2.9.屈強な寄生狼
随分と走ってきたが、未だ敵本陣は見えてこない。
あの山が住処なのだろうが、麓までは後百キロと言った所だろう。
ここまで長時間走ったのはこれが初めてだったが、息切れなどは起こさず、足がもつれるという事もなかった。
走るのが全く苦ではない
それはベンツとガンマも同じだったようで、一定の距離を保って付いてきていた。
さーてさて、どんな敵が出てくるのか……。
ちょっとワクワクしてる俺が居ます。
もっと魔法を試したい。
出来るようになった魔法の威力を把握したい。
それによって課題も出てくるのだが、それを発見するのが検証だ。
何も問題はない。
『兄さん! 敵はいるか!?』
『いや、まだだ!』
俺は今、匂いを嗅いで前方の様子を常に探っている。
集中してやる者とは違い、その距離は短くなってしまうのだが、これだけでも随分遠くの様子を伺うことが出来るのだ。
とは言っても、地形を頭の中に作るのは出来なくなってしまうというデメリットがある。
そこまでできるようになるのは、相当訓練をしなければならないだろう。
すると、動物らしき匂いがした。
匂いがしたら、今度こそ集中してその一点だけを把握してみる。
すると、先ほど俺が戦った狼よりも大きい狼が、俺たちが来るのを待っているかのように立ち塞がっていた。
そいつのいる場所はここから大体ニ十キロ先だ。
『なんか居た! さっきの狼よりでかい!』
『デカい奴か! じゃあ俺に任せ──』
『ベンツ、お前がやれ』
『ええ!?』
『ええーーーー! なんでだよ父さん!』
デカい奴ならガンマが適任だと思ったのだが、オートはベンツをそいつと戦わせる気らしい。
一体なぜだろうか。
『ベンツ、お前は自分より力の強い敵と戦ったことがあるか?』
『え……っと、ガンマくらいかな』
『そうだろうな。では、もしお前の前に力の強い敵が現れたらどうする』
『……僕は……一緒に戦ってくれる仲間を待つかな。僕の速さだったら時間稼ぎは余裕でできるから』
ベンツらしい答えだ。
『駄目だな。いつまでも味方が近くにいるとは限らん。お前だけで何とかしなければならない状況がいつか必ず作り出される』
『……』
『それに、お前まだ雷魔法あまり使いこなせていないだろう』
オートの言う通り、確かにベンツは速いが、決定的となる攻撃手段をあまり持ち合わせてはいない。
あるにはあるが、それを放つには時間がかかるし、実戦で使える物ではなかった。
それは先ほど戦って苦戦したベンツ自身が一番理解していることだ。
ベンツはこの一年、自分の走る速度を上げるためだけに魔法を使って来た。
攻撃魔法は、その練習の時に生まれた副産物だ。
こうなってしまった原因は、二つの魔法を一度に使うことが出来ると教えた俺にも非があるかもしれない。
オートはそれを全て見ていたのだろう。
『得意を伸ばすのも重要ではあるが、苦手から逃げては駄目だ。オールが見つけた相手は、お前が相手をしろ。いいな』
『わかった』
ベンツもこのままではいけないと思っていたのだろう。
返事が速かった。
だけど大丈夫なんだろうか……。
俺の今さっき見つけた敵はでかいし、屈強そうだ。
ベンツの速度でなら回避は余裕かもしれないが、攻撃が効かなければじり貧になる。
俺の知っている限り、ベンツの持っている強力な攻撃は一つだけだ。
それで戦えるとは……正直思えない。
『ベンツ、大丈夫なのか?』
『うん。多分だけどね』
『……何かあるのか?』
『兄ちゃんが教えてくれたじゃん』
『……?』
何かベンツに攻撃魔法を教えたことがあっただろうか。
だが、考えがあるというのならば、ここはベンツを信じて俺たちは先に向かうことにしよう。
『お、俺が戦いたかった……』
『それだと苦手から逃げる結果になるでしょうが! 諦めろ!』
『へ~い』
ガンマは面倒くさそうにそう返事をする。
やはり不満なのだろう。
脳筋め。
俺たちは敵のいる方向へとまっすぐに走っていく。
ニ十キロなどという距離はすぐに走り切ってしまうため、予想より早く敵と対峙することが出来た。
「ガルルルル……」
その体躯は、匂いで感じ取った物よりも遥かに大きかった。
オートの二倍ほどの大きさで、黒色の毛をしている。
こいつも寄生されているのか、今回はわかりやすく腕が変形していた。
肘から指先までが鋭く鋭利になっており、掠っただけでも斬れてしまいそうだ。
他の所は特に変化がないようだが、体に赤色の稲妻が走っている。
身体能力強化の魔法を使用しているのだろう。
『ベンツ! 任せたぞ!』
『分かった!』
打ち合わせは何もしていないが、俺とオート、そしてガンマは一斉に横に飛びのく。
その瞬間に、ベンツだけが全速力で巨大な狼の顔面に蹴りを入れる。
「ギャウッ!?」
『纏雷!』
「ギャッ!!」
自身に雷を纏わせ、それを相手にも伝わせる。
雷魔法を使える狼は、雷魔法にある程度の耐性があるため、少々出力を強くした程度では自分にまでダメージは通らない。
だがそれは、自分の中に黄色の光が見える者だけだ。
適性がなければ、耐性もつかない。
なので俺はその耐性を持っていないので、少し出力を間違えれば即感電してしまう。
完全に動きを止めたベンツに、この場所を任せて俺たち三匹は走っていく。
『ベンツー! 任せたぞぉ!』
『言われなくても!』
電撃が鳴り響くが、それはすぐに遠くなっていった。
だが、しばらく走っても消えることは無い。
あの状態のままでずっと放電し続けているのだろう。
適性のあるベンツだからこそ出来る技だ。
後はベンツを信じて、勝利を願う。
◆
Side-ベンツ-
三匹が距離を取るまでは、何とか纏雷を纏ってこいつを拘束することが出来た。
体の大きさからして、もう追いつくことはできないだろう。
今、この狼は僕だけにしか注意を向けなくなった。
しばらく纏雷を使って動きを止めているが、こいつは息をしていないのか、先ほど一声上げただけでそれ以降は微動だにしない。
まだ死んではいないだろうが、それでもまだ纏雷を解くのは怖い。
このまま維持することにする。
「────ガ」
『!』
「ガァアア!!」
纏雷を使って電撃を浴びせているにもかかわらず、敵狼は動き出して僕を吹き飛ばす。
鼻先でどかすように飛ばしたため、大したダメージはないのだが、相手は拘束から解放されてしまった。
あの状態から動くの!?
また同じ状況に持っていけるだろうか……。
いや無理だ。
だったら準備しよう。
まだ敵狼は、体が痺れて動けないのか、ぎこちなくこちらを凝視している。
準備する時間は問題なくありそうだ。
これから、僕は一匹でこいつを倒さなければならない。
でなければ、先に行った三匹たちとは合流できないだろう。
可能な限り早く決着をつける。
それは難しいかもしれないが、最低条件は勝つこと。
勝てば、皆に追いつくなど簡単なことだ。
魔素を吸って魔力を体の中に作り出す。
必要な分だけ魔力を取り込んで、一気に使ってしまう。
それを移動しながら数回繰り返した。
特に何かが起こっているという事はない。
これは準備であり、まだ時間のかかる魔法だ。
そうしている間に、相手も体の痺れから解放されたらしい。
体を振るって、こちらを凝視しながら威嚇している。
あの強靭な腕が一番の脅威だ。
あれだけには気を付けなければならないだろう。
「グガアアァ!」
『兄ちゃんの知恵! ちょっと借りるよ!』