3.25.勝利
周囲には血の匂いが広がっている。
鼻が曲がりそうなほどに強烈なので、水魔法でとりあえず匂いを少しでもなくしていく。
これからこれらを処理しなければならないと考えると、少しばかり面倒だとは思うが、腐敗すればもっとひどい匂いになる。
その前に何とかしなければならないだろう。
これだけの数の人間が死んだのだから、好きに食べればいい。
そう思うかもしれないが、人間は何かしらと硬い物を身に纏っている為、とても食べ辛い。
おまけに食べられる肉の量も、エンリルからすれば少ないのだ。
食べにくいし、量もないし、そんなに美味しくない肉を誰が好んで食べるのだろうか。
エンリルたちは、皆人間を口にはしなかった。
こういうのは全て小動物たちの餌となる。
人間一体だけで、ご馳走となる動物は数多くいる為、適度な量を残して、適当な場所に放り投げておく。
そうすれば、他の動物たちが食べてくれるはずだ。
因みに、残った多くの人間の死体は燃やす。
だが一度に全て燃やしておきたいので、今は群れ総出で人間の死体をかき集めている最中だ。
『数が多いな』
『リーダー殿~。ここに集めればよろしいですか?』
『ああ。そうしてくれ』
一体何体の人間を殺したのか分からない。
ただ、数が多すぎるという事だけはなんとなくわかる。
山詰みにされていく人間を見て、オートはそう感じた。
だが、勝てた。
前回の敵の数はそんなに多くはなかった。
それ故に、少ない数で倒せたのだ。
しかし今回の敵の数は、前回を圧倒的に上回る数である。
よくこれだけの数を捌くことが出来たなと、我ながら感心していた。
怪我をする狼も居なかったこの戦いは、圧勝と言っても過言ではないだろう。
そのことに、オートは安堵していた。
これであれば、次来るであろう敵にも応戦することが出来るはずだ。
『リーダー。とりあえず一度燃やしてもらってもいいですか』
『分かった』
これ以上積むと、どれくらいの炎が必要かわからないので、とりあえずこれで燃やすことにした。
オートは炎魔法を使って、人間の死体に火をつける。
ここで、オールが回収した木が役に立つ。
とりあえず片付けていた丸太を何本か持ってきて、風刃で輪切りにしておく。
それを人間たちの死体の下と、周辺においておけば、後は燃えてくれる。
血が大量に混じっている為、なかなか燃え始めなかったが、衣服や持っていた袋などは簡単に燃え始め、時々油のような物が爆発し、それが火を手助けして威力を増す。
そんなことが数回続いて、ようやく火柱が立って人間の死体たちが完全に燃え始めた。
後は待っていれば、火が全て片付けてくれるだろう。
時々人間を食べようとしている狼が何体か居たのだが、やはり食べにくいらしく、最後は火柱の上がっている所にポイと投げて処分していた。
『リーダー殿。どうしますか?』
『どうするとは?』
『これからの事です。また来ないとも限りませんし、西に少し縄張りを増やしてみてはいかがでしょうか』
バルガンがそう提案した。
確かに、次は確実に来るだろうが、それがいつかなのかは全く分からない。
見張りとして仲間を配置するのに、西への縄張り拡大は必要なことだろう。
人間発見から、今回の襲撃まで一か月あったので、今ある縄張りはもう全ての仲間たちが把握してくれている。
なので、多少縄張りが増えても困るような仲間はいないだろう。
敵が来るまでの間は、西への縄張り拡大を念頭に置いて、地形を利用しての戦略を考えよう。
そう考えながら、オートはバルガンの言葉に頷いた。
『ではそうしよう。だが今は休んでくれ』
『承知いたしました』
疲れという物をあまり表に出さない狼たちだが、初めての戦いで体は多少なりとも疲れているはずである。
長い事戦いにつき合わせてしまったのだから、今日くらいは何も考えずに静かに過ごして欲しい。
すると突然、一匹の狼が近づいてきて、オートに何かを伝えた。
「わふ」
『ん? ああいいぞ。後はやっておく』
どうやら、オールに任せている子供が気になっているらしい。
流石に親を連れ出すのは不味かったかと思ったが、こちらも数を揃えておきたかったので、これは仕方のない事だ。
結果は必要なかったようではあるが。
だがオールは何故か他の子供たちの面倒をよく見たがる。
それ故に、親の何匹からは少し警戒されているようだが、子供たちは割とオールのことを好いているようだ。
任せてやればいいのにと思うが、やはりそこは親なのだろう。
他の仲間に簡単に子供たちを取られたくないという想いが伝わってくる。
しかし、メスであればわかる物の、オスであるオールが子供たちの面倒を見るのは少し意外だ。
だがそのおかげで、安心して子供たちをオールに任せることが出来たのも事実。
子供たちが懐いていたのもオールだったからこそ、今回の作戦はこういった形にした。
物好きな奴だなと、周囲からは思われているようだが、本人は全くそのことを気にしてはいないようだし、好きにさせてくことにする。
だが、オートも、今オールたちが何をしているのか少し気がかりだ。
戦闘が終わった今であれば、戻って様子を見ておいてもいいだろう。
そう思い、オートは他の仲間に一度この場を任せ、オールがいる場所へと走っていったのだった。




