3.20.奇襲
オートは自分を合わせて六匹の仲間を奇襲のメンバーとした。
そもそも闇魔法を使える狼が非常に少ないのでこうなってしまったわけだが、夜襲にはこれくらいの数が丁度いい。
その中にはナックも含まれている。
ナックは闇魔法と水魔法を使うことのできる狼だ。
他の狼たちも、最低でも闇魔法だけは使うことができる。
因みにだが、以前に助けた尻尾の変形する狼も、この中に入っていた。
『リーダー殿のお役に立ちましょう』
そう言うのは、先程説明した以前寄生されていて助けた狼の、バルガンである。
オートとオールと戦って負け、宿主を捨てた寄生生物に殆どの魔力を持っていかれて瀕死になっていた所を、オートに助けてもらった。
あれから体力が落ち、中々動き回ることが出来なかったのだが、この一ヵ月間療養してようやく以前のように動き回ることが出来るようになったのだ。
だが一ヵ月間殆ど動けないというのは、肉体的には非常に悪い。
動かずにずっと食事をしていただけなのだから、悪くならないという方がおかしな話である。
まだバルガンは本調子ではないのだが、それでも戦いに参加できるほどの体力は戻っているため、一部を除けばほとんど問題はない。
本調子ではないという事は、オートもわかっていたのだが、どうしてもこの作戦に入れたい理由があった。
バルガンは闇魔法を得意とする狼だ。
自身では気が付いていないが、バルガンは闇魔法を二つ重ね合わせて使うことが出来る。
その為、以前寄生されていた時に使っていた魔法が、今でもそのまま使えるのだ。
闇魔法による毛の硬質化。
及び伸縮、収縮、変形など、自分の毛を使って攻撃する魔法が使えるようになっている。
それに加えて、バルガンが一番得意とする闇魔法、溶唾液が、その攻撃をさらに凶悪にしていた。
溶唾液は強酸性の唾液を作り出す魔法で、それを空中に飛散させるということが出来るのだ。
だが、自分には喰らわないというメリットと、使えば使うほど自分の中から水分と魔力が大幅に抜けていくというデメリットがある。
使いすぎれば自分が死に至る可能性のある魔法ではあるが、それをバルガンは使いこなしていたのだ。
闇夜に浮かぶ恐ろしい液体。
夜目の利かない人間は、そのような物見えるはずがないだろう。
そして変幻自在の毛。
近距離戦でも無類の防御力と多彩な攻撃方法を持つ。
その性能故に、オートはバルガンを夜襲を仕掛けるメンバーに選んだのだ。
『手加減はいらんからな』
『まだ手加減できるほど体力が戻っておりません』
『そうか』
変に手加減をして相手に気を使う必要はない。
それが命取りになる可能性もあるのだから。
だが、そういう事であれば心配はいらないだろう。
バルガンは体を振るってやる気を見せてくれていた。
ナックは眠たそうにしているが、それが余裕を持っているという事を伝えてくれる。
他の狼たちも、それなりにリラックスしているようだ。
まるで、これは狩りと同じだと言わんばかりに。
だがそれでいい。
まず仲間たちは人間を知らないし、その脅威も知らない。
知っていたら、ここまでリラックスはできないだろう。
気軽にやってくれればいい。
オートは心の中でそう呟いてから、人間たちのいる方向に鋭い目を向ける。
『行くぞ』
『はっ』
『了解です』
声は出さない。
だが、後ろにいる五匹に、しっかりと言葉は伝わった。
地面を蹴り、一斉に飛び出す。
敵の位置は完全に把握している。
拠点にしている範囲が少々広いので、今回狙うのは一区画だけだ。
欲張って色んなところに攻撃を仕掛ければ、何か失敗したときにカバーすることが出来ない。
故に、今回は六匹が固まって行動することになった。
『オールが仕掛けた罠に注意しろ。あれは解除できない物らしいからな』
『了解です。匂いでわかるんで大丈夫ですよ』
『そうか。ではナック。一撃目は頼んだぞ』
『はっ』
ナック以外の全員が少し走る速度を抑え、ナックが先頭に出る。
後ろに続いている狼が一定の距離を取ったことを確認したところで、ナックが闇魔法を発動させた。
『闇魔法・影狼』
ドプン。
そんな音を立てて、ナックが地面の中に溶けて消えた。
その光景を後ろから見ていた狼たちは、特に戸惑うことなく前進する。
影狼。
闇魔法だけで使える簡単な魔法ではあるが、基本は影から影に移動する魔法だ。
夜中の闇に溶け込むという業は、このナックにしかできない。
闇に溶け込んだナックは、群れの三倍以上の速度で人間たちのいる拠点に接近していた。
これは攻撃魔法ではなく、移動に特化した魔法なので、こうして高速で移動が出来るのだ。
人間たちの拠点についたナックは、頭と目だけを地面から出現させる。
どうやら人間たちは、篝火を焚いて周囲を明るく照らし、数人が見回りをしているようだった。
だが、そんな物はナックに関係ない。
この闇に入っている限り、姿は見られないのだから。
それでもこうして体を隠している理由は、なんとなく見つかりそうだからである。
ナックは顔を完全に出して、また闇魔法を唱える。
『闇魔法・屍の牙』
オートに言われていた通り、まずは手始めに人間たちに一撃を加えることにした。
この闇魔法は、屍という言葉を使ってはいるが、実際に本当の屍を使うわけではない。
闇魔法で作り出した真っ黒な狼の頭だけが、地面から飛び出して襲ってくるという、人間にとっては恐怖でしかない魔法だ。
これは昔、ナックがとある狼と戦って、首を落としたにも拘わらず、それでも飛び掛かってきた様子を表して作られたものである。
発動して三秒後。
周囲に恐怖の絶叫が木霊しはじめた。
「ぎゃああああ!?」
「うわっ! うわああああ!?」
テントの外、中から悲鳴が聞こえてくる。
外にいた人間たちはその魔法に驚き、逃げ惑う。
テントの中で休憩していた人間は、どこかしらを噛まれながら這い出してきた。
闇で作られた狼の首が、ぴょんぴょんと跳ねながら人間たちを襲う。
この攻撃魔法は精神にも異常をきたすものであるが、この魔法を喰らったことのないナックはそんな事は知る由もなかった。
『これで十分か。じゃ、後は任せましたよ』
『ああ。ご苦労だった』
いつの間にか木の影に隠れていたオートと仲間たちが、ナックに労いの言葉をかける。
ナックの今日の仕事は終了だ。
後は、残りの五匹がかき乱してくれるはずである。
「ウォーーーー!」
「「「「ゥオーーーーーー!」」」」
オートの後に続いて、仲間たちが大きく遠吠えをした。
人間がこんなに近くにいるのに、遠吠えをするなど自分たちの居場所を知らせているような物だったが、オートはそれを狙っていたのだ。
今お前たちに襲い掛かっている魔法は、俺たち狼が作り出した魔法なんだぞと、遠吠えで人間に知らしめた。
『行くぞ! 風刃!!』
『風刃!』
『風刃!!』
風刃は狼たちが必ず使える魔法だ。
五匹が放ったその魔法は、慌てふためく人間たちに襲い掛かった。




