8.49.懐かしい匂いの正体
あとは帰るだけだ。
となったところで、ファイアスの後ろに控えていた一人の研究者らしき人物が、前に出てきた。
こいつだな。
なーんか一回嗅いだことのある匂いがするんだよね。
でもこいつとは初めて会うだろうし……いや、それでも一回会ってないと分かんないよなぁ……。
ていうか帰りたいんですけど……。
「君があの時の、エンリルかな」
『ん?』
あの時のってことは……一回会ったことあるのか。
んー、でも思い出せないぞ。
「二年前……いや、もう三年になるか……。まだ君がこれくらいの大きさだった頃に、一回会ったことがあるんだけど……」
……それって俺がまだテクシオ王国付近の棲み処に住んでいる時だよな。
…………あ!!
『俺が初めて会った人間!!』
「わああああ!?」
「ふぇ、フェンリル!? いきなり大きな声を上げるんじゃない!」
『あ、悪い』
そうだ思い出した!!
知らない臭いだなって思って確かめに行ったら人間だったっていうあれ!
あの時は俺も人間と仲良くなって美味しいご飯を、とか考えてたなぁ……。
……うん、分かってる。
こいつには聞かなければならないことがあるんだ。
『ベンツ』
『通訳ね』
『お前が、俺たちの存在を教えたのか?』
『……え? 兄ちゃんそれって……』
『聞いてくれ』
『……分かった』
ベンツはヴァロッドを通して通訳をさせる。
俺があの時会ったのはこの人間しかいない。
もし人間たちに俺たちのことを教えた奴がいるのであれば、こいつしか今のところは考えられないのだ。
だがあれは、俺にも非がある。
その元凶を持ち込んでしまったのは、間接的とはいえ俺なのだ。
ほいほいと人間の前に出たこと。
リスクを何も考えていなかった自分に嫌気がさす。
あの時爺ちゃんや父さんが怒ってくれてたら、また変わったんだろうけどな……。
「……と、フェンリルはお前に聞いている」
「……そう、だよね。僕が君を見てしまったから……自白剤を盛られて君たちのことを話してしまった……。僕の不注意だった……」
「ということは、故意にエンリルを討伐しようと情報を流したわけではないのか」
「そうだよ。神に誓って」
ヴァロッドは俺を見る。
自白剤なんてものがこの世界には存在するんだな。
まぁ魔法がある訳だし、そういうのも考えなかったわけじゃない。
洗脳して情報を引き出すなんてこともできるんだからね。
でもまぁ、それだったら俺からは何も言うことはない。
もう終わったことだ。
それに、彼らはこうして償おうと赴いてきてくれている。
俺たちの未来がより安全になるのであれば、本当に何も言うことはない。
『お前に罪はなさそうだ。あとは行動で示して欲しい』
『……だってさ、ヴァロッド』
「ああ」
ヴァロッドから出た俺の言葉を聞いて、彼らは再び深く頭を下げた。
死ぬ覚悟でこいつらは俺の目の前に立ったのかもしれないな。
震えているのがよく分かる。
はぁーーーー……。
憎しみは憎しみを、復讐は復讐を生むだけだ、とはよく言ったものだな。
どちらかが許さなければ、延々と繰り返される地獄が後世に渡って続いてしまう。
ま、俺たちはそうならないようにこいつらと協力するがな。
『はい、お話終わり。今度こそ帰るぞ! あとは任せた! お前らの仕事だ!』
『そんな大雑把な……。あとは任せるだってさ』
「分かった。これからは俺たちの仕事だからな。ファイアス様、これから宜しくお願い致します。そこの研究者様たちも」
「ああ……! よろしく頼む……!」
「「「宜しくお願いします!」」」
話はまとまった。
もう俺たちがこんな所にいる必要はない。
いやぶっちゃけガンマたちの方が気になるんだ!!
終わったなら終わったでさっさと帰りたいんだわ!!
ドロと一角狼たちが心配だ!!
もうベンツに任せようかな。
うん、一足先に帰るか!
『ベンツ! あとは任せた! 三狐! 乗れ!』
『え!?』
『『『はいっ!』』』
『!? リーダー!?』
ガルザってハバルがいるときは俺のことしっかりとリーダーって言うよなぁ。
なんか契約をしていない俺たちの名前を教えないのが暗黙の了解みたいになってる。
まぁいいけどね!
三狐が体に乗ったことを確認した俺は、すぐにワープゲートを出現させた。
『ガルザは最後まで護衛しろ。ベンツもな。レイ、ウェイス! お前たちも入れ!』
『了解なの!』
『分かった!』
『ちょ!? 兄ちゃん!? 終わったからって雑すぎない!?』
『そ、そうですよリーダー!』
『ガルザ、お前が頼れって言ったんだろう? だからこれからは極力お前たちに任せるのさ!』
『ウッ!? た、確かに言いましたけども!』
『じゃ!』
ガルザが何か叫んでいたようだが、ワープゲートに入ってしまえば声は聞こえなくなる。
レイとウェイスも入ってきて、ライドル領に帰ってきたことを確認してからワープゲートを閉じた。
『被害なし。ってことは、向こうは上手くやったのかな?』
『かもなの!』
『はぁー……なんかどっと疲れたよ……』
『お疲れ。今日はゆっくりしておくんだぞ』
『『あーい』』
二匹が拠点へと戻る後ろを、俺も追った。




