2.10.Side-クルス-焦り
脱兎の如く部屋から飛び出そうとした瞬間、強い力で腕が握られて止められた。
ペクルスが細い両腕で僕の動きを止めたようだ。
「待って! 慌てちゃダメだ!」
「だ、だけど! だけど!」
「わかってる! エンリルなんで早々簡単に見つかるもんでもないし、エンリルの毛皮は超高級品だ! 報告するだけで富が手に入り、実際にエンリルを狩ってきた者にはもっとすごい富が与えられる! だからもう王に報告されていてもおかしくない!」
「そこまでわかってるならなんで止めるんだ!」
「報告を阻止することは既に不可能だ! だから、討伐隊が編成されても解散させることが出来るような資料や材料が必要なの! 今一人でクルスが行っても何にも変わらない! チャンスは一回だけなんだ!」
そこでようやく冷静になる。
確かに王に会う事は研究者なら簡単にできるのだが、何度もという訳にはいかない。
今僕が啖呵を切って説得したとしても、保護するに値する十分な証拠が集まっていない限り、討伐隊は編成されてしまうだろう。
「……ありがとう……落ち着いた」
「良かった……」
僕は一度大きく深呼吸をして、考えをまとめる。
王に会うためには、とりあえず研究が成果を出したとして行けば会えるには会えるだろう。
研究者は王に研究の成果を真っ先に報告しなければならないからだ。
さて問題は……。
「どういった研究報告をするか……」
王に会うからには、その時間を王にとって有意義なものとしなければならない。
それに加え、エンリルの保護の要請。
そして討伐隊の解散。
これはまだ作られているかどうかわからないが、そうであってもそうでなくても、その要請はしておかなければならないだろう。
「ねぇクルス。クルスはエンリルをどこまで知ってるの?」
「……全然知らないよ。過去の歴史を照らし合わせて、エンリルがいると何が変わるのかをずっと研究しているだけ」
「会ったんでしょ? 襲われはしなかった?」
「過去の文献にもあったけど、エンリルが人間を襲うことは無かった。それは僕の場合も同じ。危害を加えなければ、脅威ではないはずだよ」
危害を加えるから、エンリルは人間が恐ろしい物だと学んでしまう。
それを避けるためには、世界中の人々にエンリルについて学んでもらう必要がある。
理解してもらわなければならないのだ。
それは王でも同じこと。
過去の文献や、今の状況を見てわかっていることは何個かある。
まず過去にエンリルを見たという冒険者が現れた場所の周辺は、小さな村がいくつも点在していた。
だが、魔物の被害は全くと言っていいほどなかったのだ。
だというのに、森から距離のある大きな国ではしょっちゅう魔物の被害に悩まされていた。
このことから、エンリルがいる場所は魔物が湧かない。
というより、エンリルが魔物を間引いてくれているという事がわかる。
今回も同じような物だ。
ここ数年、この国、テクシオ王国では魔物の被害が全くない。
それは今回発見したエンリルが住まう森の近くにある村も同じだ。
被害を受けて冒険者が援軍に行ったという話はまるで聞かない。
エンリルが魔物を間引いてくれているからこそ、僕たち人間は魔物の脅威に怯える必要が減るのだ。
そして、過去の文献によれば、エンリルを狩りに行った付近の村は半年後から、魔物の被害が増加した。
その理由はエンリルがその森から消え、魔物を間引く存在が消えたからである。
このことをペクルスに話すと、口を開けて驚いていた。
この程度の事で何故驚くのだろうかと思っていると、急にペクルスが大声を上げる。
「なんっでそれを早く報告しないんだようっ!!」
「えっ!?」
「それだけでエンリルがどれだけ重要かわかるじゃないか! 前回のエンリル狩りの前と、今回のエンリル狩りの前で被害がないってことは確かにそういう事! そこまでわかってなんで報告しなかったのさぁ!!」
「えっ! いや、えっと……。まず……エンリルがあの森にいるなんてわからなかったし……」
「確かにそうだけどぉー!」
正論と正論がぶつかり合ってなんだかよくわからないことになってきた。
だが、とりあえずこれで説得材料と研究材料は揃っているようだ。
「よし、じゃあ早速行こう!」
「そんな急に行けるかな……」
「駄目でも時間はまだある! 帰ってきて日も一日も経ってないんだから大丈夫だよ」
「よ、よし!」
僕とペクルスはすぐに王に謁見するために、すぐに走っていった。
まずはどこかにいる衛兵を捕まえなければならないのだが、それはすぐに見つかったので、研究の報告をしたいということで王への謁見を要請する。
話がまとまったら研究所へと赴くという事になったので、あとは大人しく研究所で待つことになった。
その間に、カムリにもエンリルの話をしておいた。
もう隠す必要は無い話だ。
カムリはその話に大層驚いていたようだが、話の全貌を聞いて何とか助力しようとしてくれた。
有難い話だ。
その後、扉がノックされた。
どうやら話がまとまったらしく、衛兵が日程を伝えに来てくれたらしい。
「今日だ。今すぐに参れ」
「今から!!?」
「王は君たちの研究成果を心待ちにしておられる。急がれよ」
「わ、わかりました!」
まさか今日話すことになるとは思わなかった。
だが、それはそれで丁度いい。
報告が早いほど、討伐隊の編成をなかったことにできるかもしれないし、もしくは作らせることすらさせれなくなるはずだ。
準備は整った。
後は……今ある情報を駆使して、王を説き伏せるだけだ。
今までそんなことは考えても来なかった。
酷く足が震えているが、足を叩いて震えを止める。
「……よし!」
これは、エンリルたちを守る為だ。
エンリルたちが殺されれば、後々この国にも被害が出る。
それは避けなければならない。
国を思う賢明な王であれば、英断を下されるだろう。
僕たちはそう信じて、王が待つ玉座へと足を運んだのだった。