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夕日

 カブトが黒い翼で空を駆けることができるのはきっと、苦痛や恐怖から逃げるためだと考えていた。内なる声が悲鳴を上げるほどの恐怖が身に迫った時、呪いは翼となって力を貸してくれるのだろうと。

 ではカブトが『神通力』という力を使う事のできる理由は何だろうかと考えてみる。

 神通力は、要は念力だ。離れた場所に力を与えたり、火を起こすこともできる。そんな力が使える理由をカブトは考えてきた。

 その答えはずっとわからなかったが、今、やっと結論が出た気がする。

 わかったのはウィードという少年のおかげだった。猟奇殺人犯である彼がカブトをオモチャにし、心が擦り切れるまで弄ばれたことでようやく気付けた。

 恐怖から逃げるための翼を授かりながら、神通力という暴力を与えられた理由。

 それは。


「――草刈りの時間だ」


 きっと、このとめどなく溢れる殺意を叩きつけるためなのだろう。



 瓦礫を崩すようにして宙に飛び上がる。上から街を見下ろして、目的の人物を探した。

 赤毛で和装の少年。ウィードだ。もう涼子に変装しておく意味もないだろうから、その姿で歩いていると思った。

 そしてやはり住宅街に、道ゆく爆弾を起爆しながら鼻歌を歌う雑草の姿が見えた。

 他の花の養分を奪う雑草は取り除かなければならない。それと同じように、尊い命を奪うクズも殺さなくてはならなかった。

 急降下し、すぐに追いつくとその頭を掴んで地面に叩きつけた。


「い――ッたぁ!? ちょ、なんだよ!?」


 鼻血を出すウィード。口元を両手で抑えるその顔面を殴り飛ばす。

 ノーバウンドで三メートルは飛んだ。だがその身体を神通力で強引に引き戻し、ヨーヨーをするような要領でもう一度殴る。

 すぐに殺すこともできた。だが、それではカブトの気が収まらないのだった。


「はは、はははは!!」


 カブトは狂喜乱舞する。もはや負の感情が唆すままに、ウィードを暴虐していた。

 抵抗するためにウィードも拳銃を持ち出す。そして射撃を試みるが、銃弾は命中するより先にカブトの神通力に捉われ、勢いをなくした。


「効かねぇんだよ馬鹿が!」


 神通力で戻ってきたウィードの胸ぐらを掴み、背負い投げのようにして地面に頭から叩きつける。彼はものの二、三分ですでに身体中が打撲や擦り傷でボロボロになっていた。


「先にトリガーに触ってるならまだしも、準備してから撃つんじゃこっちの神通力も追いつけるんだよ」


「ぐ、は……はは、楽しいかい? そうやって自分の気持ちのままに他人を痛ぶるのは?」


「あ?」


 カブトはウィードの顔面を蹴り飛ばした。サッカーボールを蹴るのと同じ要領での蹴りは、少年の身体を少しだけ浮かせるほどの強さを持っていた。


「他でもないテメェが言うんじゃねぇよカスが。僕を馬鹿にしてんのか?」


 胸ぐらを掴んで上半身を持ち上げると、ごぼごぼと口の端から血を漏らした。口の中を切ったのか、それとも喉の奥から溢れてくるのかの判別はつかない。というより、カブトにとってそんなことはどうでも良かった。

 カブトはただ、自分の呪いに身を委ねれば良い。こいつさえ殺せれば、後は何もかもがどうでも良いのだから。

 だがウィードはこれだけねじ伏せられてもへらへらと嗤っていた。


「違うよ。ボクは純粋に疑問なんだ」


 胸ぐらを掴むカブトの手首を、ウィードは掴む。そしてその目は一直線にカブトの瞳を見つめた。


「気持ちのままに人を傷つけるならボクと変わらないわけだけど、それでも良いの?」


「――――」


「あるいは、悪意に身を委ねている時点でそれはボクよりも酷い。だってそれは紛れもない、悪なんだから」


 カブトは言葉を返すことができない。心のほとんどが悪意に塗れてしまっても、根本は歪んでいなかったから。

 それでも正しくありたいのだと、心の底では思ったままだから。

 そこを突かれる。


「迷ったね、カブト」


 その一瞬の迷いが、ウィードに攻撃を許してしまった。

 腹に当てられた拳銃。接射されればさすがの神通力も追いつけない。

 轟音と同時、再びカブトは致命傷を受ける。


「まだキミは葛藤しているんだ。ボクを殺せと叫び続ける心の声に、本当に従って良いのか」


「――この」


「そもそもそれだけ悪意に塗れて、ボクを倒した後に戻ってこられるのかな? その後の選択が本当に正しいって、信じられるのかな?」


 よろめくカブトはウィードを掴んでいた手を離してしまう。その隙にウィードは背を向けて走り出した。

 追おうとするカブト。だが確信を突かれたことで生じた迷いが自身を支配する悪意に負け、頭痛が起こる。

 ダメだ。この悪意に負けてはならない。負けてしまっては、本当に戻れなくなる。


「ほら、ここまでおいでよ」


 楽しげに手招くウィード。いや、手招いたのではない。その動作で、こちらに投げたものがある。

 その正体に気づいた頃にはもう遅かった。


「手榴弾」


 直後、たった一人を殺すために向けるには大きすぎる爆発が周囲を大きく破壊した。

 塀や民家の壁。何もかもを巻き込む爆風。それらを破壊し尽くすことのできる暴力を生身で受ければどうなるかなど想像に難くない。

 今のカブトには半身がなかった。

 致命傷も致命傷だ。どう考えても、これで死なない人間はいない。

 だが幸いにも、カブトは普通の人間ではなかった。転愚の呪いはこの致命傷すら、カブトを蝕む悪意へと変換することができる。

 黒いモヤに包まれる。それは決して傷を癒すために生まれたものには思えなかった。

 あのどうしようもないクソ野郎を殺すために必要なことをしているだけ。殺意を形にするために、まずは必要な身体を再生させているだけ。


「ああ、畜生」


 致命傷を癒すたびに自身の悪意が大きくなっていくのがわかる。擦り傷ならまだしも、致命傷は呪いとして受け入れるには大きすぎるのだ。

 それを二度も繰り返した。内側から聞こえてくる声はいつしか囁く、唆すというよりは喝采のように大きく、怒鳴るように力強く、殺意を叫んでいた。

 ウィードを殺せ。あのどうしようもないクズ野郎は、殺すしかない。それが正しいに決まっている――。

 本当にそうか、などと考えられる余地がどんどんなくなっていた。このままでは悪意に支配されてしまう。そうなってしまったなら、カブトはどうなってしまうのだ。


「どう、でも良い」


 顔を覆う。何も考えられなくなってきた。抗おうとすることが馬鹿らしくなったのだ。


「この、他人の命を奪うことしか能のねぇ雑草が」


 背中から殺意を翼の形に広げる。以前よりも大きくなった黒の翼は、カブトの身体をゆっくりと空中へと持ち上げた。


「僕が、除草してやる」


 上から見下ろせば、ウィードは山の方へ向かっているようだった。一直線に走っている。涼子に化け、夕日が沈む様が綺麗なのだと説明したあの山へと。

 悪辣な笑みが浮かんだ。緑の生い茂った山など、雑草にはお似合いだろう。そこに死体を埋めて、木々の肥やしにしてやる。

 真っ直ぐに滑空する。翼があれば走っている人間に追いつくのは容易だ。そのままウィードの身体を踏みつけ、スケボーをする要領で滑るように山へ向かっていく。

 アスファルトを削り、その下の地面を削り、大地を破壊するようにしながら山へと向かった。

 やがて目的地が目前へと迫るとカブトはウィードを蹴り上げ、神通力で山の頂上付近へと吹き飛ばした。

 まるでボロ雑巾にするような扱い方に楽しさすら感じ始めたカブトはその感情を声にして表現する。口から出るのは笑い声だった。

 楽しげな笑い声。現実はどう考えても笑えたようなものではないというのに、腹を抱えて笑っていた。

 あれだけ人を殺した雑草も、カブトが本気を出してしまえばこれほどまでに力の差があるのだ。話にならないとはこのことだ。こんなことならば、初めからこうしておけば良かった。


「そうだ」


 カブトは間違えたのだ。カブトが間違っていた。

 天秤ゲームと称して、何度もカブトは自身の正義を試された。その度に間違え、無関係な命が奪われてしまった。

 間違えたのは、提示された選択肢の中からしか選び取れなかったこと。その二択に正解がないということに気付けなかったせい。

 初めから答えはひとつしかなかったのだ。


「そうだよな」


 全部、あの雑草が悪い。

 あいつがいなければ、こんなことにはならなかったのだ。

 だから――。


「僕が初めから、お前をぶっ殺しておけば良かったんだ!!」


 涙すら浮かべて、その怒りと後悔を口にした。

 被弾を恐れず、初めからウィードを殺すために戦っていれば、こんな犠牲は生まれなかった。被弾を呪いで癒したことで、のし掛かる悪意が倍増することを恐れ、行動できなかったのがすべての原因だ。

 自身の悪意を否定し続けてきたカブトの主義。そのせいでウィードを殺すことを躊躇ってしまったのが間違いだったのだ。

 ウィードは生きていてはいけない人間だ。そう、初めからカブトの心は叫び続けていた。最初から、その呪いに従っていれば――。


「僕が、殺してやる――――!!」


 翼をはためかせ、蹴り飛ばしたウィードを追う。赤毛の少年は周囲の木々を破壊するようにして、地面にめり込んでいた。

 カブトがその無様な姿を見下ろしてやると、残った気力でウィードはヘラヘラと笑ってみせた。その程度の力しか残っていないようだった。

 ゆっくりと近くに降り立つ。そして一歩、一歩と近づいて行った。それがお前の余命であるのだと伝えるように。


「――ボクになぜ悪意がないのか、わかるかい?」


 最後の足掻きのつもりか、ウィードはか細い声でそうこぼした。戯言だと思う。気にもとめず、さらに一歩近づく。


「それはボクが、自分の行う殺人を間違っていると思わないからだよ」


 出まかせだ。カブトを惑わそうと、それで隙を作ろうとしているだけだ。

 もう引っかからない。その手には乗ってやらない。いかなる理由があれど、目の前の雑草がクソの役にも立たないことは明白なのだ。ここで殺しておくべきなのである。


「――ボクはキミよりも少し早く、この街に来ていた。そして泊まったんだよ、あの旅館に」


 カブトが泊まったのと同じ旅館。きっとまだ涼子が生きていた頃、ウィードもその場所を利用していた。


「あの旅館が経営難に陥っていたのは誰の目から見ても明白だろう? それは何故か。この街が観光地ではなく、住宅街として開発されたからだよ」


 街を歩いているうちにそれにはカブトも気付いた。旅館が旅館としてやっていくには、この街には観光地としての魅力に欠ける。

 旅館を覆う住宅街はまるで雑草だった。観光客という養分を奪う、旅館にとっての雑草。


「ボクはそれを掃除してあげてたんだ! 死体が積み上がれば住宅街としての評価は地に落ちる。代わりにこの街はそれ自体が心霊スポットとして、観光の価値が上がるはずだったのさ!」


「だったらなんで旅館の人間を殺した!?」


「仕方なかったんだよ!!」


 胸ぐらを掴むカブト。気付けばウィードの術中にハマり、その言葉に聞き入っていた。


「経営難だった旅館の主人は頭を抱えていた。そしてついに手を出してしまったんだよ、この街に巣食う暴力団の金貸しに!!」


 こんな街で、それでも旅館を続けていくのは限界だった。まして旅館の主人には高校生の娘がいる。その学費を払いながら営むなど、とてもではないが不可能。

 頭を抱えた主人はついに闇金に手をつけてしまう。そして、返済ができなくなった家族は――。


「自分の父親に一家心中を告げられるよりは、名前も知らない通り魔に殺された方がマシだと思わないか!? 自分の父親に殺されるよりは、関係の薄いボクが手を下す方が、涼子ちゃんは穏やかに逝けると思わないのかよ!?」


「――――」


 カブトは言葉に詰まった。そんな背景があったとは思わなかったのだ。

 そして水をかけられたようにハッとなり、そこには躊躇いが生まれる。

 ウィードに悪意が感じられなかった理由。それは彼が、彼の正義感に従って行動していたから。プラスの感情で動く人間にマイナスの感情はない。だからカブトにはそれを探知することができなかった。


「――オマエは、暴力団員を助けたじゃないか」


「――!!」


 天秤ゲームの最中、意味のわからない二択を提示されたことがあった。死刑囚と暴力団員。カブトは暴力団員を救ったことで、死刑囚の近くにいた警官たちの命を奪ってしまった。

 カブトの罪はそれだけだと、思っていた。


「あそこで暴力団員を殺せていれば、少しは天国の涼子ちゃんも報われたかもなぁ!! でもそんな悪党を救う選択を、オマエはしたんだ!!」


「――僕は」


「オマエは罪を重ねすぎた。死んだ方がマシだと、そうは思わないかよ?」


 死んだ方がマシ。ああ、それもそうかもしれない。

 死ね、死ねと叫び続ける内側の声。その言葉の対象はいつしか、ウィードからカブトへと移っていた。

 自分は死んだ方がいいのではないかという自殺願望。呪いはそういうマイナスな感情の塊となって、カブトにのし掛かった。

 ただでさえ大きすぎる呪い。ひとりで抱え込むには余りにも大きすぎる自殺願望は、ウィードを殺そうとする手を止めるには充分すぎた。

 こんな自分よりはまだ、ウィードの方がマシに思えた。誰かのために行動し、少しでも他人に寄り添えたのはカブトではない。ウィードの方だ。

 死ぬべきなのは自分の方なのだと。

 そう、思わされたことが、ウィードの狙いだったというのに。


「――なぁんて、喋ってる間にさぁ」


 無気力になったカブトの手を振り払い、自身の服についた汚れをはたき落とすウィード。それを見上げるカブトの瞳には未だ拭い去れない自己嫌悪が宿っていた。

 それを狙い通りだと嗤いながら、ウィードは隣に立って山の頂上から街を見下ろした。


「見てみろよ、カブト」


 疲れたようにして、ウィードの指差す方へと視線を向ける。そこには見慣れた住宅街が広がっていた。

 ――見たこともないほどに、そのすべてを紅に染めて。


「オレ、最初に言ったろ?」


 ウィードは以前の調子を取り戻したように、元の態度に戻って楽しげに語る。


「街全体に爆弾をばら撒いてるってさ。今の問答をしている間に、それを全部起爆したわけ」


 つまり先ほどまでの叫びは、すべてが演技だったのだ。あれほどまでに迫真で、筋が通っているように聞こえた説明は、街全体を大火で包むためのただの時間稼ぎでしかなかった。

 カブトはまんまとそれに引っかかり、もはやどうすることもできない罪を重ねた。


「また、間違えたね」


 何度、その手にかかれば良いのか。

 どれだけ、罪を重ねれば良いのか。

 最初から一貫して心の声は告げていたというのに。ウィードを殺せと、こいつはここで殺しておけと、呪いはずっと警笛を鳴らしていたというのに。

 今度こそ致命的なミスをした。カブトがウィードを殺さなかったから、この街の人間は全員が業火に焼かれる。

 もはや逃れる術はない。大火は街を包み込み、ひとりの人間も逃がさないだろう。

 カブトの瞳からは、言葉にできない悲しみが涙となって溢れた。


「この大火は全部キミのせいだよ、カブト。キミは何度も、本当に何度も選択を誤った」


「僕が……」


「そうさ。オマエがオレを殺していれば、こんなことにはならなかったのにな。もう、何もかもが手遅れだ」


「手遅れ……」


 手遅れだ。今から鎮火しようにも、ここまでの大火災を消すことのできる水などどこにもない。炎は雨などの自然の力で消えるまで、命を、財産を、奪い続けるだろう。

 目の前の光景は、雑草の生い茂った草原が燃えていく様子に似ていた。それを見つめるウィードの瞳を見る。彼は何を思って、これをしようと思ったのだろうか。

 好奇心か。復讐心か。はたまたカブトを貶め、楽しむためか。

 正解を、カブトには想像することができないのだろうと思った。

 目の前の猟奇殺人犯は、カブトの想像の範疇に収まらない。常識をはるかに超越した、圧倒的な非常識の世界にいる。

 ウィードの気持ちは、考えは、その心はウィードだけのものであり、誰にも想像などできない。相手の悪意を覗くことのできるカブトにさえ、彼の心を暴くことはできないのだ。

 カブトは思う。

 ウィードはもはや『猟奇殺人犯』などという小さな存在ではないのだと。

 こいつは存在そのものが『天災』に近しいものであるのだと。


「――天災。災害か」


「ん?」


 ウィードの存在そのものがただの災厄であったならば、カブトの呪いがそれを肩代わりできたのだ。だが現実はそんなに甘くはない。

 決して転愚の呪いはただの一個人を受け入れるべき災厄であるとは認めない。

 だから、今、カブトが受け入れるべき災厄はウィードではなかった。


「――ああ。キミはやっぱり、そっちを選ぶんだね」


 腰に手を当て、呆れたようにするウィード。やっぱり、と言った。つまりここまでのすべてが、きっと彼の計算通りだったのだろう。

 なればこの戦いはカブトの敗北であり、カブトは最後まで間違え続けたことになる。

 だけどそれでも、カブトは今の選択を後悔することはない。


「――――」


 カブトに、今までに見たことがないほどの黒いモヤが集結していた。この量の黒は、かつて呪いをかけられ、村全体の災厄を吸収した時よりも大きい。

 なにせ街の規模や人の数が桁違いなのだから。

 カブトは眼下の街に広がるすべての災厄を自分の中に集めていた。大火を、怪我を、損害を、憎悪を。愚かしさのすべてを呪いに変え、カブトの心へ集めていたのだ。


「僕を殺したければ、殺せばいい。それを止めはしない」


「殺さないよ。こんな面白いオモチャ、ここで壊しちゃうのはもったいないだろう?」


「なら、僕はいつか、お前を殺すよ」


 呪いを受け入れながら、のし掛かるすべての災厄に耐えながら、カブトはウィードに向けて宣言した。

 ここで殺されないのならば、生かされるのであれば、これからのカブトの命は、贖罪のために使うべきなのだから。


「お前は生きてちゃいけない雑草だ。いずれ僕が責任を持って、根っこから抜きに行く」


「そうかい」


 ウィードはそこでその場を歩きだした。追うことはできない。とてもじゃないが、呪いのせいでここから動くことなんてできなかった。

 ウィードはその去り際に、ひとつ言い残す。


「――カブトに旅館からの景色を勧めたの、ボクが涼子ちゃんに勧められたからなんだよね」


「――――」


「もしその力で焼け落ちた旅館が戻るなら、夕日を見てから帰りなよ」


 ウィードは手を上げて去って行った。

 あの男は最後まで救いようのない、性根のねじ曲がったクソ野郎だ。別れ際まで、死者を冒涜した。他者の命を粗末に扱うことに関して右に出るものはいないだろう。

 だけど――。


「――そうか。あの景色だけは、涼子から貰ったものだったんだな」


 カブトが街に到着した時点で、涼子は手遅れだった。すでにウィードの手によって殺害され、成り代わられていた。

 だがあの夕日を見せようとしたのがウィードの意思なのではなく、生きてた頃の彼女を真似た結果なのだとしたら、それだけは本物の彼女がくれたものなのだろう。

 涼子はすでに殺されていた。たとえ今、ウィードの起こした大火を鎮めようとも彼女の命は戻らない。


「――ごめん」


 カブトの記憶の中にいる涼子は、そのすべてが偽物だ。ウィードが冒涜した、唾棄すべき記憶だ。

 だけどその部屋から見える夕日だけは、胸に刻もうと思う。

 それは決意として、それは誓いとして。

 罪禍を忘れないための、記憶として。



 ――そうしてその、夕日を見ていた。

 大火、怪我、損害、憎悪のすべてを吸収し、街のすべてを救ったカブトは旅館の一室からそれを眺めていた。

 ふたつの山の間に沈む夕日。夕焼けの光は山と山の間から流れる川をオレンジ色に染め上げ、街は自然を彩るように主張を控える。

 遊園地も、高速道路も、住宅街も、何もかもが夕焼けに包まれ、その美しさに溶けていくのだ。

 これがカブトの守ろうとしたもの。

 そしてこれが、涼子が好きだったもの。

 カブトと涼子を繋ぐものはこの景色しかない。本当の涼子がどんなことを考え、どのようにして死んでいったのかを知る術はどこにも存在しない。

 そしてそれは、カブトの選択によって命を奪われた街の人々も同じだ。

 カブトは大火から街の人々を救うことができても、それ以前にゲームに巻き込まれて殺された人々までを救うことはできなかった。

 彼らのことはカブトが殺したも同義。だからこれからはその罪を贖うために生きなくてはならない。

 自身の負の感情に従わないようにする主義は、すべてが正しいわけでないことを知った。

 負の感情が叫ぶのに従って、殺さなくてはならない悪がいることを知った。

 だから贖罪のために、カブトは転愚の呪いに身を委ねる。その呪いが殺せと叫ぶのに従って、ウィードを殺しにいく。

 この呪いを解くのは、それからだ。

 沈む夕日を眺めながら、少しずつ暗くなる空と同じように、カブトの心も暗く、黒く染まっていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

今後のカブトの活躍は、また別の機会に書けたらと思います。


追記

↓エピローグ的な内容の短編を執筆しました。ぜひ一読ください。

https://ncode.syosetu.com/n7097gs/

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