3.58.もう一つの継承方法
『出来るわけないだろうそんな事!』
俺はオートの言った言葉に猛反対をした。
見殺しにしろと言っているのも同じなのだ。
そんなこと、俺にはできるはずがない。
『……お前にはわかるだろう……。もう、俺は助からん』
『そんなこと言うなよ!! まだなんかあるはずだ! 魔法を発動させた人間を殺せば!』
『……あいつならもう、何処かに行ってしまったよ。匂いも覚えていない』
狼を閉じ込めることに成功したのだから、この場にずっと留まる必要性はない。
そう考えた人間は、その術者を連れてどこかに行ってしまった。
後はゆっくりとドームの中にいる狼を嬲り殺していくだけ。
それだけでいいのだ。
それに、俺もオートが助からないことくらい、もう分かっていた。
この状況で俺がこのドームの中に入っても、同じ結末を送るだけだ。
周囲にいる人間を全て殺すのが、今俺のできることであり、それがオートを休ませることに繋がる。
そうすれば、まだ助かる可能性があるのだ。
だが、オートはそんなことはしなくていいと言う。
『……』
『オール、俺はやらなければならないことがある。仲間たちの死を無駄にしない為に、俺は此処で死ななければならない。お前は……リーダーとなり、今度こそ生き延びてくれ』
『……!! ……ッ!』
そんなことできない。
そう言いたかった。
今も、これからも、俺はオートにリーダーをしてもらいたいのだ。
誰も欠けてはいけない。
だが、この状況でそんな事は言えるはずもなかった。
それに、俺がリーダーになるなど、想像もしたことがない。
俺でいいのか?
俺にリーダーが務まるのか?
『ふっ。不安そうだな』
『……』
『リーダーの継承は、今のリーダーの血肉を喰らう事で継承できる。だが、これではできない』
俺は声を出すことが出来なくなっていた。
今はただ、オートの最後の言葉を聞いていたかったのだ。
『ではどうするか。実はな、リーダーの継承にはもう一つ方法があるのだ。それは、群れの仲間全員が、お前のことを認めていることが条件であり、今のリーダーの死だ。知らないだろうが、お前は群れの仲間全員に認められていたんだ。つまり、俺が死ねば、お前がリーダーとなるだろう』
オートはいつもより優しく、俺にそう言ってくれた。
仲間に全員に認められていたなど、俺は知る由もなかったし、なんなら嫌われているとも思っていたのだ。
子供たちのお父さん狼には随分と敵対されていたからだ。
だが、ガンマもああ言っていた。
もしかしたらとは思っていたが、どうやらあのお父さんはツンデレだっただけなようだ。
俺はそのことを考えて、少し落ち着いた。
だが、その後にとてつもない悲しみが溢れてくる。
もういないのだ。
あの俺に敵対していたように見えたお父さん狼も、もう、居ない。
家族が死んだのだ。
もうオートは、この場で死ぬ覚悟を決めている。
それは間違いないだろう。
『オール。俺が死んだらお前たちの所に、俺を閉じ込めた人間が行くだろう。そいつは強い。俺でも倒せなかった。ロードとルインを殺した奴もいる。今逃げなければ、本当に全滅するんだ。頼むオール。逃げてくれ』
優しさに満ちた声で、オートはそう言った。
逃げたくない。
何とかしたい。
それが今の俺の考えている事だ。
だが……オートの最後の言葉だ。
ここで俺も死ねば、確かに仲間は全員死んでしまうだろう。
人間はまだいる。
それに、先程目と鼻の先に人間が来たのだ。
全滅の可能性は十分にある。
オートでも勝てなかった相手が、このままではこちらに来る。
ロード、ルインでも勝てなかった相手が、来る。
今のオートは俺より強い。
そんな奴らに戦いを挑むのは、無謀という物だ。
俺は歯をギリッと食い縛って、何も出来ない歯痒さに耐える。
今の俺では、圧倒的に戦力不足なのだ。
そして、足を一歩後ろに下げる。
二歩目で、オートから目線を放した。
そして一気に反転し、俺は子供たちの待つ方へと走っていく。
『それでいい……それでな』
オートはそう言って、目の前まで飛んできている魔法の弾に立ち向かう。
避けることしかできないが、オートは何とかその攻撃を回避し、また次の攻撃に備える。
まだ死ぬわけにはいかない。
子供たちが逃げるまで、死ぬ事は許されないのだ。
『!?』
その時、目の前に土でできた狼が出現した。
これは見たことがある。
オールの土狼だ。
一匹しかいないが、オールは土狼を発動してここに置いて行ってくれたらしい。
『はっはっは。信用されてないなぁ。安心しろオール。お前たちが逃げる時間は、しっかりと稼いでやるさ』
また魔法の弾が飛んでくる。
相当な数だ。
これを避けるのは難しそうだが、今回は土狼がいた。
「────」
声のない遠吠えを上げると、土狼は地面から無限に湧き出し、波のようになって魔法を食い荒らしていく。
おそらくあの魔法は、あまり強くない人間の物だろう。
威力が全く違う。
土狼は周囲の木々を巻き込みながら前進し、ようやく静かになった。
残念ながら人間のいる場所までは届かなかった様だが、これでまだ戦える。
人間は今の攻撃で止めとしたかったのだろう。
遠目で見ても、疲労しているという事がわかった。
『すまんなリンド。もう少し……待ってくれな』
オートはそう言って、次に来る攻撃に備えたのだった。
次回ですが、第三章最終回まで一気に投稿します。
投稿日は明日……です!