2.17.敵リーダーの本気
あの攻撃は危険だ。
体全身がそう訴えてくる。
ベンツとガンマもそれに気が付いているようで、ビリビリと体に緊張が走った。
「────カッカ……カカラッ」
ピーー。
甲高い風を切る音が鳴った。
すると、敵リーダーが向いていた前方の木々がなぎ倒され始める。
一本一本糸で斬ったかのような綺麗な断面。
敵リーダーは今の一瞬で、広範囲の木々を切り裂いたのだ。
オートはそれを跳躍して回避した。
範囲は広いが、その攻撃自体は非常に小さい。
当たれば致命傷は免れないが、目の良いオートにとっては回避するなど朝飯前だったのだろう。
だが、敵リーダーはもうその攻撃をやめたようで、すぐにオートに突撃した。
その道中、太い木を一本咥え、持ち上げる。
それを横に凪いでオート目がけてぶつけようとした。
だがそれもオートは回避する。
あれだけの大きな木を持ち上げるほどの筋力が、あの体の何処にあるのか不思議で敵わない。
これも魔法で、質量自体を軽くしていると思ったのだが、振り切って地面に落とした木は、ズシン! と大きな音を立てて投げ捨てられた。
どうやら質量自体は全く変わっていないようで、純粋な敵リーダーの筋力で持ち上げていたのだろう。
だがオートも負けない。
切り倒された木を何本か蹴飛ばして、敵リーダーにぶち込む。
まさか飛んでくるとは思っていなかったのか、敵リーダーは回避できなかったようだ。
なので、飛んできた木を一本ずつ嚙み砕く。
バンバガン! バン! バリィ!!
なんていう力だ。
回避できないからと言って、そこまでやるだろうか。
実際俺はドン引きである。
「カカカッ!!」
足に纏わせていた風を、地面すれすれに流す。
すると、倒れていた木が少し持ち上がり、それにまた強い風を送って吹き飛ばした。
何本もの木がゴロンゴロンとバウンドしながらオートに向かって行く。
回避することも可能だが、オートは風刃でその木たちを真っ二つにした。
すると、その割れたところから敵リーダーが飛び込んでくる。
普通の風刃では敵リーダーの体を傷付けることはできない。
それがわかっていたので、オートの攻撃を無視してこうして突っ込んだのだ。
予想外の行動にオートは反応が遅れてしまった。
次に敵リーダーが出す攻撃はいなしきれない。
敵リーダーは体をひねり、尻尾でオートを攻撃する。
鞭のようにしなった尻尾は、硬い毛も相まって強力な一撃をオートに放つ。
『ぐっ!』
「カカッ!!」
オートはその攻撃で随分と遠くに吹き飛ばされ、太い木に当たってようやく止まった。
そんなにダメージはないようではあるが、一撃が重すぎる。
オートの体をあそこまで遠くに吹き飛ばしたのだ。
何度も喰らって良い攻撃ではない。
すると、敵リーダーは俺たちの方に目を向けた。
『えっ』
『来るぞ来るぞ!!』
『っしゃ! 俺にまかせ──』
ガンマが前に一歩踏み出した瞬間、既にガンマの目の前に敵リーダーは迫っていた。
ガンマは反応できなかった。
見えたのは、振り上げられた腕状態の姿であり、回避行動も、受け流すなどという行動も間に合いそうにない。
それに、何が何だかわからないまま、その現状を理解するのは無理だった。
そして腕がガンマに向かって振り下ろされる。
ドガッ!!
腕が振り下ろされた刹那、敵リーダーの姿が消えた。
その代わり、そこにはオートが立っていた。
『目移りしていると死ぬぞ』
どうやらオートが一瞬で戻ってきて、敵リーダーを吹き飛ばしてくれたらしい。
匂いで辛うじて分かった。
オートは吹き飛ばした敵リーダーにまた攻撃を仕掛けにいく。
戦いを見ていてわかったのだが、敵リーダーは風魔法しか使っていない様だ。
恐らく風魔法しか使えないのだろう。
だが一つだけを極めている奴は、それだけ強い。
あの草木を刃にする魔法も、風魔法なのだろうが、多分俺は使えないだろう。
適性がないと使えない魔法とかそういう奴だ。
しかし、心なしかオートが押されているような気がしていた。
オートが水魔法で水の弾丸を放つが、風で吹き飛ばされ、土魔法で足場を崩そうとしたりするが、跳躍で回避される。
そればかりか、魔法の切り替えによる魔力供給のタイミングで攻撃を仕掛けてくる事が多くなってきた。
それからという物、オートは風魔法しか使っていない。
相手が強くなれば強くなるほど、適性魔法での攻撃に頼るのだろう。
だがそれでも、やはりオートが押されている。
敵リーダーは風魔法を使い、地面を抉りながらオートに迫る。
そのため軌道がわかりやすいのだが、攻撃が低いため風刃での相殺が出来ない。
なので横に飛ぶ事しかできなかった。
それを狙っていたのだろう。
オートが空中に体を浮かせた瞬間、また足に風を纏わせてグンっと接近した。
空中にいる間は動いている方向を変更できない。
それを狙っての攻撃だ。
体に風を纏わせ、オートの雷天刃とほぼ同じ速度で移動した。
敵リーダーの爪が体に触れる前に何とか風を起こしてダメージを軽減させる。
だがそれでもオートは大きく吹き飛ばされた。
三回程木にぶつかったところで体勢を立て直し、着地して構える。
『グルルルルル……』
「カッカッカカカカカッカ」
まるで嘲笑っているかの様だ。
形勢が逆転したと言わんばかりに歯を鳴らしていた。
だんだんと攻撃が小賢しくなっている気がする。
戦いながら戦い方を変えているようだ。
早く決着をつけなければ、オートが不利になる一方である。
するとまた敵リーダーが口を大きく開いた。
またあの攻撃が来る。
だが、オートは攻撃が来るというのに、その場を動かなかった。
敵リーダーは十分に攻撃を溜め、それを放つために狙いを定める。
オートはじっとその顔を見ていた。
何かを狙っているかのようにじーっと見ている。
何かを見逃さまいとしているのだろう。
敵リーダーが大きく息を吸った。
それは俺たちには全く分からない動作だったのだが、オートはその動きをしかと目に捉えている。
息を吸い終わって、息を吐くために一瞬だけ息が止まった。
その瞬間を待っていた。
『借りるぞオール! 土壁!!』
地面にダンと手を突いて、敵リーダーの顎の下から小さな壁を出現させた。
その勢いは非常に速く、ゴンッという音を立てて強制的に口が閉じられる。
次の瞬間、敵リーダーの口からあの攻撃が放たれた。
それは口の中で暴発する。
ピッ!
「カッカッカカカカッカッカ!!!!」
口の中で暴発した攻撃は、敵リーダーの鼻を消し飛ばす。
激痛で地面をバタバタと暴れまわっているが、この機を逃すオートではない。
すぐに接近して、暴れる動きを予期して首元に思いっきり嚙み付いた。
顎から出ている骨が突き刺さりそうで危ないため、下の方から嚙み付いている。
そして顎に一気に力を籠め、喉を潰す。
それで呼吸をできなくした後、身体能力強化の魔法を使用して思いっきり地面に叩きつける。
大きな音がした後、時間差で地面が凹む。
体の骨が折れる音が聞こえる。
だがそれだけでは終わらず、もう一度振り上げてまた地面に叩きつけた。
「──!」
『ガァアアアア!!』
最後に遠くにぶん投げる。
首だけの力を利用して投げたにもかかわらず、果てしなく遠くまで飛ぶほどの威力を持っていた。
だが、木にぶつかって威力を消していき、五回ほど木に当たったところでようやく止まったようだ。
首は変な方向へと曲がり、下半身の足も向いてはいけない方向へと向いている。
生きていたとしても、もう戦えはしないだろう。
最後にオートは炎魔法を使用して、敵リーダーの遺体を燃やす。
これで寄生生物ももう出てこないはずである。
流石のオートも、あれだけ吹き飛ばされたりしているので、息を切らしているようだ。
だが、すぐに息を整えて体を振るい、大きく息を吸った。
「ウォーーーーーー」
オートは仲間を呼ぶ遠吠えをした。
それから暫くしていると、道中で見かけた狼の群れが、わらわらと上がってくる。
……俺はこの辺のことがよくわからない。
『な、なぁベンツ』
『リーダー同士の戦いが終わったら、勝ったほうがこうして群れの仲間を呼ぶんだ。次は俺がリーダーだぞってね』
『なるほど……ありがとう』
ベンツには本当に世話になる。
ほら、俺わかんないから……。
上がってきた狼の数は、全部で十九匹。
この場所にはいないが、向こうにいる狼の数も入れると、二十九匹の群れとなる。
それに加え、ベンツが初めに戦った四匹と、ガンマが吹き飛ばした五匹を合わせてみれば……三十八匹の群れがいるはずだ。
そして、元からいる味方の群れも合わせれば、五十匹の群れになる。
あと、今子供を身籠っている狼がいるので、もう少し増える予定だ。
上がってきた狼たちは、既にオートを群れのリーダーだと認めているようだった。
今まで手の出せなかった敵リーダーを倒したのだ。
従わない理由はないのだろう。
『いやぁ……流石お父さんだね』
『だね。僕じゃ無理』
『俺も無理ぃ! さっきの攻撃全然見えなかったしな……』
珍しくガンマが落ち込んでいる……!
とか言っても、あれ俺も見えなかったんだよなぁ……。
てかさっきの戦いも本当に目でぎりぎり追えるくらいだった。
速さに自信のあるベンツはともかく、力に自信のあるガンマはもっと見えなかっただろう。
オートは全員が揃ったところで、もう一度遠吠えをする。
その後、群れの副リーダー的存在の狼に何かを話しているようだった。
多分だが、これからのことを話しているのだろう。
『お前たち。先に帰っていろ。』
『分かった。帰りになんか狩っといたほうがいい?』
『それはこいつらのやることだ。奪ってやるな』
『分かった』
どうやらこの群れに狩りをさせるつもりらしい。
それで狼たちの実力を測るのだろう。
縄張り争い、一日もかからなかったけど、物凄く濃い時間だったように感じる。
後は片付けをしなければならない。
とは言っても、役職の調整や縄張りの拡大とかその程度だろう。
多分。
俺とベンツ、そしてガンマは、俺たちの縄張りへと走っていく。
やっぱり今日は走ってばっかだ。
帰ったら寝よう。うん、そうしよう。
縄張り争いに勝ったことを、リンドたちに報告しに行ったのだった。