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flappers 1〜black side〜  作者: さわきゆい
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須藤さん

 日曜日ということもあってか、団体で来た(といっても10人ほど)のお客さんも、食事だけで、1時間もせずにお帰りだった。

 あたしは、ジーズに戻るのがおっくうで、お店がすいてきたからといって、店長に自分から「2階に行って来ていいですか?」なんて、聞く気はなかった。

 ただ、店長は

「水沢ちゃん!もう、大丈夫だから、2階に行って協力して!ほらほら…」

 と、食器の乗ったお盆を強引に奪っていく。

「そのまま、今日は帰って大丈夫だから!後で、報告聞かせてねっ」

 後半は小声で、でもいつも通り親指をグッと立ててみせた。

 ああ、やっぱり、普通の人にはウィンガーのネタって、芸能ゴシップと同じような物なんだな…


 グズグズと着替え、裏口から上がろうか、店の入り口から行こうかと、外に出てからも、立ち止まって考えた。

 なんとなく、仕方なしに表の階段の方へ向かう。


「桜木さん…?」

 階段の下には、手持ち無沙汰な様子でスマホをいじる、桜木さんの姿があった。

 そろそろ、未生ちゃんも来ているはずだし…なぜ、こんなところに?

 不思議そうにしていると、

「さっき、未生が来てさ。かなり、怒ってて。友達の方もちょっと興奮状態で…一旦、席外せって上司に言われてね」

 気まずそうに、そう言ってため息をついた。


 ふうん、なんとなく、想像はつく。

 なかなかにプライドの高い未生ちゃんのことだから、嘘をつかれていたと知って、黙っているはずが無い。


 今はまだジーズに行かない方がいいんだろうな、と判断して、あたしも一緒に待っていることにした。

 少し、落ち着いたら上司の人…あのウィンガーの須藤さんがが呼びに来てくれるという。


 あまりいい話題も思いつかないので、下手に喋らず、静かにしていた。

 こういう時、何気ない会話を続けられる人って羨ましい。

「あ、そういえば」

 桜木さんが思い出したように口を開いた。

「何日か前に、デカい外国人と喋ってなかった?」

 うげっ……もしかして…それは…

「ほら、大学の近くのボルダリングジムのところで、黒人さんのー」

 ああああ〜やっぱり……

 ここは…誤魔化したりせず、認めた方が得策でしょう。

 あたしは頷き、

「マイケルさん…ですね。身長、2メートルあるそうです。英会話教室の先生やってて…」

 2メートルという言葉に、桜木さんの口が「おお…」という形に動く。

「結構、子供にも人気あるって、ご本人は言ってましたけど」

 マイケルさんとしては、お茶目キャラのつもりらしいけど、アクションスターか、プロレスラーかという、ゴリゴリの体格に野太い声。派手なリアクション。

 あたしが子供だったら、近づけない。


「えー?かなり、ゴリマッチョな体してたよな。オレ、信号待ちの車の中から見たんだけど、一瞬、凪ちゃんが絡まれてるのかと思ったよ」

 桜木さんの言うこともごもっとも。

 しかし、あれを見られていたとは…


 マイケルさんが、英会話教室の先生をやっているのは本当だし、適当な言い訳はつけやすい。

「一緒にいたのが、知り合いで。あそこのボルダリングの体験に来てたんです。それで、まあ、英会話教室どう?って言われて…一生懸命断ってました」

「え、え?凪ちゃん、ボルダリングとかするの?」

 …突っ込むの、そっちか。


 実は、あのジムに初めて行った時に体験して以来、ボルダリングはしていない。

 あたしが行ってるのは、もっぱらトランポリンフィットネスの方で…

 ただ、なんとなく言いづらいというか、面倒くさくて、

「たまに…週一くらいで、通ってるんです。運動不足だから…」

 と、曖昧な返事をした。

 これ以上、この話題、突っ込まないでくれるかな。

 ただ、マイケルさんから注意がそれたのはよかった。


 そのまま、他愛もないことを、ポツポツとしゃべっていると、ジーズに続く階段に人の気配。

「お待たせしてすいませんね。今、下のお店に連絡したら、もう上に行ったはずです、って言われましたよ」

 アイドルみたいな笑顔で現れたのは、ウィンガーの須藤さん、だった。


 自分の見た目が人を惹きつけることを知っている、華やかな笑顔。

 未生ちゃんのそれと共通するものを感じる。

 印象を強く与えるのを見越してか、ゆっくりした足取りで、階段を降りてくる。

 なんか…ドラマっぽい演出だな、と、あたしの中の皮肉屋成分が呟いた。


 キレイな顔。整った動き。

 これで、翼を出したら…絵になるだろうな…

 そんなことを考えながら、でもあたしは目を逸らした。

 須藤さんの視線が、真っ直ぐあたしに向いていたから。

「水沢凪さん、ですね」

 そばへ来るなり、アイドルスマイルのまま、そう切り出す。

「まさか、こんなところで野宮(のみや)れい子クラスの出身者に会うとは、思いませんでしたよ」

 首筋に走ったザワザワという感覚が、全身に降りてきた。


 野宮れい子。れい子先生。小学校。5、6年の時の、あたしたちの担任。

 小柄で丸顔で、いつも髪は一つ結び。

 だいぶ年配に見えていたけど、当時40代半ばだったはずだ。

 あたしが思い出すのは、ニコニコ笑う顔ばかりだけど…


 キョトンとしていた桜木さんが、

「あ!小学生が立て続けに発現したクラスの…最初の2人の担任!…って、凪ちゃん、あのクラスだったのか?」

 大きな声を出す。

「あれ、でも地元、未生と同じなんだよな?」

 そう、未生ちゃんには小学校まで絵州市にいたことは言ってあるけど、それが()()八川小学校だとは言ってない。


「中学になる時に引っ越したんです。それっきり…」

 あたしは思い切って、須藤さんの顔を見た。なんの悪気も無さそうな、人懐こい笑顔。

 桜木さんは、ちょっと驚いているみたい。


「あまり、自分から話題にするような話でもないので。…アイちゃんから聞かれましたか?」

「うちの部下が、いろいろ話聞いてもらったみたいですね。ご迷惑かけたんじゃないかって、気にしてましたよ。彼女の方のことは、私の方で出来る限り対処しますので、安心してください」

 ニッコリ笑う須藤さん。ぱっと見は、親切ないい人そうなんだけどな…


 桜木さんが、何か言いたげにあたしたちを見比べている。

 でも、須藤さんは

「後で説明するよ。水沢さんをいつまでも外に立たせてるわけにいかないでしょ。水沢さん、ジーズで少しお話しを聞かせて下さい。お友達も来てますから」

 そう言って、それ以上桜木さんに説明はしなかった。


『臨時休業』の張り紙がされた入り口ドアを開けた途端、

「ナッピ!」

 未生ちゃんが、駆け寄ってくる。ふんわりと、お酒の匂い。

 奥の方のテーブル席にいる女の人は、そんなあたしたちに目もくれず、うなだれていた。泣いている…


 未生ちゃんは、桜木さんの方を見ようともしなかった。

 あたしをテーブルの方へ引っ張って行くと、

「彩ちゃん、この子がナッピ。ここの下の居酒屋さんでバイトしてるの」

 そう言って、うなだれる友達を励ますかのようにあたしを紹介する。


 顔を上げてこちらを見た彩乃さんは、予想通り、可愛らしい人だった。

 涙でマスカラは落ちてるし、化粧も崩れちゃってるけど、元がカワイイ人は、どんな状態だってカワイイのだ。

 未生ちゃんほど、人目を引く美人、というわけではない。だけど、グループアイドル的な、万人受けする可愛らしさ。男子には、相当モテるはず。


 未生ちゃんは、あたしを押し込めるようにように席に座らせ、自分は彩乃さんの隣に、寄り添うように腰を下ろした。


 酔った勢いも加わってか、興奮気味に事情を話し始める未生ちゃんを、須藤さんも桜木さんも止めないので、しばし流れに任せる。

 こんな時の未生ちゃんは、下手に諭したりしない方がいい。


 やがて、須藤さんが、話の切れ目を見て声をかけてきて、あたしはカウンターの、愛凪ちゃんの隣へ移動した。

 未生ちゃんの、まだ不満そうな視線が追いかけてくる。

 桜木さんもカウンター席に来ようとしたけど、

「もう一回、よく話すといいよ」

 須藤さんのその一言で、仕方なさそうに、

 未生ちゃんの前にーあたしが座っていた席にー腰をおろした。


 須藤さんと愛凪ちゃんに挟まれて座り、居心地の悪いこと、この上ない。

 さらっと、当たり障りない質問だけで、済めばいいんだけど…


 須藤さんから、改めて名刺を渡され、そのまま出しておいていいものか、すぐしまった方がいいのか、ちょっと迷った。

 名刺もらうことなんか、ほとんどないし。

 とりあえず、バッグにしまっておこう。


 あたしの一挙手一投足が見られているようで、緊張する。

 須藤さんの顔は、相変わらずにこやかだ。なんというか…そつのない、笑顔。


「立山尚さんについては、だいたいのところ伺ったので、確認程度なんですが…」

 須藤さんのその言葉通り、ナオさんに関しては、大したことは聞かれなかった。

 少し、拍子抜けするくらい。


「…だから、そういう危険もある仕事で…」

 テーブルの方で、ボソボソと喋る桜木さんの声が耳に入る。

 未生ちゃんは、あまり声を落とさず、自分が受けたショックを語り続け、彩乃さんは、ほとんど口を開かない。

 須藤さんの耳にも、会話の内容は全て聞こえているはず。

 でも、そんな素振りは見せず、自分がウィンガーであると、あたしに言う気もないみたい。ならば、あたしも知らないふりを決め込むしかない。


「立山さんについてお聞きしたいことはこれぐらいです。それで、後はー」

 須藤さんが愛凪ちゃんの方を見たので、なんのことかは、だいたい想像がついた。

「彼女のお兄さんの件、ですが…」

 やっぱりね…


「すみません。ほんとに…ご迷惑かけて」

 そう言って、頭を下げる愛凪ちゃんは、チラチラとテーブルの桜木さんを気にかけている。

 あまり聞かれたくないんだろう。

「あの…この間、水沢さんと本郷さんに会ったこと、話しちゃったんです…すいません。本郷さんにも黙ってて欲しいってお願いしたのに」

 愛凪ちゃんは、俯いて、申し訳なさそうに、そう続けた。


「ああ、大丈夫だと思いますよ。そういうの、気にするタイプじゃなさそうだから」

 愛凪ちゃんには、そんなこと気にして欲しくない。こちらには隠し事をしている負い目がある。だから、極力軽い感じでそう言った。


 実際、本郷が気にするかどうかなんて知らない。だけど、こういう事態になった以上、後から繋がりが分かって、変な詮索されるより、早めに事実は表に出しておいた方がいい。

 本郷も、それには同意するはずだ。


「もう聞かれたかもしれませんが、海人さんについては、アイロウに所在不明届けを出しました。警察にも捜索願いを出したので、何か進展が有れば、と期待しているところです。真壁和久さんにも伺ったんですが、同級生で連絡を取り合っている人は思いつかないようで。水沢さんは、どうです?」

 当然、あたしは首を振った。


 それにしても…うちのクラスの男子、妙に連帯感あるんだよな〜

 あたしがここで、

「その真壁さんのところに、カイはいますよ」

 と、暴露したらどうなるんだろ…

 須藤さんの、穏やかで余裕のある顔が、どう変化するのだろうとか、ひねくれたことを、あたしは考えていた。


「私、友達2人しかいなかったので」

 まあ、ひとまず、あたしは部外者だということを言いたくて、そう言ったら、須藤さんの表情が微妙に変わった。

「え、ああ、2人…」

 なんだ…?あたし、変なこと、言ったかな…?


「1人は私と同じで、小学校卒業と同時に引っ越して…それっきりです。もう1人は最初は暑中見舞いとか、年賀状とか出してたけど…1年くらいで連絡しなくなりましたね。あ、うち、高校入るまでスマホとかタブレットとか買ってもらえなくて。友達との連絡手段って、あまりなかったものですから…。だから、小学校の同級生とは全く、関わりなくなってました」

 そんな説明で、納得してくれただろうか。


「なるほど。同じ大学の本郷さんしか、今は連絡取れる相手はいない、ということですね」

 ええ。彼とも関わり合わない大学生活を送りたかったですが。とはもちろん口に出さず、あたしはただ頷いた。

 あたしを見る須藤さんの目が、まだ探るような光を宿しているのが気になったけど、それ以上は、同級生についての質問はしてこなかった。


「ナッピ、私、彩ちゃんのところに泊まる。一緒にいてあげたいから」

 須藤さんとの話が一段落して、テーブル席に近付いていくと、未生ちゃんがそう言った。

「えっ、明日、講義あるんでしょ。私は大丈夫だから」

 彩乃さんは首を振ったけど、

「いいってば。このままだと一晩中寝ないで、泣いてそうだもん」

 未生ちゃんは引く気はなさそうだ。

 涙で、さっきよりも更に腫れぼったくなった瞼の彩乃さんを見れば、あたしも未生ちゃんの意見に賛成だった。


「うん、あたしもその方がいいと思う。一緒にいてあげて」

 彩乃さんの目が、また潤んだところを見ると、本当は一人になりたくなかったのだと思う。


 あたしの事情聴取は終わりらしいし、未生ちゃんと彩乃さんは須藤さんが送ってくれるというので、あたしも帰ることにした。

 桜木さんが、地下鉄まで送ろうかと言ってくれたけど、この時間に帰るのは慣れている。丁重にお断りした。

 早いところ本郷に連絡しないと…

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