7.27.消えない匂い
次第に匂いが近づいてくる。
王族がこちらに近づいてきている証拠だ。
そしてようやく、ライドル領の門まできたようだった。
兵士たちは一度外で待機し、王族側近の兵士だけを連れてライドル領の中に入ってきた。
まだ馬車に乗っているようだったが、暫くすると止まる。
どうやら降りる準備をしているようだ。
だがそこまで来れば、匂いは完全に理解できてしまった。
ベンツ、ガンマも気が付いてしまっている。
二匹も毛を逆立たせ、牙をむいていた。
『……兄さん……』
『……』
『兄さん!!』
『分かっている!!』
そのまま俺たち三匹は、睨みを利かせて唸り続ける。
抑えようとしても抑えきれないこの衝動。
こんなのどうすればいいというのだ。
ヴァロッドは離れているため、俺たちの様子に気が付いていない。
とにかく丁寧に接することを心がけていたようだ。
王族の馬車が止まり、扉が開いた。
すると一人の男性が降りてくる。
随分と丸い体に高価な物を体中に散りばめているところを見るに、裕福な生活をしているということが分かった。
まだ若い人物なのようで、若干の幼さが残っている。
しかし背丈と立ち振る舞いを見るに、成人はしているのだろう。
赤い服に黒い蝶ネクタイ。
そして……黒と白色の毛皮のマントを……羽織っていた。
この匂いは知っている。
様々な工程によって薄れてはいるが、匂いは消え切っていない。
明らかに……明らかにあの匂いは、オートと、リンドの匂いであった。
『兄さん!!!!』
『分かってるっつってんだろ!! 黙ってろ!!』
『……父さん……! 母さん……!!』
忘れるはずもないこの匂い。
懐かしい匂い。
温かかったはずの……匂いだ。
ガンマは今に出も飛び出しそうにしているが、今は堪えている。
俺も理性が一瞬飛びそうだったが、ガンマが叫んだことによって戻ってこれた。
ベンツは姿勢を低くして待機している。
一触即発のこの状況。
ヴァロッドも流石に気が付いたようで、俺たちの方を確認する。
何度か俺と王族を見比べて、何かに気が付いたようだった。
「……そんな……ことが……」
ヴァロッドは王族に見えないように、俺たちに手の平を向ける。
待て、と言っているのが分かった。
だがいつまでもつか、俺でも分からない状況だ。
ここに長くいるのは、難しいかもしれない。
重い体を揺らしながら、周囲を見渡す王族の男。
一人しか来ていないようで、これ以上馬車から降りてくる人物はいなかった。
少し焦りながら、ヴァロッドは彼に対応する。
「カレッド王子……よ、ようこそおいでくださいました、ライドル領へ」
「うむ」
マントを見せびらかすようにしながら歩いて来る彼は、ヴァロッドをほぼ見ずに、俺たちを見た。
威嚇している状況ではあったが、彼は鈍いのか何も怖がることはせずにいる。
「あれが、話に聞いたフェンリルか?」
「は、はい。今は私どもと友好的に過ごすことができております。さ、ささ、まずはこちらへ……」
「ふぅむ。良いものだ。実はな、この毛皮はエンリルの物でな」
ヴァロッドは、そこで凍り付いた。
予測はしていたのだろう。
だがそれよりも大きな問題が目の前にあったのだ。
フェンリルは、人間の言葉を理解する。
彼が次に口にする言葉次第では、何が起こるか分かってものではない。
彼らの家族の……毛を纏っているのだから、何が起きてもおかしくはないのだ。
だが仮にも王族。
言葉の続きを遮る事などできず、そのまま喋らせてしまった。
「手に入れるのに随分苦労した。テクシオ王国の王はケチだったなぁ。だがこうして手に入れられた」「さ、左様ですか……。あの、こ、こちらに……」
ヴァロッドとしては一刻も早くこの場から遠ざけたい。
だが動く様子はなく、纏っているマントを撫でながらフェンリルを見続けていた。
「いい毛だ。他のどんな物よりも」
「……グルァアア!!!!」
ズドン!! ドドドドドド!!
ガンマが片腕を軽く振るって大地震を引き起こす。
凹み切った地面に足をかけ、勢いよく飛び掛かった。




