずくはない。結構、いいやつ。
でも、須藤さんの話題になると、ちょっと目つきが険しくなった。
「気をつけろよ。なんていうか…オレはあいつ、あんまり好きじゃねぇ」
好きじゃねぇ、全く同感。
「抜け目ない感じ、だよね。そうねえ…あたしも、好きじゃない」
自分が"できる"ことを理解している人間特有の昂然とした様子。
もちろん悪いことではないんだけど、どこか他の人間をいいように使ってやろうとする、傲慢さも感じていた。
「へぇ、女子受けはいいみたいだけどな。なんせ、あんだけのイケメンだし」
かべっちが意外そうに言った。うわ、あたしのイケメン好き、バレてるかな?
でも、須藤さんに関しては、
「そう…ね。顔は確かにカッコイイかも。でも、本人がそれを分かってて前面に押し出してくる感じが…はぁ、ってなる」
というのが、直接話してみての、あたしの率直な感想。
「水沢…なかなか毒舌だな」
え…いや、毒吐いたつもりはなかったんだけど…
「まあ…なんだ、その感じだと…なんとかなるな」
…なんとかって…もちろんそのつもりで行くんだけど。
もしかして、須藤さんがイケメンだからっていうだけで、あたしが信用するとでも思ってたのだろうか…
「正直言うとさ、水沢が来てくれてよかったわ。本郷だけじゃ心配ってわけじゃないけど…なんつーか…本郷に離脱されると、みんなキツいからな」
そう言ってから、かべっちはひどくきまり悪そうな表情を浮かべた。
「悪りぃな、巻き込んじまって。本郷が聞いたら多分、来るなって言ったんだろうけど」
うん、多分そうだろうと思ったから、あたしも本郷に連絡してないのだ。
「まあ、ナオさんとは顔見知りだし、あたしの友達も巻き込まれてないか心配だし」
それに、かべっちが謝るようなことじゃない。
登録ウィンガーが隠れウィンガーを匿っていた、なんて批判の対象にしかならない。
同級生に頼み込まれたからとはいえ、かべっちも、巻き込まれた側だ。
少し強引に車線変更し、そのまま右折レーンに入る。
案内標識の右折の先は塗りつぶされていた。
「ここ曲がったら、すぐだ」
かべっちの言葉に、塗りつぶされているところに、『進和会病院』の名前が書かれていたのだ、とすぐに分かった。
右折した先の道路は、グッと交通量が減って、歩いている人もほとんどいない。
坂を登って行くと、程なくして病院だった建物が見えてきた。
暗くなってきた周囲とあいまって、それはまごうかたなき『廃墟』だった。
こんなところに呼び出されて、黙って従う未生ちゃんではないと思うんだけど…
そして、人のいそうな気配もない…?
「もしかして、こっからまた移動したとか、ないか?」
かべっちはスピードを落としながら、病院の入り口を通り過ぎた。
2人して周囲に視線を走らせながら、車を進めて行く。
幸い、後ろから来る車はいない。
「あれ?」
ふと反対側の歩道、カーブの向こうから現れた人影に、あたしは身を乗り出した。
かべっちもすぐに気が付いて、車を停めると、軽くクラクションを鳴らす。
少し足早に、坂を下ってきた人影は、本郷だった。




