3.53.尽く
魔法が頭上を通り過ぎ、遠くにあった木々にぶつかった。
人間の攻撃を回避した狼は、大きく腕を振るって風刃を人間に向けて放つ。
人間たちは馬車を盾にしてはいるが、それは風刃によって切断され、その威力に吹き飛ばされる。
数人の被害者が出るが、それでもまた魔法を撃ち、全力で抵抗していた。
初めのうちは圧倒的に狼側が優勢だったのだが、ある一つの攻撃を境に人間の攻撃が過激になってきたのだ。
それは、二つの鉄を持っている人間の接近攻撃。
雷魔法を帯びているようで、斬撃が雷となって飛んでくる。
それで二匹やられてしまった。
本当に一瞬だった。
狼たちの反射神経で避けることが出来なかったのだ。
人間は二匹の仲間がやられたことに歓喜し、自分も出来ると思ったのか、各々が連携を組んで魔法を放ち始めた。
それから狼たちは手が出しにくくなり、走り回って撹乱、そして視界外からの奇襲で何とか人間を屠っている。
『うおらああああ!!』
バルガンが魔法を使用して毛を変化させ、魔法を完全に無視して突進する。
だがそれだけでは少し危険だ。
なので、ナックが零距離移動を使用してバルガンを一瞬で人間のいる位置まで移動させた。
「なっ! おい! 気を──」
『闇魔法・変毛・伸! ぜいやぁあ!』
いち早くバルガンの出現に気が付いた人間が、周囲に知らせようと叫ぼうとした直後、バルガンの尻尾の毛が伸びて人間の首を斬り飛ばす。
その威力は明らかに以前の時と違っていた。
この一週間、バルガンは体の調子を戻す為、鍛錬に勤しんでいたのだ。
そのおかげで、バルガンは寄生生物に寄生されていた時と同じ程の能力を手にすることが出来ていた。
尻尾はゴムの様に伸び、毛は鋼のように硬くなり、その切れ味は冒険者の持つ剣をも凌駕する。
周囲にいた人間は、その攻撃に気が付くことができずに、体を切り裂かれていった。
『っしゃあああ!!』
『バルガン! 前に出過ぎるな!』
『はははは! 問題ありませんぞリーダー殿! 私は硬いですからなぁ!』
そう言ってバルガンは毛を張りの山のように尖らせる。
狼のおの字もないその姿に、オートは少し引いた。
とはいえこの状況は少し不味いと、周囲を見て思った。
予想以上に被害が出ている。
注意するべきはロードとルインの魔法を撃ち破った人間だけだと思っていたが、今回来た人間も注意するべきだった。
個々がそれなりに強いのだ。
風刃を避けたり防いだりするのだが、それは前回来た人間たちには見られなかった行動である。
ここは一度引くべきかともオートは考えたが、状況的には優勢。
であれば、このまま行けるところまで戦わせるのが良いと判断した。
引いてしまえば、相手に時間を与えてしまう。
対等に戦えていると理解した人間に、これ以上好き勝手されてはいけない。
相手に考える時間を与えさせない為、今夜で全ての蹴りを付ける。
「ァオーーーー」
『!』
リンドの遠吠えだ。
内容は「早く戦いを終わらせろ」というもの。
リンドにしてはなぜか焦っているような連絡だったが、言われなくてもそのつもりなのでオートはまた戦場に目を向ける。
しかし、遠吠えが聞こえた場所が少々変だった事に気が付いた。
近いのだ。
リンドのいる場所はここから少し離れた森の中。
何度もその場所から遠吠えで連絡を受け取っている為、声を聞くだけで大体の場所がわかる。
だが、声の聞こえた場所が近過ぎるのだ。
今聞こえたのはリンドの声で間違いない。
それは確かである。
『リーダー……今の……』
ナックは遠吠えの聞こえた方向を見て、首を傾げている。
どうやらオートと同じく違和感を持った様だ。
『わかっている。何か妙だ。早く終わらせよう』
『はっ。闇魔法・屍の牙』
考えていても状況が変わることは無い。
ナックはすぐに魔法を発動させて、地面を飛んで移動する狼の首を闇魔法で作り出した。
それは人間たちのいる場所へと一目散に向かい、油断している者は全てそれで狩られていく。
しかし、それでも土魔法や光魔法で応戦される。
押し切れない。
それがナックの脳裏に浮かび上がった。
バルガンは集中的に攻撃されているようだが、痛くも痒くもないといったように縦横無尽に走り回っている。
どうやらバルガンは気にしなくても大丈夫そうだ。
しかし、闇魔法・屍の牙は冒険者たちの手によって全て消されてしまった。
時間稼ぎにもならない。
「っしゃあ! いけるぞおい!」
「油断すんなよお前らぁ!!」
「「「「「おおーーーー!!」」」」」
また何か盛り上がっているようだ。
あちらから始末してしまった方が良いかもしれない。
久しぶりにオートが体を動かす。
身体能力強化の魔法、風魔法、雷魔法の複合。
オールを真似てようやくものになったこの魔法で、敵を葬る。
仲間がいないことを確認し、ターゲットを捕捉。
一気に腕を振り上げて素早く振り下ろす。
オールの風神だ。
だが、風魔法が適性にあるオートはそれ以上の威力を作り出した。
地面が割れ、空気が切り裂かれ、当たっていないはずの木々にも被害が及ぶ。
その攻撃は簡単に人間たちを切り裂いて吹き飛ばした。
一瞬の静寂。
オートは自分の放った攻撃の威力を確かめる為、上がった土埃が静まるのを待つ。
しかし、そこにあったのは目を疑う物だった。
「あぶねぇ~……。やめろよせっかく綺麗に狩ったんだから。乱暴すんなって」
長い鉄を持ってそう言う人間の前には、半透明の壁が出来ていた。
それには複数の罅が入っているようだったが、壊れるまでとはいっていない。
一瞬理解できなかったが、地面を抉り取られた後を見る限り、あの壁はオートの風神を防いだという事になる。
尽く攻撃を防がれ、対処されているのだ。
このままでは不味い。
そして、半透明の壁であるから見てしまった。
見えてしまったというのが正しいかもしれない。
人間の足元には……白い毛の狼が横たわっていたのだ。
『!! ……り、リーダー……!』
『ナック殿! あれは……』
『言うな! わかっている!』
大きさは小さい。
それ故に、オールではないという事がわかる。
だが、群れにいる白い狼は二匹。
体の小さな白い狼は、一匹しかいない。
『…………リンド?』
目の前が真っ白になる。
先程まで少し離れた場所にいたはずだ。
人間の足ではそう速く移動はできないし、その様な動きも見ていない。
理解が出来なかった。
『人間が!!』
『……殺しましょうぞ……!!』
二匹の狼は前に出て戦闘態勢を整える。
しかし、オートは暫く放心したままだった。




