表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
flappers 1〜black side〜  作者: さわきゆい
13/34

ウィンガーズ 1

 本郷から言われた通りに、キャンパス近くのコンビニで待っていると、黒いBMWが駐車場に入ってきた。

 といっても、あまり大きな車じゃない。多分、オープンカーにも出来るタイプの、2人乗り。

 運転しているのは本郷だった。

 別に車には詳しくないけど、大学生が普通に買える車じゃない、とは分かる。


 あたしは、周囲に知っている人がいないか素早く見回してから、車のそばへ急いだ。

 いかにもお金持ちのボンボンの車に乗り込むところなど、あまり見られたくない。


 なのに、本郷はあたしの心中などお構いなしで、

「ちょっと待ってて。飲み物買ってくるから」

 などと言い出しやがったけれど。


 2シーターの車に乗るのは初めてだった。

 座席の両端が高くなっていて、ちょっと乗り込みづらい。なんか、体が固定される感じで、乗り心地、悪い。バケットシートとかいうんだっけ。

 普通の車よりいいシートなんだろうけど、乗り心地とは比例しないんだな…あたしの感覚がおかしいのか…?座り方の問題…?


 もやもや考えているうちに、車は北部行きの幹線道路に入っていた。そういえば…

「かべっち…の家って、どこなの?」

 一瞬、「かべっち」というニックネームを口にするのが、照れ臭かった。かべっち…ほとんど「真壁くん」と呼んでた気がするから。


 本郷の言った町名を聞いても、なんとなくしか地図上の場所は思いつかなかった。

 とりあえず、地下鉄の路線付近ではないことは分かる。帰りも本郷が送ってくれるはずだから、それはいいんだけど。


「…そう言えば、さあ…」

 なんだか少し歯切れの悪い調子で本郷が口を開いた。

「この間、ABCスポーツパークで飛行パーティーした時…」

 飛行パーティーって…ていうか、あれ、パーティだったんだ…?

「目撃されたっぽい」

 一瞬、どういうことか、よく分からなかった。

 だって、体育館1つ貸し切りにして、誰も出入りしないように見張りも立てて…

 監視カメラがないことも、確認していたはずだった。


「いや、その外にいた見張りがさ、ほら、途中で職員が書類持って来ただろ。あれ、知らせる時に飛んだらしい」

 ええええ!!いくら人通りの少ない場所だったとはいえ、外で飛ぶ?

「…ダメでしょ」

 前を見たまま、本郷は苦笑したけど、目は真剣だった。

「まあ、軽率だよな。見たのが子供で、なんかの間違いだろう、で済んだみたいだけど。マイケルにも、気をつけるように言っておいたよ」


 マイケルさんが、それをどのように聞いたのかは分からないけど、あの調子で

「ダイショウブー!」

 とか言ってそうで心許なかった。


 飛べる。

 アーククラスと呼ばれる大きな翼を持つウィンガーは、その翼が背中にある数分の間、自由に宙を舞える。

 まったく、夢のような、本当の話。

 でも、その事実が知られれば……きっと、世界中にパニックが引き起こされる。

 今のところ、そんな大きな翼を持つウィンガーが存在することも、彼らが『飛べる』ことも知られていない。

 いつまで隠し続けられるか分からないけど、バレたら普通の生活が続けられるとは思えない。

 あの人たちと会ったことは…失敗だった、かな…


 マイケルさんのこともあって、車の中ではウィンガー絡みの話ばかりしていた。

 カイのこと、他の同級生たちのこと、そしてナオさんのこと。


「あ、そうそう、ナオちゃんも今一緒にいるんだ」

 あっさりと言った本郷に、あたしは目を見開いた。

「悪い、教えようと思ってたんだった。昨日の夜、エビさんが連れてったんだってさ。今日、彼女に会ってから出頭するつもりらしい」

「え、と…大丈夫なの?」

 こんな逃亡劇を演じてしまったナオさんも心配だけど、かべっちも巻き込まれて平気なんだろうか。

 本郷も、そこは気にしている様子だった。


「カイも早めにあそこを出た方がいいだろうな。本人もだいぶまともに話が聞けるようになってるから、そろそろうちに帰るように説得しようと思ってる」

 その言い方には、あたしにも協力して欲しいという、響きが感じられた。

 まあ、やぶさかじゃない。愛凪ちゃんのためにも、早く家に戻ってあげて欲しいし。


 やがて、車は、片側1車線ずつの道路へと入った。

 住宅と商店とが入り混じった町並み。でも、新しい建物はほとんどなく、あまり活気の感じられない道だ。

 かなりの割合で、商店にシャッターが降りているせいもある。


『真壁モータース』の看板の出ている修理工場も同様に閉まっていたけど、入り口に貼られたロープや、そのポールは新しいものなのが見てとれた。

 ロープの前の、ちょうど車一台分ほどの空きスペースに本郷は車を停めた。

 何回か来たことがあるらしく、さっさと店の裏手の方へ回る本郷の後を追う。

 ふと、その足が止まり、あたしも視線の先を追った。


「あれ…マイケルさんの…?」

 思わず首を傾げたけれど、ハーレーに乗ってる人なんて、いっぱいいるしな、と思い直した。でも、

「うん、マイケルのだ。そういや、ナオさんと話がしたいって言ってたけど…」

 本郷もあっさり同意した。


 マイケルさんがナオさんと話をしたい?

 どういうことか、聞こうとしたけど、建物の向こうから聞こえてくる、叫び声とも怒鳴り声ともつかない声がそれを遮った。


「、、!!、、なんとか押さえろ!長くても10分くらい、、!」

 何人もで騒いでいるから、一部しか聞き取れない。けど、かなり切羽詰まった感じ。


「何、騒いでんだ?」

 声は自宅と思しき建物の向こうから聞こえる。本郷と顔を見合わせだ瞬間、今度は、

「ウアアアーッ!!グワアァァ!!」

 人間のものかどうかも疑われるような雄叫びがあがった。


 2人して、建物の脇を通り抜け、声の方へ向かう。


「10分て…10分て、何分だ?!」

 ものすごく必死な、哀願のような問いが聞こえた。が、言っている意味が分からない。

 10分は、10分じゃないかなぁ。


「なあに、やってんだあ?」

 ふざけてるとでも思ったのか、本郷は苦笑いを浮かべながら、家の建物の脇から覗き込む。途端に、

「本郷!」

「本郷!」

 複数の声が合唱のように聞こえた。


「げっ!」

 本郷が、覗き込んだ姿勢のまま、固まったので、あたしはその後ろから、思い切り背伸びした。


 え…何、なんで、みんなして翼全開で…


 オレンジのマッチ棒みたいな頭と、痩せて泣き出しそうな顔の男性ウィンガーが、必死の形相で取り押さえているのは、どこにでもいそうな女の子…って!

 愛凪ちゃん!翼!出ちゃってるじゃん!!


 愛凪ちゃんの後ろからは、マイケルさんの太腕が肩をがっしりと掴んでいるが、三人がかりでも振り払われそうな勢いだ。


 愛凪ちゃんは、闇雲に叫び声を上げて、自分を押さえつける手に噛み付こうと、身をよじった。

 目の焦点は定まっていない。そのくせ周りの動きには素早く反応している。

 体と思考が完全に分離している…というか、多分、本人の意識はぶっとんじゃっている。

 ただ、目の前にある物を全て攻撃したいという衝動だけが伝わってきた。


 まさに、暴走。理性を欠いたウィンガーの姿。

 でも、こんな状態のウィンガーを実際に見るのは初めてだ。


 愛凪ちゃんの…愛凪ちゃんとは思えない、目も口も限界まで開かれた顔が、こっちを見た。

「ギアアァァァ!!!」

 白い翼が、思い切り開く。

 ゴゥッと空気を割くような音がして、取り押さえていた3人が弾き飛ばされる。

 これ、マジでまずい。尋常じゃない!


 そのまま飛びつくように、愛凪ちゃんはこっちへ突進してきた。

「くおっ!」

 躊躇うことなく、掴みかかってきた二の腕を、本郷が正面から押さえた。

 白い翼を大きく広げた本郷と、互角の力比べとは…

 翼を出した本郷が、力負けするのをあたしは見たことがない。


 …これは、しょうがない…


 フッと一呼吸。翼を出すと同時に、あたしは地面を離れた。


「そのまま、手ェ離すなよ」

 そう声をかけて、本郷の肩の辺りまで浮かび、その頭越しに愛凪ちゃんの頭へ手を伸ばす。


 翼を出した瞬間から、ビリビリと空気の刺さる感触が伝わってきていた。

 愛凪ちゃんの周りが、奇妙に乱れている。


 気とか、波動とか、オーラとか、いろいろ言い方はあるだろうけど、そういう類のやつ。多分。

 あたしだって、よく分からない。ただ、最初からそういう物を認識して、感覚的に理解できた。

 見えるわけじゃない。感じる、と言った方が近い。


 あたしが頭上に手をかざすと、愛凪ちゃんの頭がいきなり振り上げられた。

 何か自分に害をなす気配を感じ取ったみたいに。


 焦点の定まらない瞳を、あたしは覗き込む。途端に、その顔に感情が戻った。

 ただし、それは恐怖の色だ。未知のものに対する怯えの色。


 ちょっと失礼な話だよ。こんな我を忘れた状態でも、黒い翼ってそんなに恐ろしく見えるのかねえ。

 まあいい。とりあえず、この子は早いとこ戻さないと。精神がやられてしまう。


「ひっ…ひぁっ!!」

 伸ばしたあたしの手から逃れるように、愛凪ちゃんは体を引く。やっと呼吸することを思い出したような、引き攣った息づかい。

 あたしは構わず、頬に指を触れた。

 こんなに青ざめているのに、熱い。


 愛凪ちゃんの内側も、周囲も乱れ暴れ回るようなエネルギーで大混乱している。

 流れを、整えてやらなきゃいけない。

 乱れた流れの中に、意識を集中して、あたしが思う通りの流れに修正する。


 **********

 これも、あたしが翼を持った最初の時から出来たこと。

 アーククラスのウィンガーでも、このエネルギーの流れというか、『気』というのか、これを感じることは出来ないらしい。

 つまり、()()()あたしの特異能力。


 相手に見えず、感じることも出来ないものを、解説するのはいつも一苦労だった。

 でも、そこは子供だったからなのか、みんな

「水沢は特別なんだ」

 と、最終的に納得してしまった。


 一番納得できなかったのは、あたし。

 背はちょっと低い方だけど、勉強も運動もまあまあなこなし、クラスでは目立たず、友達は少ないけど、その分、女の子同士のトラブルにもあまり巻き込まれない。

 そんなあたしが、『特別』って…


 そもそも、黒い翼のウィンガーなんて、聞いたことない。その上、こんな気持ち悪い能力も付属していて…

 **********


 愛凪ちゃんのエネルギーは、荒れ狂い、騒ぎ、縦横無尽に駆け巡っていた。

「う…あ…ぁ…」

 開きっぱなしの口から、微かに声が漏れて、頬を涙が伝う。


 少し、エネルギー流の速度が落ちたかな。

 タイミングを逃さず、一気に流れを変える。

 ふっと、愛凪ちゃんから力が抜けた。

「OK。手、離して大丈夫」


 ゆっくり離れる本郷と入れ替わり、愛凪ちゃんの前に着地した。

 中途半端に手を突き出した姿勢のまま、愛凪ちゃんは固まっているけど、もうさっきまでの戦闘態勢ではない。


 そうっと、愛凪ちゃんの体を抱き寄せ、背中の翼に触れた。


 脆い。


 ちょっとの刺激で、空中分解しそうな、弱々しい翼。

 本郷の翼のいわゆる骨格部分なんかは、鉄パイプでも通っているような、頑丈さを触っただけでも感じるのに、愛凪ちゃんのは、ちょっと動かしただけで砕けそう。


 未成熟、という言葉が思い浮かんだ。

 こんな翼、触ったことない。あたしの知っているウィンガーの翼は、もっとしっかりしていて、力強い。


 とにかく、この翼を傷つけることなく、引っ込めないと…


 愛凪ちゃんと、目が合った。

 こちらの存在を、認識できている。

「ゆっくり、息を吐いて。こっち見て。ほら、戻っておいで」


 翼を出した時のあたしは、どうも言動が荒くなる。

 とっとと戻ってこい!と、一喝したくなるのを堪え、出来るだけゆっくりと穏やかな声がけを心がけた。


 愛凪ちゃんの瞳が揺れた。

(だ…れ…?)

 唇は、そう動いたように見えた。


「大丈夫。力抜いて、ゆっくり、息はくんだよ」

 一音節ごとに区切って、ハッキリと声をかける。

 言われた通りに、愛凪ちゃんの体から、ゆっくりと力が抜けていく。こわばっていた腕が、ダランと下がる。そして…背中の翼は溶けるように消えた。


「…水沢さん…」

 はっきりと焦点の戻った目で、愛凪ちゃんはあたしを見た。

 その目が、あたしの背中の方に向いたけど、恐怖の色は浮かばなかった。


「大丈夫そうだね…」

 愛凪ちゃんはぼんやりと頷き、それから、崩れるようにあたしの腕の中へ倒れ込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ