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3.51.夜襲


 周囲はすっかり暗くなり、虫の鳴く声が響いていた。

 だが、その音を楽しむだけの余裕は無い。

 狼たちは草の音一つ立てないように、静かに歩いていき、人間たちに接近する。


 今回は、強い人間がいるという事がわかった為、作戦を大幅に変更した。

 前回の夜襲は数匹でかかったが、それではまた対策されてしまう可能性がある。

 なので、全ての狼たちで殲滅することにしたのだ。

 魔法を一つずつ対処されてしまうのであれば、全員で一気に攻撃して対処される前に相手を葬ってしまおうという作戦である。


 成功するかはわからないが、この作戦が一番だと、狼全員が頷いた。

 既に土狼と水狼を突破されているのだ。

 それだけで、狼たちにとっては痛手だった。


 ロードは群れの長を勤めていた時期がある狼で、その実力は誰もが知っている。

 ルインは群れ一番の水魔法の使い手で、誰にも引けを取った事はない。

 その二匹の一番得意とする魔法が打ち破られたのだ。

 これだけで、今回やって来た人間は規格が違うという事がわかる。


 この戦いで、数匹の命が奪われるかもしれないのだ。

 報告を聞いた狼たちの余裕は既に無くなっていた。

 しかし、その代わりに別の想いが浮かび上がる。


 生き残る。

 絶対に勝つ。

 子供たちを守る。


 今回の勝利条件は、人間に勝つことであり、それは以前と変わらない。

 しかし、一匹の被害も出さずに勝つのは、難しいと全員が考えていた。

 されど皆想いは同じ。

 全員が、守る為に戦うのだ。


 狼全ての目に、適性魔法の色の輝きが灯る。

 緑色が多いが、水色や赤色などの色も見受けられた。


『よいか皆! 絶対に……絶対に子供たちの所には近づけるな! 全て狩れ! 手段は問わない! 犠牲が出たとしても構うな! 戸惑うな! 迷えば負ける! 勝つことだけに、狩る事だけに専念せよ!!』

「「「「「ゥオーーーー!」」」」」


 この森一帯に、狼の遠吠えが響き渡る。

 これでは人間にも気が付かれるだろうが、今回は隠れて戦うつもりなどない。

 敵が動くのを待っていては、勝てそうになかったからだ。

 姿を現し、魔法と接近で全て葬る。

 奴らに考える隙を与えてはいけない。


 前回の戦いをロードとルインに詳しく聞いた。

 そしてこの作戦が生まれたのだ。

 狼たちには弱点がある。

 それは今も変わらないだろうし、オートやロードたちも持っている弱点だ。


 それは情。

 感情があり、知性があるからこそ、狼たちは情で動くことがある。

 それが前回の敗因だった。


 一匹の狼がやられ、他の仲間が見ている前で解体が行われた。

 それに怒った狼たちが、助けようと動いたのだ。

 しかし、それはことごとく失敗に終わり、結局残ったのは三匹だけ。

 そんな想いはもうしたくない。


 オートは群れを想い、リーダーとして前に立つ。

 ロードは仲間の敵を討つため、牙を向ける。

 ルインは積年の相手と戦うため、爪を振るう。

 ナックはリーダーに付き添い、共に戦う。

 バルカンは全員の盾となる。

 リンドは音を聞き、情報を伝達する。

 狼は、勝つ為守る為に、この戦いに参戦した。


 遠吠えが消えていき、ようやく森に静寂が戻ってきた。

 これから狩りが始まる。

 狼たちは、全力で森を駆け抜け、人間たちのいる場所へ向かって行った。


 ガサガサと音を出しながら駆ける。

 隠密など今は関係ない。

 狼の本能のまま、子供たちの脅威になりゆる敵を狩りに行く。

 ただ……それだけ。



 ◆



 人間たちは既に戦闘態勢を整えていた。

 遠吠えが聞こえた為、全員が起きていたのだ。

 流石にどれだけ弱い冒険者でも、ここに来た理由はエンリルを狩って毛皮を手に入れ、国から報奨金を貰う事。

 誰もが我先に獲物を見つけて、手柄を立てんと躍起になっている。

 一攫千金を狙うには持って来いの依頼なのだから、こうなるのも無理はない。


 それに、今回はSランク冒険者もいる。

 間違っても負けるなどという事は、考えてもいなかった。


 ここまで来るのに相当な数の怪我人、死人が出てしまったようだが、冒険者からすればライバルが減ったも同然の事なので、特に気にしてはいない。

 人間の欲とは恐ろしいものだ。

 仲間が倒れたというのに、それをこれ幸いと思って捨て置くのだから。

 

 夜は人間にとって不利な時間帯である。

 周囲には焚火や篝火を焚いて、周囲の状況を見やすくしていた。

 だが、上位ランクの冒険者はそれを少し嫌っていたようだ。


 光を目にすると、夜目に慣れなくなる。

 もし光が無くなった時、困るのは自分たちの方なのだ。

 だが、この場にいるほとんどの冒険者は、駆け出しとまではいかないがまだまだ経験の浅い者たちばかり。

 生存率を上げるには、こうした方が良いのも確かである。


「…………」

「寝るなよ隊長」

「流石に寝ないよ」


 ジェイルドは戦闘する時だけは、絶対に眠らない。

 今でも眠そうな顔つきをしているが、その目はドロリとしており、なんだか気味が悪かった。

 だが、その中に鋭さもある。

 敵を見逃さんとばかりに、眼玉をぎょろぎょろと動かして周囲を警戒している。


 二振りのハンティングソードは既に握られており、いつでも動き出せる状態だ。

 剣は淡く光っていて、時々バチバチッという音が鳴る。


 遠吠えが聞こえてから五分が経過していた。

 聞こえた位置は此処から随分と遠くだったが、声が聞こえた方角は東。

 あちらに行けば、巣があるだろう。

 今回は全て狩り尽くす。

 ジェイルドはそう心に決めていた。


「ザック……。あの魔法、頼んだよ?」

「任せろっての。これさえあれば、絶対に負けることはねぇ」


 ザックは手に持っている小さな杖を、上に回転させながら投げ、落ちてきた杖を華麗にキャッチする。

 その後は杖で遊ぶようにして、器用に手の中で踊らせていた。

 目線はずっと杖を見ており、狼を探すつもりなど全くないように感じる。


 ザックは、どうせ他の冒険者が騒ぎ立てるからと、目視で探すつもりはさらさらなかったのだ。

 声を聞いてからでも、十分に間に合う。

 そうすることで、ライバルも減るだろうと考えていた。


 悪い考えだが、これが冒険者。

 実力が全ての世界。

 弱ければ奪われるだけなのだ。

 弱い者を利用したところで、何の痛手にもなりはしない。


「ぎゃああああ!!」

「!!」

「……」


 突然、この静かな空間に悲鳴が響き渡った。

 方角は北。

 北方向と言えば、冒険者たちが通って来た道だ。

 そちらに狼がいるのであれば、既に退路が塞がれているという事になる。


「どうやら……今回は数が多い様だ」

「へっ! 俺の魔法の前では関係ねぇよ!」


 ザックは拳を合わせ、パチンという音を鳴らす。

 これで気合が入ったと言わんばかりに、ばっと杖を構えて一つの魔法を唱えた。


「……マジックドーム」


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