表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
flappers 1〜black side〜  作者: さわきゆい
15/34

カイ

 愛凪ちゃんが休んでいる部屋はすぐに分かった。

 階段を上がってすぐ右側の部屋。襖が半分開いているし、その向かいの部屋は入り口の襖の前に段ボールやら、雑誌やらが積み重なり、出入りしていない部屋なことは一目瞭然だった。


 部屋の中を覗くと、しょぼくれたカイと目があった。

 昔は、もっとクリクリして、次はどんなことをしてふざけようかと、そんなことしか考えてなさそうな、でもいつでも楽しそうな目をしていた…


 カイの隣にいた本郷が、無言であたしに頷いてみせる。

 なんとなく、愛凪ちゃんは大丈夫、という意味だろうと解釈した。

 何も言わず、窓のそばに腰を下ろすあたしに、2人とも何も言ってこないのは、下の会話が聞こえていたからだろう。その気遣いはありがたい。



 六畳の部屋は、全体的に煤けて、くたびれた空気が漂っていた。

 まあ、この家自体が、昭和の頃の映画に出てくる、おじいちゃんの家みたいだ。時代というか、時間の流れから取り残された空間。

 天井には、紐を引っ張るタイプの照明。壁にはいつから貼られているのか、すっかり色褪せたアイドルグループのポスター、写真の入っていないフォトフレーム。

 部屋の隅に押し付けられるように積み上げられた、段ボールやクリアケース。

 雑然とした、少し埃っぽい部屋。でも、不思議と気持ちは落ち着く。居心地は悪くない。


 自分のつま先を見つめながら、ゆっくり息を吐く。だいぶ落ち着いたかな…

 部屋の真ん中に敷かれた布団で、愛凪ちゃんはぐっすり眠っていた。

 枕元に正座したカイは、泣き出しそうな顔のまま、妹の顔を覗き込んでいる。

 布団だけは、結構新しいものらしい。

 シーツも布団カバーも、新品の張りのある色合いをしていた。


 その布団からはみ出た愛凪ちゃんの指先が、汚れているのが目に入った。

 爪に土が入り込んでいる。暴れ回った時に、地面に爪をたてたかしたんだろう。

 こういう時、男子は気が利かない。


「ねえ、タオルかおしぼり借りてきて。泥だらけだよ」

 カイはそう言われて初めて、妹の手や顔が汚れていることに気づいたらしい。


 カイが、未だにおぼつかない足取りで階段を降りて行く音を聞きながら、あたしは目を閉じた。


 ナオさんが何か喋っている。

 太いマイケルさんの声がそこに被る。

 集中すれば内容も容易に聞き取れるけど、あたしは聞きたくなかった。

 今は、とにかく自分の感情をコントロールしたい。


 カイが戻ってくる足音がしたので、目を開けると、眉間にシワを寄せている本郷が目に入った入った。

 考え事か、何かに気を取られているのか…


 部屋に戻ってきたカイに手を差し出すと、一瞬戸惑ってから、

「ありがとう」

 と、濡れたタオルを渡された。

 カイが右手を、あたしはそっと、ほっぺたについた土汚れを拭う。


「なんか…あの外国人、とんでもない話、してたぞ」

 妹の手を取りながら、カイは本郷を振り返り、なぜか小声で言った。


 本郷はさっきと同じ難しい顔をしたまま、

「だいたい、聞こえてたよ」

 と、視線を部屋の入り口に走らせた。

 襖は開けたままだ。

 ああ、下からから聞こえてくる会話に集中していたんだな、とあたしも気がついた。

 カイも同じくらい耳はいいはずだけど、妹の容体に気を取られて、それどころじゃなかったんだろう。


 ドッドッドッ……

 響くような足音が遠ざかっていく。マイケルさんが、出て行ったらしいと、容易に想像できた。

 本郷がずいっと前に体を乗り出して、愛凪ちゃんの手首に、それから首筋に触れる。


「落ち着いてるな。どこも怪我もなさそうだし。オレ、一回、下に行くわ」

 それから、あたしの方を見て、

「落ち着いたか?」

 と聞いてきた。

 クールダウンしたかどうかの確認というより、下に行って、一緒に話を聞け、という意味だろう。

 まあ、確かに後はここにいても仕方ない。

 妹がウィンガーにならないようになんとかしてほしいという、カイの願いも相談も、今となってはどうしようもない。

 あたしが頷いて立ち上がろうとすると、

「あ、あのさ!」

 カイが声を上げた。

 正座の姿勢から手をついて、亀のようにワタワタと体の向きを変える。


「ありがとう!ほんとに…ありがとう!」

 突然のことに呆然とするあたしの前で、カイは深々と頭を下げた。どん、と畳に額の当たる音がする。

「えぃ…い、いやいや…」

 思わずもう一度座っちゃったじゃないか!

 反射的にパーにした両手を振りまくるけど、顔を伏せたままのカイに見えるはずもない。

「水沢が来てくれなきゃ、ほんと、どうしようもなかった!ほんとに、ほんとに助かった!」

「いや…あの、そんなつもりは…」

 確かに、愛凪ちゃんの翼を抑え込めたのは、あたしの能力かもしれないけど…

 でも、あたしがいなきゃいないで、あそこにいた人間でなんとかしていたかもしれないし…

 助けを求めるあたしの眼差しに、本郷は首をすくめて苦笑いした。


「同級生同士、ウィンガー同士、そこまで思い詰めるなって」

 本郷に背中を叩かれ、やっとカイは顔を上げた。

「結局、オレ、みんなに心配かけて…迷惑かけただけで、なんも出来なかった…ほんと、ごめん…」

「もう、いいって。愛凪ちゃん、おおごとにはならなかったんだし」

 ゴシゴシ目を拭うカイを見ながら、そう言って、微笑んでみせようとしたけど、


「あのな、カイ」

 そう言って本郷がすごく真面目な顔になっていた。

 ただ、張り詰めた感じじゃなく、穏やかになだめるような。ああ、そう、お医者さんっぽい顔。さすが…

 本郷はがっしりカイの肩を掴んで、グイグイ揉み始める。

「大変なのは、これからだぞ。妹、あの状況で、オレ達の翼のことを覚えてるかどうか分からないけど、覚えてたら…」

 肩揉みしながら、ちょっとふざけたような口調だけど、本郷が言わんとしていることの重大性は、あたしも分かる。


 カイはまた泣き出しそうな顔を青ざめさせて、本郷に向き直った。

「だからぁ、」

 カイが口を開く前に、本郷はニヤリと笑ってその言葉を言わせなかった。

「おまえのフォローが大事になんの!できることなら、オレらも今までの生活続けられればありがたい。ま、登録されたらされたで、オレはいいけど」

 そう言って、あたしをチラッと見る目には、いろんな感情が見てとれる。


 ああ、『登録』かぁ…

 奇異の眼差しが自分に集まることは容易に想像できた。生活が一変することも。

 ま、登録されたらされたで、あたしも別にいい。ただ…洸は…受け入れるかな…


「できる限りのことはする!愛凪も説得する。お前たちを売るわけにはいかない!」

 さっきまでのしょぼくれた表情が嘘のように、カイの目に光が宿った。

 売るって、そんな大袈裟な…と思う反面、確かに本郷の活動が制限されることは、隠れ天使として生活している同級生たちに、大きな影響があることにも思い至る。

 カイも多分、同じようなことを心配している。


「どういう風に説明するかは、任せるよ。なるべく、うまく収まるように頼むわ。ただ、無理はしなくていいからな」

 本郷はあくまで気にしていない風を装って、カイの背中を叩いた。

 悲壮感すら漂う表情で、カイは何度も大きく頷く。

 あたしは、その顔が悲しくて仕方なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ