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3.59.逃走

五本連続投稿です。


 俺は今持てる全力の速度で、子供たちと兄弟が待つ場所へと向かって走っていた。

 子供たちを怖がらせないように、先程人間を殺して付いた血は水魔法で洗い落としている。

 走りながらだった為、完全には落ちていないかもしれないが、今の状況では完璧に匂いを落とす時間などない。

 一刻も早く、南に逃げなければならないのだ。


「……ッ!」


 オートを助けられなかった悔しさが今も込み上がってくる。

 だが今感情をぶちまけて物に当たってしまうのは悪手だ。

 夜は音がよく響く。

 物に当たれば多少は気分が晴れるかもしれないが、それで俺たちのいる場所がバレては意味がない。

 俺は歯を強く食い縛って感情の行き所を作ってやった。

 それでも補えないのであれば、更に足を速く動かして解消している。


 能力は使わない。

 今は使わなくても、それだけの速度が出ているような気がしていた。

 というか、魔法を使うという事が、頭になかったのだ。

 それ程にまで、今俺は余裕がなかった。

 とにかく逃げなければならない。

 それだけが俺の頭を支配していた。


 暫く走って行くと、ようやく子供たちが見えてきた。

 これからどうやって説明するか全く考えていなかった事に気が付く。


 どうすればいい……?

 俺はどうやってあのことを伝えればいいんだ?


 子供たちは皆起きている。

 ベンツもガンマも、俺の次の言葉を待っているようだ。


『……兄ちゃん。どう……だった?』


 ベンツが少し声をどもらせながら聞いてくる。

 顔に出ていたのだろうか。

 ガンマも子供たちもどこか不安げだ。


 ……ここは正直に言うしかない。

 嘘などつける状況ではないし、どのように嘘を言えばいいのかすらもわからないのだ。

 俺は意を決して、絞り出すようにこれだけ呟いた。


『……南に……逃げるぞ。準備しろ』


 自分でも驚くほど冷たい言葉が出てしまった。

 もっと優しく言えなかったのだろうか。

 俺は今言った言葉に後悔したが……それ以外に言葉が出てこなかったのだ。

 申し訳ないとは思ったが、もう他の言葉は浮かばない。


 ベンツとガンマはその言葉で全てを理解したようで、眼の色を変えた。

 ベンツは顔を伏せ、手に力を入れる。

 だが、ガンマは毛を逆立てて力強く手を地面に叩きつける。


『どういうことだよ兄さん!』

『……』

『逃げるって……逃げるってどういうことだよ! 父さんは!? 母さんは!? 他の仲間!? この子たちの……親は!? どうしたんだ!? 説明してくれ兄さん!!』

『死んだ!!!!』


 俺のその大声に、その場にいた皆が驚いた。

 今までにこんな大声出したことがない。

 ガンマの言いたい事はもっともだし、知らなければならないことだ。

 だが、俺は言いたくなかった。

 言わせてほしくなかった。

 ただ、察してほしかったのだ。


 ガンマは俺の豹変ぶりを見て、一気に毛を戻してペタンと座る。

 何処か放心している様ではあるが、今の俺にそれを心配する余裕などない。

 ただ、言ってしまった……。

 それだけが渦巻いていた。


『死んだんだ……皆。ロード爺ちゃんも……死んだ。ルインお婆ちゃんも死んだ。母さんも……死んでた……。仲間もゴロゴロ倒れてた。朝まで俺の事をずっと攻撃してたあのお父さんも死んでた。ベンツがあの時戦った奴らも死んでたんだ。皆……みんな死んでたんだ……』


 これは事実だ。

 俺は全て見てしまった。

 それを思い出し、言葉にすると、胸がどんどん締め付けられていく。


 泣き出したい。

 大声を出して泣きだしたいが、それをさせてくれない理由が俺にはあった。


 俺はこれからリーダーになる。

 これからは俺がこの子たちを、こいつらを引っ張っていかなければならないのだ。

 それがオートが俺に託してくれた意思であり、俺が受け継いでいかなければならない物。

 迷ってなどいられない。

 俺たちは、リーダーの最後の言葉を信じて、南に逃げなければならないのだ。


『……な、なぁ兄さん……。父さんは……?』

『……俺たちが逃げる時間を稼いでくれてる。長くは持たないんだ』

『!? まだ生きてるのか!?』

『そうだ』

『だったら──』

『駄目だ』


 戻ったとしても、間に合わない。

 それに俺たちが行ったとしても殺されるだけなのだ。

 逃げるしか手は、もう残っていない。


 ガンマにそれを説明すると、ギリッと歯を食い縛る。

 俺も同じ気持ちだ。

 自分の無力さにここまで堪えたことは無い。


 出来ることが一つだけしかないというのは、本当に辛い。

 選べる選択しが選べないというのは、本当に悔しい。

 指示に従わなければならないというのは、本当に悲しい。


『……行こう。兄ちゃん。ガンマ。皆』


 ベンツがゆっくりと立ち上がり、下げた顔をあげて皆にそう言って聞かせた。

 その目からは涙が溢れそうになっているが、それを全力で堪えている。


 狼が涙を流すというのは聞いたことがないが……この世界の狼は悲しければ涙を流すようだ。

 感情がわかりやすくて良い。

 それと同時に俺は、泣くことが出来るという事に少し安心した。

 人間の事の感情は、失わずに済む様だ。


『兄さん……!』

『何だガンマ』

『…………ッ! 後ろは……任せろ……ッ!』

『助かる』


 ガンマはボロボロと涙を流し、絞り出すようにしてそれだけを俺に言った。

 分かってくれたようだ。

 ガンマにはいつも面倒くさい仕事を押し付けてしまうな。

 だが、お前がいるおかげで俺たちは安心できる。


 次に、子供たちだ。

 今も尚心配そうな表情でこちらを見続けている。

 生後一ヵ月と、生後五ヵ月の子供たち。

 恐らく、五ヵ月の子たちには俺たちが話していることはわかっただろうが、小さい一ヵ月の子たちにはしっかりと言わないと伝わらないだろう。


『シャロ、デルタ、ニア、ライン、レインは、もう……大丈夫だな?』

『……うん』

『『『……』』』

『ッ。大丈夫だよオール兄ちゃん』


 シャロが子供たちを代表して言うように、顔をあげて出来るだけ元気な声でそう言った。

 とは言え、声は震えている。

 無理をしているというのが丸わかりである。


 他の子たちはまだ気持ちの整理がついていないのか、涙をずっと流し続けていた。

 だが、声に出して泣くことは無い。

 声を出してはいけないと、分かっているのだろう。

 賢い子たちだ。


 次に一ヵ月の子供たち。

 俺はまだこの六匹の子たちの名前は知らない。

 だが一ヵ月と言えば、最低限の会話が出来るようになる年だ。

 とは言っても、俺はまだこの子たちから認められてはない。

 喋ることが出来ないのだ。


 だから、眼を見てみた。

 その子たちは一匹も涙を流してはおらず、ただしっかりと俺の目を見返してくれている。

 何を考えているかは流石にわからない。

 だが、俺を信用しているという事は、これで分かった気がした。


『ベンツ! 五匹を乗せて走れるか!』

『四匹なら!』

『分かった! じゃあ俺はこの六匹とシャロを乗せて走る! ガンマ! 殿は任せたぞ!』

『おう!!』

『シャロ! 俺の背中の上で子供たちを支えてくれ!』

『分かった!』


 やることが決まった俺たちの行動はとても素早かった。

 風魔法で子供たちを背中に乗せ、闇魔法でしっかりと子供たちを固定する。

 これは闇の糸だ。

 こんな所でもこれが使えるとは思わなかったな。


 準備を整えた俺たちは、すぐに南へと足を進めた。

 出来るだけ静かに、そして出来るだけ素早く移動する。

 オートが時間を稼いでくれている間に、出来るだけ遠くに逃げる。

 今は、それだけしか考えていなかった。


 南に進んで数分経った。

 本当にここまでの時間は短い物だ。

 その時、俺の体に異変が起きる。


 体がどんどん大きくなり、今の大きさの二倍ほどにまでなった。

 毛は、元々長かった毛が更に長くなる。

 それにより筋肉量も増大、足幅も大きくなり移動する速度も上がった。

 その毛はとても美しく、月明かりに照らされて輝いているようにも見える。


 俺はそこで、また歯を食い縛った。

 別にこの急な成長が痛いわけではない。

 では何故、俺は歯を食い縛って走る続けているのかというのには、しっかりとした理由がある。


 この成長が意味するのは、オートの死。

 オートが死んで、俺はリーダーとなったのだ。

 それが、この成長によりわかってしまった。

 今より俺は、本当にこの群れのリーダ―として、生きていかなくてはならなくなった。

 それには確かに不安も残る。

 だが、やらなければならないのだ。

 オートが残してくれた意思を、継がなければならないのだ。

 今度こそ、逃げ伸び、生き抜き、絶対に平和な場所を見つけて静かに暮らす。

 この子たちの為に、そして何より、今まで犠牲になってきた、仲間の為に。


 俺は走る速度を上げた。

 叫び出したい衝動に駆られるが、それを必死に堪えて我慢する。


『なぁ、皆』


 俺は全員に聞こえる声でそう聞いたが、誰も返事はしない。

 聞いてはいるだろうが、返事をする余裕はないのだろう。

 それでも構わないと、俺は言葉を続ける。


『俺で、いいのか?』

『兄ちゃんじゃないと駄目』

『……ああ。兄さんじゃないと駄目だ』


 ベンツとガンマはほぼ即答だった。

 それに続いて、五匹の子供狼も言葉を続ける。


『そうだよ』

『うん、僕からもお願いするよ』

『……うん』

『オール兄ちゃんがいい』

『そうね……』


 シャロも即答。

 デルタからはお願いされ、ニアは静かに頷き、ラインは俺が良いと言ってくれ、レインはその四匹の意見に賛同してくれた。


 有難いことだ。

 これで俺は自信をもって、リーダーをやって行けそうだ。


『ああ、そうだな』


 その言葉を最後に、俺たちが歩みを止めるまでは一匹も喋ることは無かった。

 ただ、三匹が駆けていく足の音だけが、その森に響き渡っていくのだった。



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