かべっち1
慌ただしく本郷とナオさんは出て行った。
彩乃さんに、連絡しなくていいのだろうか?ちょうど、未生ちゃんが会いに行っている頃だ。電話して、ナオさんが見つかったこと教えてあげたい衝動に駆られつつ、でも、ナオさんの気持ちも尊重しなきゃな、と思い直す。
ちょうどカイが2階から下りてきたので、事態が思わぬ展開を見せたことを説明した。
カイとしては、ナオさんが約束通り、あたしたちのことを話さなければ、今までの生活が送れるのではないかと楽観的だ。そう考えたいだけかもしれないけど。
それでも、さっきよりもずっと落ち着いたカイの様子に、あたしもホッとした。
そうしてしばらく話しているうちに、またかべっちに電話がかかってきた。
「本郷からだ」
少し話してすぐに、かべっちはスピーカーに切り替えて、スマホをテーブルの上に置いた。
「どういうことだ?元の進和会病院って」
かべっちの言葉に、あたしはカイと顔を見合わせた。
対策室へ向かう途中で、須藤さんからまた連絡が来たらしい。
そして、与えられた指示が
「元の進和会病院へ来い」というもの。
しかも、彩乃さんもそこへ連れてくるので、一緒に話をしようと一方的に決定されたらしい。
え…彩乃さんを須藤さんが連れてくる…?
元の進和会病院って…なんか、事件のあったところじゃないっけ…?
「対策室じゃなくて、元の進和会病院に来いっていうこと?」
思わず乗り出して確認してしまう。なんで、対策室じゃなくてそんな場所なんだ?
「ああ。ちょっと心配だから、送ってからオレも様子見てくるよ。水沢、悪いけどしばらく待っててくれ」
いや、待ってるのは構わないんだけど…
本郷とやりとりするナオさんの声も聞こえる。
「下手に深入りはしないつもりだけど、そういう状況だから。あと、頼むわ。何かあったらまた連絡するよ」
そう言って、本郷は電話を切った。
あと、頼むわって…
それが、カイのこととか、ナオさんの一件だけじゃなく、今後、つまりあたしたち同級生の将来全てのことを言われたような気がした。
嫌な予感がする。
本郷、いざとなったら登録されることも考えているんじゃ…
少しの間、誰も口を開かなかったのは、同じことを思っていたからだろうか?
「元の進和会病院って…今、廃墟だろ」
最初に口を開いたのは、カイ。
そうだ、市の中心部からそれほど遠くない場所ではあるけれど、その分、総合病院としては敷地に余裕がなかったらしい。
あたしが大学に入った頃に北部の方へ移転した筈だ。
大型のショッピングモールになるということだったから、出来たら行ってみようと思ってたのに、大人の事情とかで工事は全く進んでいない。
やんちゃな高校生が、肝試しに入り込んだとかで、治安の悪化にもつながるとか、地元ニュースで取り上げられていたことを思い出した。
「彼女、連れてくるって言ったんだよね…」
彩乃さん、大丈夫かな…
あれ、もしかして未生ちゃんも一緒とか…?
いや、そうじゃなくても、彩乃さんに会いに行って、行き違いになっている可能性もある。
一応、電話して、教えておいた方がいいかな…
スマホを出して、未生ちゃんの名前を押してから、なんであたしがそんなこと知っているのか、どう説明しようと思ったけど、
『電源を切っているか、電波の届かない…』
未生ちゃんにかけて、このメッセージを聞くのは初めてだった。
未生ちゃん、普段からスマホは手放さない。充電器だって持って歩いてる。
「電源、切ってる」
無意識に呟いていた。
なんだろう…嫌な予感。
未生ちゃんと会っていた時に、彩乃さんが呼び出されたら…
大丈夫?私も一緒に行くよ!
そう言って、親友の手を取る未生ちゃんが、容易く想像できた。
「なんか…なんか…これは……良くない…」
思わず、スマホの画面に語りかけてしまう。
どうする…?
ナオさんの話。比嘉さんと、須藤さん。
あの電話を聞く限り、須藤さんが関わっているのは間違いない。
かべっちにこれ以上関わらないように釘を刺して、呼び出し先を変更した。最初から、対策室に来させる気がなかった…?
内密にしたいことがある…から?
須藤さんがよからぬことを考えている前提で、想像力を働かせてしまうけど、そう考えると、この流れは自然だ。
ただ、そうだとすると…
彩乃さん…未生ちゃんも、危険な場面に巻き込まれているんじゃ…
本郷が戻るのを待ってはいられない。
移動手段は…
「ここらへんって、バスある?」
ちょっと唐突な感じで聞いたせいか、かべっちはちょっとのけぞってから、小さく頷いた。
「え、ああ、歩いて5分くらいのとこにバス停はあるけど。本数、少ないからな…絵州駅に行くやつだと…」
「あ、絵州駅じゃなくて、地下鉄の駅の方か、元の進和会病院の近くに行くバス、ないかな?」
とりあえず、地下鉄に乗れれば、目的地には辿り着ける。問題は、時間がどのくらいかかるか…
急にカイが立ち上がった。かべっちが、なんか因縁でも付けたいような顔であたしを凝視している。
「水沢、お前は顔、突っ込まない方がいいんじゃないか?」
そう言うかべっちに対して、カイは何か言いたそうにしながら、立ち尽くしていた。
思いの外、真剣にあたしのことを心配してくれている。
でも、かべっちや、カイの方こそ顔は突っ込んじゃいけない。
面倒なことが増えそうな状況だけに、あたしも早めにここを離れるのが得策だと思った。
状況を説明すれば、2人も納得するだろう。
かいつまんで、未生ちゃんのことや、彼女が彩乃さんと一緒にいる可能性が高いことを説明する。
須藤さんが、ナオさんの思っているような、何か裏のある人なら、危険に巻き込まれる可能性がある。
「ウィンガーに何も関係無い人を巻き込んじゃ、ダメでしょ」
それだけは、強く思った。
自分がウィンガーだから。
それを隠して生活しているから。
それ故の、後ろめたさがあるのも事実。
カイが、自分も一緒に行くと言い出したけど、断った。
「大丈夫だから。愛凪ちゃんが目を覚ました時、そばにいてあげないと。そして、ちゃんと説明してあげて」
カイにはまず、妹に対する説明責任を果たしてもらわなくちゃ。あんなに心配させて…
「それが、あんたが一番やらなきゃないことでしょ」
そう言うと、少し落ち込んだ様子で頷いた。
で、進和会病院に向かう手段はあるのだろうか?
かべっちの方を見ると、それまで頭を抱えこんでいたのに、急に立ち上がった。
「車、一台使えるやつがあるから、乗せて行くわ」
「…でも、かべっち…こそ、これ以上、関わったらまずいでしょ?」
ちょっとあきらめたような、呆れたような笑顔が浮かぶ。
「おう。だから、送るだけだ。車検、上がってる車、届けに行くついでに」
それから、ふと真剣な顔になった。
「悪いな。オレ、おじさんにはマジでこれ以上、迷惑かけらんねえんだ」
本郷から、チラッと聞いていた。
かべっち、実の両親とはほとんど連絡取り合っていないらしい。その分、おじさんにいろいろお世話になっているという。
そこら辺の事情も知った上で、かべっちに釘を刺したのだとしたら…須藤さん、見た目によらず、いやらしい。
「ちょっと待ってろ」
かべっちが車を用意しに出て行っても、カイはまだオロオロしていた。
「水沢や本郷まで捕まったら…」
また、泣きそうな顔になってる。
カイって、こんな泣き虫だったのか。
「そしたら、愛凪ちゃんと一緒にトレーニングセンター、行けるね」
仕方ないから、そんなすっとぼけたことを言ってやった。
「あ…?」
カイが目をパチクリさせる。
「それならそれでさ、アイロウの中、探れるかもよ。あたし、ほら、変な能力あるし」
戸惑ったように、しかめられたカイの顔が、ゆっくり、ぎこちなく笑った。
「やばいなぁ…それ」
かべっちに呼ばれて駐車場に出て行くと、白いワゴン車が停まっていた。
どこかの営業車みたい。側面には『いちのせ呉服店』と書かれている。
いちのせ……一ノ瀬?
「え…これって、もしかして…」
「おう。一ノ瀬ンちのだ。明日届けに行く予定にしてたんだけど、早い分には構わないだろ」
ああ、やっぱり。桜呼ちゃんちの営業車か…
というか、かべっちのところで車検請け負ってるんだ。
かべっちと桜呼ちゃん、そんなに親しかったイメージはないんだけど。
相変わらず、不安そうな表情のカイを残したまま、あたしはワゴン車へ乗り込んだ。
ワゴン車って乗ってみると、結構、視界が高い。ここまで乗ってきた本郷の車と比べると、ずいぶん遠くまで見渡せる気がした。
「腹減ったら、台所のモン、適当に食べてていいから!」
窓を開けてかべっちが叫んだけど、さっきの台所の様子を思い出して、食料品のストックがあったか、首を傾げてしまう。
まあ、冷蔵庫に缶詰め入ってたしね…
「絶対、無茶すんなよ!気をつけてな!」
手を振るカイの声には、必死な響きがあった。
無茶、ね。しないで済めばいいけど。




