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プロディートスの恋人  作者: karura
3/3

ライラの秘密

アルが可哀そうすぎる

 

 その日、ライラは町で診察の依頼を頼まれていた。可能な限り町の連中とは関わりたくなかったが、必要な医薬品の購入やら食材の買い出しやらで、最低でも週に1度は出かけていかなくてはいけない。何より、生きていくのには金が要る。ライラは町の成金連中の血圧の薬やら裏稼業の連中の傷の手当で、医薬品と食材の金を稼いでいた。「変わり者のガキだが腕は良い闇医者」という噂が界隈の人間にはかなり広がっており、ライラの患者は常に順番待ちの状態だった。その日もライラは数件の診察を終え、買い込んだ医薬品と食材を母の形見の古い鞄に詰め込んで犬ぞりに乗せ、小雨の降り始めた町の大通りを歩いていた。すると、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえた気がしてライラは顔を上げた。反対側の方向から人懐っこい笑顔を浮かべた少年が、手を振りながらライラに駆け寄ってきた。


「ライラ!今日は町に来てたんだね!」


「アル!」


 アルはライラより1つ年下で、町の工場で働きながら病弱な母親と暮らしていた。この親子は3年程前まで森にあるライラの家の近くに住んでおり、母親同士の仲が良かったアルとライラも子どもの頃からの友人だった。アルは父親を戦争で早くに亡くし、洋服の仕立てで生計を立てていた母親と2人きりで暮らしていたのだが、3年前に母親が流行り病にかかり、視力を失って仕事を続けることが出来なくなった。2人は現在、アルの亡き父親の妹が営む宿屋の一室を借りて暮らしている。ライラの身体の秘密を知っているこの親子は、ライラが心から気を許せる数少ない人間だった。


「……マリアさんの具合、どうだ?」」


「……うん。だいぶ落ち着いてるよ。ライラの薬のおかげでよく眠れてるみたい。ただ、ここ2,3日は咳が酷くて……冬が近づいてるから」


「専門医は?何て言ってる」


「相変わらず、当たり障りのないことばかりだよ。不治の病だから仕方のないことだとか、気の持ちようだからしっかりしろとか。薬もろくに出してくれないし……これじゃ、何のために町に出てきたのかわからない……」


 アルは俯いて悔しそうに唇を強く噛んだ。3年前に多くの死者を出した流行り病は、未だに治療法が見つかっておらず、町中に患者が溢れていた。この町にはアカデミーを出た医者が1人だけおり、その病の研究を専門にしていた。アルは母親に治療を受けさせるため、この町に越してきたのだ。しかし、アルの母親の病状は季節によって良くなったり悪くなったりを繰り返していた。ここ1ヶ月程はベッドから起き上がれないような日が続いているようだった。


「ちょうど診察が終わったとこなんだ。今からお前の家に行こうと思って。……俺じゃ簡単な処置くらいしかできないけど」


「ライラ……いつも悪いよ。今本当に手持ちがなくて……」


「お前から金なんか取るわけないだろ!マリアさんの診察は好きでやってるんだよ」


 ライラは町に出てくる度に、時間を見つけてはアルの家を訪ねていた。アルの母親のマリアは本当に心の美しい人で、母親が死んで身寄りの無くなったライラをいつも気にかけ、何かと世話を焼いてくれた。ライラはアルの母に会うたびに、優しかった母を思い出すことができた。


「……いつもごめんね、ライラ」


 アルは銃の組み立て工場で働いているのだが、長く続いていた内戦が一段落したことで銃の需要が減り、工場が休みになることが多くなり、その分給料も減らされてしまっていた。加えて今年は農作物が不足で、食料品の値段が跳ね上がり、アルの生活がいよいよ苦しくなっていることに、ライラは十分気づいていた。


「いいって。そのかわり、お前が将来出世したら倍にしてくれよ」


 ライラは二人の間の暗い空気を取り除こうと冗談めかして笑ってみせた。アルもつられて少し笑った。二人は大通りから小道に入ってアルの住む宿屋まで歩いた。アルの叔母が経営する宿屋は一階が酒場になっており、ドラッグや銃の密売を生業とする連中のたまり場になっていた。その日も誰かが酔っ払って大声で歌う声や、客同士怒鳴り合う声が薄暗い室内にこだましていた。


「叔母さん、ただいま」


「アル!!もう3時だよ!!たかが買い物に何時間かかってんだい!!まったく使えない子だね」


「……ごめんなさい。叔母さんに頼まれたお酒が売り切れだったから、いつもと違う店まで行ってたんだ」


「言い訳するんじゃない!どうせそこのガキと一緒に遊んでたんだろ?お前はいつも嘘ばっかりじゃないか、穀潰しの母親にそっくりだ!!憎たらしい……あたしがお前たちの家賃を何か月待ってやってると思ってるんだい?あたしがいなきゃあんたら親子は野垂れ死にしてんだよ。それがわかってんだったら早く店を手伝いな!」


 アルの叔母はまくしたてるような強い口調でアルに命令した。アルの父と母は駆け落ち同然で一緒になったので、両方の親族から疎まれていた。アルの母が病気になった時、唯一アルの面倒を見ることを申し出てくれたのがこの叔母だった。しかし結局のところ、朝から夕方まで工場で働き、くたくたになって帰って来たアルを自分の店の従業員として真夜中まで体よくこき使っていた。アルが工場で稼いできた賃金も、半分は家賃や食費としてこの叔母の懐に入っていた。


「……ごめんなさい。すぐ準備してきます」


 アルは両の手を固く握りしめ、少し身体を震わせながら店の奥に駆け足で入っていった。ライラはすぐにアルを追いかけようとしのだが、いきなり強い力で左腕をつかまれ、思わず立ち止まり振り返った。


「よぉ!闇医者!相変わらず汚い商売してるらしいじゃねぇか」


「ジャン……腕を離せ」


 ジャンはこのあたり一体を取り締まっているドラッグの売人で、年はライラとそう変わらなかったが、連中の中では珍しいほど頭が切れるので、組織の中でもそれなりの地位を得ている男だった。いかにも屈強そうな大きな身体と、左目から首筋にかけて内戦で負傷した時についた大きな切り傷が、怪しげな雰囲気を醸し出していた。ライラは何度かジャンの診察をしたことがあり、その時からなぜかこの男に目を付けられるようになっていた。


「連れないな、俺はあんたを気に入ってるんだぜ?あんたが女だったら愛人にしてやるのによ」


「黙れ……」


 ライラはジャンの腕を思いきり振り払おうとしたが、がっしりとした太い腕をピクリとも動かすことができなかった。


「おいおい、そう怒るなよ。俺は美人には優しいぜ?それより、あんたが喜びそうな話がある。聞かないか?」


 どこから仕入れてくるのかは知らないが、ジャンは国の情勢から町の刃傷沙汰に至るまで、あらゆる情報に通じており、警察組織の情報屋のようなこともやっていた。警察組織に協力する見返りに自身の商売取引を取り締まりから見逃してもらっているらしかった。


「ニコラス商会のトップが変わった。相当金にがめついやつらしい。あんたが贔屓にしてる店の医薬品も値上がりするぞ。それからな、今年はここら辺だけじゃなく、国中が不作らしい。食料品の値段もこれからまた馬鹿みたいに上がるぞ。まったく、まともな商売してたんじゃ食ってけないね……まぁ、俺とあんたみたいな連中は別さ」


 ライラはここにいる連中と自分を一緒にされたことに酷く腹が立った。何か言い返してやろうと思ったが、それはできなかった。ドラッグに溺れる弱い人間を食い物にするジャンと、汚い金持ち連中を診察することで生計を立てている自分とで、一体何が違うというのだろう。


「……王都は?何か変わったことはなかったか?」


「これといって別に。ただ、()()()の懸賞金がまた上がったな。それ以外はいつも通りさ。王様は相変わらずご病気で1日中ベッドの上。かわりにお后様が好き勝手してる……あんた、森に住んでるくせにいつも王都のことを聞くな。知り合いでも住んでるのか?」


「……いや、ただ聞いただけだ」


「なんだ、あんたも()()()の懸賞金に興味あんのか?まぁ、捕まえられたら一生遊んで暮らせるだけの額だからな。でも無理だね、この5年、国中の女が片っ端から調べられてるのに見つけられねぇんだぜ?とっくに外国に逃げちまったのさ。なにせ相手は()()だからな」


「………興味ないな。そんな話」


 誰かの口から()()()の話題が出てくる度に、ライラは心臓が止まりそうなほどの恐怖を感じた。ジャンに心の内を悟られないよう必死に平静に振舞ったつもりだったが、ジャンはライラの顔を深く覗き込み、何かを探ろうとしているようだった。ジャンは嗅覚の鋭い男だ。これ以上何か聞かれると、ボロを出してしまうかもしれない。


「わかった。情報の礼に今度診る時はタダで良い。せいぜい怪我しないように気をつけろ」


 ライラはそう言って逃げるようにジャンから離れ、アルを探しにカウンターの奥に入っていった。


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