【短編】愛して、紅
現代ものの、淡く切ない恋物語です。
どうぞ、ラクにして読んでください。
これはあたしの初恋のお話……。
あたしが生まれたこの世界は、今これを読んでるみんなの世界からほんの少し先の未来……。
そんな未来で起きた、あたしの淡く切ない恋物語……。
少子化問題が社会で大問題になった時代、女性の結婚離れや出産離れ……、恋愛なんかより仕事が優先……。
そんな中で出来上がった「人工授精による養育費の援助制度」……。
女性と結婚できない男性は、精子バンクに自分の精子を売ってお金をもらう……。
結婚したくない女性や、したくても相手がいない……。でも子供は欲しい、そんな女性のための「人工授精」……。
かなり高額だけど、自分の理想にあったプロフィールの男性の精子を買って人工授精させて妊娠・出産……、そして無事に子供が生まれて健やかに成長していけば、国から援助金が入る。
多分、今のあなたたちなら考えられないことだよね……。
でもあたしの世界では、それが当たり前になってる時代なの……。
何を隠そう、このあたしも人工授精で生まれて16年……元気に毎日を送ってます。
高校受験にも合格して楽しい高校生活……、父親はいない母子家庭だけどそれなりに楽しく毎日を過ごしていた。
そんな時……、突然の貧血で倒れたあたしはそのまま救急車に運ばれて……検査を受けた。
すぐにお母さんも駆けつけて、精密検査を受ける。
検査の結果は3日後だと聞いて、とりあえず今日は念のため入院することになった。
思ったよりも元気そうだったあたしの様子を見て、お母さんは家に帰っちゃった。
さて、どうしようか……。
そう思っていたら、隣の部屋から子供の泣き声が聞こえてきた。
ここは病院なんだから、子供の泣き声なんて別に変じゃない……。
気にすることなんてないって思ったけど、なんだかすごく気になった。
看護師さん何してるのかな?
あたしは、ゆっくりと隣の部屋をのぞきに行った。
そこにはベッドがひとつだけ。
女の子と、ベッドにはあたしと同じ年位の男の子が寝そべっていた。
「返してー、あたしのお人形!!」
「返してほしけりゃ、ほら、取れよ」
もしかして、いじめ??
なんてちっさい男……。
あたしはずかずかと病室に入っていって、男の子から人形を取り上げた。
「はい、もうこのお兄ちゃんに近付いたらダメだからね!」
「ありがとう、お姉ちゃん」
そう言うと、その女の子は駆け足で病室から出て行った。
あたしはじろりと男の子を睨みつける。
「なんだよお前、勝手に人の病室に入ってきやがって」
「あの子あんたの妹とかじゃなかったんだ。何してたのよ!!いじめなんて大人げない!!」
「お前には関係ないだろ。オレがベッドで寝てたら、あのガキが勝手に入ってきて色々しゃべってうるさかったから、黙らせようとしただけだよ」
……関係ない、と言いつつ丁寧に説明する。ヘンなやつ……。
よく見たら透けるようなサラサラの黒髪で、肌は……やっぱり入院してるだけあった青白かった。
キレ長の瞳で、鼻は思ったよりも高い……、その端正な顔立ちを台無しにしてるへの字口……。
とにかくもういじめなんてやめなさい……と、一言注意だけしてあたしはさっさと出て行った。
……顔はいいけど、性格は最悪そうだったし。
翌朝、隣からまた女の子の泣き声が聞こえてきた。
あたしは再び隣の病室をのぞきに行くとまた同じ女の子が、アイツに泣かされていた。
あたしはまた注意して女の子を救いだし、今度は女の子をあたしの病室に連れて行って理由を聞いてみる。
「どうしてあのイジワルなヤツのところなんかいったの!? アイツと友達なわけ?」
泣きながら女の子が答えた。
「看護師さんと先生が話しているのを聞いたの。あのお兄ちゃん……もうすぐ死んじゃうんだって。死ぬのってすごく怖いことだから。怖くてさみしいんじゃないかって思って、あたし……話し相手になってあげようと思ったの」
ショックで一瞬、頭の中が真っ白になった。
――アイツが、死ぬ……?
確かに見た目は病弱で今にもフラッと倒れそうな顔色の悪さだったけど、あのふてぶてしいヤツが……。
そんな重たい病気に……。
気がつくとあたしは退院しても、アイツの病室に通い続けた。
アイツは最初、うざいだの、ほっとけだの、暴言ばかり吐いていたけど、アイツがもうすぐ死ぬんだって思ったら……、ただの強がりにしか見えなかった。
同情だなんて、アイツにしたら屈辱にしか思えないだろうけど……、でも同情だけじゃなかった。
強がりの中に、乱暴な態度の裏に――あたしはほんの少しの優しさを見つけてしまったから……。
アイツの名前は、蓮というらしい。
あたしは紅だっていったら、「どうりでほっぺたが真っ赤なわけだ」とからかった。
確かにあたしが生まれた時、ほっぺたを真っ赤にして産声を上げていたからそれでお母さんが「紅」って付けたんだけど……、そんなに笑わなくたって……。
でも……、なんだか蓮とはすごく話が合って……一緒にいるとなんだか楽しい。
高校の同じクラスの男子生徒と話すのとは全然違った……、病室という異質な空間がそんな気分にさせるのかな?
遂にあたしの検査の結果が出た……。
あたしとお母さんは先生に個室に呼ばれて、難しい話を聞かされた。
人工授精で生まれた子供にだけ現れる、極めて稀な病状で……「キプトフィラキシン血液症候群」という最近発見された――不治の病らしい。
白血病みたいな血液のガンで、血液の中に毒素が多く含まれて……その毒素は体内で中和することができず、どんどん蓄積されていって、最後には激しい苦痛と共に死に至るらしい……。
お母さんは泣き崩れ、治療法はないか何度も医師に問いただした。
あたしは個室を出て行って……、無意識に向かった先は蓮の病室。
蓮があたしを見て驚く……、何をそんなに驚くの?
毎日病室に来てたじゃない……。
なんでそんな悲しそうな顔をするの?
「だって……、お前がそんなに泣いてるのって……初めて見たから……」
ぼろぼろと大粒の涙がとめどなくこぼれて、蓮の顔がゆがんで見える……。
あたし、死ぬの?
そんな不安が胸いっぱいに広がる。
大声で泣く……、蓮にしがみついて……、みっともなく泣きじゃくった……、まるで小さな子供みたいに……。
それでも蓮は、優しくあたしを抱きとめてくれた……。
優しく、あたしの頭をなでてくれて……、「大丈夫だよ」って、優しく背中をさすってくれた。
ようやく涙が止まってきて、あえぎながら涙をふく。
涙と鼻水でぐずぐずになったあたしを見ても、笑ったり、怒ったりせずに、優しく拭ってくれた。
ふっと、安心感が押し寄せて……ついあたしは自分の病状を蓮に話してしまった。
蓮の表情が、硬く……こわばる。
あたしはその意味がわからずに、「どうしたの?」と蓮に聞く。
「お前まで……、オレと同じ病気に……?」
あたし達に、未来も将来もない……。
待っているのは、確実な「死」だけ……。
あたし達に遺された時間が残り少ないんだと思うと……、人は大胆になれるものなのかな……。
入院生活をすることになっても、あたしが蓮の病室に通うのはいつもと変わりなかった。
最初の頃とは全く違う……、優しいまなざしで迎えてくれる蓮。
いつもと同じはずなのに……、その日はあたしの方から蓮に……唇にそっと触れるようなキスをした。
突然、お母さんが蓮とこれ以上会っちゃいけないって言いだした。
ヒステリックに、初めてお母さんに反論するあたし……。
あたしが誰と話そうが、誰と会おうが、誰を好きになろうが、お母さんには関係ない……っ!!
勢いで「大嫌い!!」と、言いかけたその時……お母さんが信じられないことを口にした。
「あの蓮って子と……、紅は腹違いの兄妹なんだよ……っ!!」
お母さんが何を言っているのか、全く理解できなかった。
意味がわからない、蓮のことが気に入らないからって……なんであたしと蓮が兄妹にならなきゃいけないの!?
お母さんが言った。
あたしが毎日のように会いに行っている蓮のことが気になったお母さんは、色々調べたみたい……。
そしたらあたしのDNAと、蓮のDNAが酷似してるってわかって……わざわざご丁寧にあたしを買った精子バンクに問い合わせをして、…本当は精子の持ち主である父親の情報は絶対明かせないことになっているんだけど、あたしと蓮の血液の病気のことを出すと、意外にもあっさりと話したらしい。
あたしと蓮の父親にあたる精子の持ち主は、厳しい審査に合格して精子バンクに登録したけど、その後特殊な病気になって亡くなったらしい。
それがいまのあたし達の病気だった。
そしてその病気は、遺伝でしか発症しないこともわかった……。
あたしと蓮が兄妹だと裏付ける……何よりの証拠になってしまったのだ……。
お母さんの言うことも聞かず、あたしは蓮の側にいた……。
蓮はあたしが妹だって知らない……、もし知ったらどうする……?
怖かった……。
死ぬことよりも……、蓮に嫌われることのほうが……どんな重い病気よりもずっと怖くて恐ろしかった。
突然、蓮があたしに告白した。
「例え紅がオレの妹だったとしても……、そんなの関係ない。オレ達は兄妹である前に……、一人の蓮っていう男と、紅っていう女の子として出会ったんだから」
また……、泣いてしまう。
どうして蓮といると、泣いてばっかりいるんだろう……。
自分が不治の病だって聞かされて怖かった時も、蓮の言葉を聞いて嬉しい時も……涙が止まらない。
――好き、ずっと大好きだから。
ある日、手術をすることになった。
あたし達の知らないところで、病状を改善させる方法が見つかったらしい。
手術前夜、あたしは蓮のところへ行った。
あたしの手術がもし成功すれば、蓮だって助かるかもしれない!!
蓮はすごく喜んでくれた。
イジワルな笑いしか浮かべられなかった男の子が、今こうしてあたしのために最高の笑顔を見せてくれる。
あたしはうれしくなって、蓮に最後のお願いをした。
「あたしのこと、これからも……愛してくれない?」
胸が張り裂けそうなくらい、心臓が高鳴る……。
言ったあと、すごく恥ずかしくなる自分がいた……、でも最後にどうしても言っておきたかった。
手術に失敗すれば……、もう二度と会えなくなるかもしれなかったから……。
蓮はいつもの優しい笑顔で、「もちろん」と言って……あたしに熱いキスをいっぱい、いっぱいしてくれた。
あたしにとって……、とても最高に幸せな夜だった。
手術当日、手術室に入るまでお母さんがあたしの手をずっと握ってくれていて少しだけ怖さがなくなった。
そして全身麻酔をかけられて……、あたしは深い眠りについた。
手術は成功、手術後の拒否反応もなくとても順調に回復していってるのだそうだ。
この手術は、あたしの血液の中の毒素を完全に取り除かないといけないものだったそうで、同じ細胞とDNAを持つ適合者がいなければ成功しなかったらしい。
なんでも……、この病気は生きている間は体内の血液を毒素に侵され続ける不治の病であるにも関わらず、亡くなったら遺体に残った細胞や血液は「キプトフィラキシン血液症候群」の解毒薬となるのだという。
あたしはそれを聞いて、――一瞬悪寒が走った。
蓮に会いたい……!!
またいつもの笑顔で迎えてほしい……っ!
あたしは懸命に走って、いつもの蓮のいる病室へ向かった。
病室のドアにかけられている患者の名前のところに……、蓮の名前はつけられていなかった。
「――蓮っっ!!」
ベッドはもぬけのからだった……。
あとから追いかけてきた看護婦さんが、あたしの手術が成功したら自分に渡してほしいと……蓮に頼まれていた手紙が、そこにはあった。
『紅へ。
手紙なんてあまり書いたことがなかったからどんな風に書けばいいかよくわからないけど、とりあえずこれを読んでるってことは手術は無事に成功したってことだよな。
おめでとう! ……これちゃんと本気で言ってるからな? (今疑ったろ……)
とにかく……、多分今ものすごくオレに怒ってるだろ。
お前に黙って、お前の手術のドナーになって……。
でも医者が言うには、お前を救うにはこれしかないって。
オレ達にこの病気と、命をくれた親父のDNAを持った子供はもうオレ達以外いないんだそうだ。
だから、お前を助けるにはオレのDNAしかないってわけだ。
オレはお前にはずっと生きていてほしいからな、お前のことだ……あたしが代わりになりたかったとか抜かすと思ってこれも言っておく。
オレのは発症が早かったから手術をする時期が過ぎて、末期になってたからいくらお前の細胞を使ったとしても、もうダメなんだって。
それにオレの寿命はもうきてたって……。
オレが死なないと解毒薬に変わらないから……、正式な手続きのもと、安楽死を選択した。
結局はお前を悲しませることになるかもしれない、でもな……。
オレは死んでも、オレの血液は……細胞は……ずっとお前の中にいて、お前とひとつになれるんだ。
これってすごいことだと思わないか?
オレ達はずっと一緒にいられるんだ。
……死ぬまでずっと、お前の中に生き続けられるんだ。
照れくさくて、ずっと言えなかったけど……、オレも……愛してる。
蓮より』
どうして……、どうして蓮はあたしを泣かせてばかりいるの……?
この涙が、悲しくて泣いてるのか……嬉しくて泣いてるのか……わからない。
でも、あたしに命をくれてまであたしを愛してくれた蓮……。
約束は守ってくれた……。
これからも……、ずっと……ずっと……、愛してくれるって……。
あたしの中で……、ずっと、ずっと……。
恋愛モノが超ニガテな人間が書いたらこうなってしまうんですね。
粗雑な小説を最後まで読んでもらえたらこれ以上ない幸せです。
※R5.4.7.に少しだけ編集しました。