9.35.天敵
オールが補強した地面を易々と破壊し、前方へとひび割れていく。
その隙間から青い炎が吹き上がる。
一瞬で姿が見えなくなった悪魔の叫び声が聞こえた気がするが、そんな事はお構いなしにとにかく炎を送り続けた。
ガンマが辿り着いた一つの境地。
破壊方向の指定。
魔力というものがよく分かっていないガンマは、難しいことはできない。
だが、放出はできた。
逆に言えばそれしかできなかったわけなのだが、ガンマにはそれで十分だった。
周囲に拡散する勢いを魔力で包み、一つの方向に集結させて放つ。
ちょっとコツがいるだけの作業。
ただ火力を一つの方向に向けさせる。
それだけだが、想像以上の威力となって青い炎が空高くまで吹き上がった。
『ぐぅ……! 傷に響く……』
腕を上げる時、折れた腕で体を支えていたのだ。
痛みが力になったのでその時は良かったが、一呼吸置くと激痛が走り抜ける。
初めての大怪我だ。
なかなか慣れるようなものではない。
歯を食いしばりながら、楽な態勢を取ってシャロを見る。
息はしているようだが、起きる気配は一切ない。
生きていることにほっとしていると、腹部に激痛が走った。
『ガァッ……!?』
「……いってて……」
黒い球が体にぶつかった。
体の中から鳴ってはいけない音が鳴り、倒れてしまう。
顔だけを動かしてみると、その先には片腕を失った悪魔が立っていた。
まだ生きていたことに、ガンマは驚く。
仕留めきれていなかったのだ。
しっかり見ていれば分かったかもしれないが、シャロが心配で目を反らしてしまった。
『げっは……ぐぞ……』
何とか立ち上がろとするが、体中に激痛が走って力が入らない。
力を入れると更に激痛が走る。
首を起こすだけで精一杯だ。
「領地じゃないから回復できねぇんだよ……。もういい、他の奴に聞く」
悪魔は周囲に黒い球を数十個展開した。
あれを避ける、もしくは防ぐ手立ては、今のガンマにはない。
悪魔がすっと手を上げる。
すると黒い球が後ろに動いた後、それらは一気にガンマとシャロに襲い掛かった。
だがそれは、二匹の一歩手前で地面にめり込む。
ズンズンダンッ!!
急激に周囲の空気が重くなる。
一体何だと思って確認しようとするが、体が思うように動かない。
すると、ひんやりとした空気が流れてきた。
『『『アクマァ……!!』』』
『!? 三狐なのか!?』
とんでもなく低く、高い声が三つ混じったような声がした。
ガンマの前に歩いてきた三匹を見て、驚愕する。
一匹は赤く、大きな狐だ。
ほっそりとしている姿をしているが、九つの尻尾はふくよかそうに揺れている。
赤い模様が多く描かれており、牙を剥き出しにして悪魔を睨んでいた。
一匹は青く、小さな狐だ。
だがその体から発せられる殺意は他の狐の比ではない。
九つの尻尾は細く、恨めしそうにビタビタと地面を叩きつけていた。
一匹は紫で、中くらいの狐だ。
紫色の体に白色の模様が多く交じり合い、不気味さを増している。
手足が大きく、爪を地面に食い込ませながら九つの尻尾で何かを操っていた。
「き、狐……? あの狐なのか……!?」
『『『ユルサン、シマツスル……!!』』』
三匹は溶けた。
どこに行ったのかと慌てて周囲を確認する悪魔だったが、その時にはすでに遅い。
悪寒が走る。
バッと後ろを振り向いてみれば、何もいない。
しかし何かがいるということがひしひしと伝わってきた。
ゴゾッ。
何かが急激に減っていく感覚があった。
手を見てみると、みるみる内に老化が始まっている。
「!? な、なな!?」
『マズイ』
『キタナイ』
『スキクナイ』
「なんだ!? どぉなっていぃいいる!?」
頭の中から聞こえる声に怯え、今のこの状況に混乱する悪魔は既に敗北が決まっていた。
膨大な魔力を吸い取られ続けていることには気づいているが、それと同時にどうしようもないということにも気付いていた。
なにせ、見えない敵と戦っているのだ。
触れもせず、目視もできない相手。
更にはそれが、体の中にいるとなれば……なにもできないのは必然である。
魔力が一定量なくなったのか、後方にあったワープゲートが消えた。
あれはこの悪魔が作っていた物だったらしい。
それだけの魔力量があるということは、この悪魔は広大な自分の領地を持っていたということになる。
それが何処かは、分からないが。
「ぐあああああ!? よせ! やめ、やめぇろあああ!!?」
『『『ガンマサマヲ、キズツケタ。ユルサレザルバンコウ』』』
「ぎゃあああああああああ!!!!」
『『『シシテツグナウ、ミチハナシ』』』
三匹の亡霊が、悪魔を後ろから睨んでいた。
正に怨狐と呼ぶに相応しい形相をしている。
ガンマですらも、それに恐怖を覚える程だった。
悪魔が膝をつく。
既に体は老化しきって干からびており、手の先から灰になりつつあった。
ボロボロと崩れていく悪魔を最後まで見届けたガンマは、その後にぴょこっと出てきた三狐を警戒する。
しかし、今はいつもの小さな丸いフォルムの狐だ。
あれが三狐の本当の姿。
今までは殻の中に自我と恨みを抑え込んでいた姿だったのだ。
『『『ガンマ様! ご無事ですか!』』』
『……ああ、いつも通りだ』
『『『どこがっ!?』』』
『……』
自分のことを言ったわけではなかったのだがと、心の中で呟く。
何はともあれ、助かった。
ゴオオオオォオオォオ……ッ。
『……おい、三狐。今のはなんだ』
『『『……えーと、りゅ、竜……ですね……』』』
『……兄さんだな……?』




