9.2.Side-ハバル-強行突破
「おいおいおいおい! 聞いてねぇぞこんな事!!」
『俺もだ! なんで俺たちはこの……なんだ!? 人間の棲み処を走り回っている!?』
「サニア王国の城の中だよっ!! あいつら戦争する気満々だからって、根本から叩くか普通!?」
『何を言っている!?』
「お前たちのこと諦めきれないから、また兵士を送って殺しに来るってよ!」
『じゃあ殺すか』
「なんか知らねぇけど既にそうなっちまってんだわ!! おいテクシオ王国兵士ぃー!! どうなってやがる!!」
サニア王国に戦後の賠償などを求めに向かったハバル、ガルザ、さらにレイドはテクシオ王国の兵士と共に城の中で走り回っていた。
使者として交渉をしに来たハバルだったが、サニア王国から得られた回答は『まだ負けてはいない』。
戦争を続ける意思を見せた彼らを見てため息をついたが、その瞬間にテクシオ王国の兵士が隣にいたサニア王国の兵士を斬り伏せた。
急なことに思考が停止したが、テクシオ王国の兵士は一斉に動き出し、城内にいる者たちを殺して回っていたのだ。
騒ぎが起きれば兵士が集まる。
故にハバルたちはそれに巻き込まれてしまい、戦いはしないものの逃げ続けて追跡を撒いていた。
そこで、一人のテクシオ王国の兵士を発見する。
事情を聞かなければと、ハバルは大声で呼びかけた。
「おい!! テクシオ王国兵士!! これはどうなっている!!」
「ライドル領の冒険者、ハバルか」
兵士五人を一閃で斬り伏せた彼は、剣の血を振るってこちらに向きなおる。
「危険分子を始末しているだけだ」
「いや急すぎるだろ! てか何も聞いていないが!?」
「何も言っていないからな。我々はフェンリル、エンリルに仇成す人間を敵とみなし、殲滅する任務を遂行している。サニア王国は彼らを諦めるつもりはない。であればここで奇襲を仕掛け、城を乗っ取る」
「話通しとけや!!!!」
淡々と話す彼にカチンときたのか、ハバルはそう叫ぶ。
聞いていればこちらも逃げ回らずに済んだのだ。
それに今のこの状況、戦わずして逃げられそうにもないので、ようやく武器を構えて戦闘態勢に入る。
「んじゃ王様の首を取るってことでオーケー!?」
「殺しては駄目だ。人質にする。まずはそれが最優先事項。次に毛皮を回収する」
「毛皮?」
「……あのフェンリルの親の毛皮だ」
「了解」
急に鋭くなった視線から、彼の覚悟を感じ取ることができた。
まさかここまで考えていたとは思わず、少し言いすぎてしまったような気がする。
「あんた名前は?」
「テクシオ王国第一騎士団団長兼魔獣討伐総指揮官、カリバン・エディロイド。」
「長……」
そりゃ強いはずだと、ハバルは小さく息を吐く。
彼の身を包んでいる黒い装備には傷一つない。
それだけでもその強さが示されている気がした。
剣は刃こぼれしておらず、常に魔法を使って剣と体を強化しているらしい。
時折体に走る黄色い稲妻を見るに、雷魔法に適性があることも分かる。
五人を一閃で斬り伏せたのもその魔法のお陰だろう。
「で? 作戦は?」
「国王を探し、拘束する。約二百名のテクシオ王国兵が城の中をかき乱しているはずだ。なに、私の部下はそう簡単に死にはしない」
「そりゃあんな土地で二年も戦ってたら、人との戦いなんてゴブリンと戦うみたいなもんでしょ……」
『ハバル、通訳しろ。何をするって?』
「ああ、すまん。お前のお望み通りここに居る敵を殲滅する。だが黒い鎧を着ている奴は殺すなよ? それは仲間だ。あとフェンリルの両親と思われる毛皮を回収する」
『リーダーの……。では俺が力になれそうだ。匂いを辿る。ついて来い』
「そりゃありがたい。だが分かるのか?」
『人間ではない動物の匂いをこの棲み処から辿ればいいだけだ。それくらいの区別はつく』
毛皮の場所までは、ガルザが匂いを辿って教えてくれることになった。
これで迷うことなく標的の場所までたどり着くことができるだろう。
既に逃げ出している可能性もあるが、そう簡単にこの大きな城から逃げ出せるとは限らない。
加えてガルザとハバルの機動力は高い。
総合力としてはテクシオ王国兵に劣るだろうが、その面と強すぎる魔法だけで見れば幾分か上回る。
この事をカリバンに伝えたハバルは、すぐにガルザの背に乗って駆け出す。
その後ろをカリバンが追いかけた。
「本当に会話できるとはな!」
「ちょっと強めの契約魔法を結んでるんだ! ていうか付いて来れるか?」
「装備が重い! だがまぁ、大丈夫だ!」
『なんだこいつ。引き離してもいいか?』
「少し合わせてやってくれ!?」
通路を塞いでいる兵士を、ガルザの雷魔法ですべて沈黙させる。
跳躍して倒れた死体を躱し、臭いを嗅いで再び走る。
カリバンも同じように死体を飛び越え、近くにいた自分の部下に声をかけてついてくるようにと触れ回った。
「そういえばハバル! もう一人はどうした!」
「レイド様のことか!? 知らねぇよ交渉は向いてねぇって言って付いて来なかったんだから!」
「それでいいのか……」
「だからヴァロッド様は俺に任せたんだろうけどな! 俺は冒険者だっつーの!! 人手不足が深刻だなぁ俺の居る領地は!!」
飛んでくるクロスボウの矢を風魔法ですべて弾き返す。
そのあとにナイフを四本投擲した。
風魔法を纏わせて威力を上げ、軌道も調整したナイフは鎧の隙間を縫って兵士の肉へと食い込んだ。
後方から魔法が飛んでくる。
気配を感じ取ったカリバンがばっと振り向き、雷魔法で水魔法を相殺した。
剣に雷魔法を集中させ、電撃を一直線に放って魔法使いを感電させて絶命させる。
「やるな!」
「ハバルこそ! お前のような防御魔法は見たことがない!」
「空も飛べる! だが雷魔法を剣に乗せて一直線に放つとはな! 杖じゃなくてもできるのか!」
「訓練のたまものだ!」
『……雷魔法なら負けんぞ』
ガルザが何かを言ったようだが、ハバルはあえてそれを無視した。
常時走り続けているカリバンは未だ息を切らしていない。
次第に集まってくるカリバンの部下も強く、サニア王国の兵士は未だに一人として仕留められていないだろう。
「というか、よく二百人も城に入れたな……」
「そう難しいことではない! 誰もが二階へと跳躍できる脚力を持っているのであれば、壁を乗り越えるなど容易いからな!」
「基準がおかしいな?」
『無駄口叩いてないで集中しろ! もうすぐだ!』
「お、そうか! カリバン! あと少しだ!」
「分かった!」
臭いが強くなってきた。
だがガルザはそこで足を止めてしまう。
確かに臭いはここが一番強い。
しかし……ここの先に次の道と呼べるものはなかった。
行き止まりである。




