6.50.友好的
ヴァロッドは勿論の事、他の冒険者や住民も彼らの行動には驚いてしまっていた。
今は三匹しかいないが、白い大きなエンリルは復興の手伝いをしてくれており、黒い狼は子供の近くで座って心配そうに見ている。
まさかここまで物を考えることができる存在であるとは思っていなかった。
知能は人間のそれと大差はないだろう。
もしくはそれ以上かもしれない。
しかしヴァロッドの中では疑問が残る。
彼らはテクシオ王国で起こったエンリル討伐の生き残りだ。
その事はベリルから話を聞いて理解しているのだが、だとすればどうして自分たちの前に姿を現したのかが分からない。
エンリルの過半数は討伐したという情報は随分前に上がっている。
だがテクシオ王国の人的被害も尋常ではないものだったようだ。
その中で生き延びたエンリル。
彼らは自分たち人間を脅威と認識し、目に入れば殺してくるようになっているはずだ。
あの討伐隊のせいで人間は恐ろしい存在という事が、彼らには伝わっている。
だというのに、何故ここまで人間に接触し協力してくれるのかが全く分からなかった。
「あの白いエンリルは、何を考えているのだ……?」
誰に言うでもなく呟いた言葉だったが、そこで肩を叩かれる。
見てみればレンが後ろに立っていた。
相変わらずな農作業服に良く分からない飾りを身に着けまくっている。
「レンか。どうした」
「あれ、エンリルじゃないよ」
「……ではなんだ?」
「フェンリルさね」
レンは白い狼を指さしながらそう言った。
フェンリルはエンリルを統べる存在だと聞いた事はあるが、それはお伽噺の中での話であり、現実のものではない。
だがあの大きさと他の狼を従えている事、それに人間との会話が可能なことを鑑みるにその可能性は非常に濃厚であった。
驚きもあまりなく、まぁそうだろうなとヴァロッドは頷いた。
確証はなかったので今までエンリルと言ってはいたが……彼女がそう言うのだから間違いはないだろう。
そこでふと耳を澄ませば、周囲から聞こえる領民の反応は次第に和やかなものへと変わっていった。
フェンリルの大きさに一度は怯みこそしたものの、復興を手伝っているという事に気が付いてからは警戒心は完全に解けてしまっている。
会話をして見たり、おどおどと近くに寄ってみたりと行動は様々ではあったが、フェンリルは何もせず彼らがしたいようにさせてあげていた。
ある程度の会話であれば通訳を必要としないらしく、指示を出せばそれに従って死体を運んでくれている。
その運び方は黒い糸の様な物を幾本も出すという異質極まりない物ではあったが、人々の負担はそれによって大きく減っていた。
それに、運び方も至極丁寧だ。
「何故だ……」
「人間を恨んではないか、についてかい?」
「そうだ。彼らはエンリル討伐隊の時の生き残りだ。人間の行動、欲、悪意に酷く警戒しているはず。だというのになぜここまで私たちを信頼できるのだ……?」
「簡単な事さ」
知り尽くしているような言い方で、レンはそう言った。
ばっと振り返って次の言葉を待つ。
彼女は首にぶら下げているお守りを弄りながら、その疑問に答える。
「生き残る為、だろうね」
「……それだけの為にここまでの行動に出れるものなのか?」
「あたしの見立てだけど、あのフェンリルは一国を滅ぼす程の魔力を持っている。敵対しようものなら負けるのはあたしたちさ。エンリル討伐の時の経験が、あの個体をフェンリルに昇華させたのかもしれないね」
「……答えになっていない! どうなのだ!? 何故彼らはここまでの行動が生き残る為という理由だけでできるのだ!」
力を持っているのは分かった。
それは間近で見たヴァロッドは理解している。
そんな事を長い説明に付け加えられたところで、答えにはならない。
このレンはこういう物言いを良くする。
結果から話さず遠まわしに語り始め、後半でようやくその答えを言うのだ。
それを回避するには、こうやって指摘してやるしかない。
本当に性格の悪い婆である。
「あんたは子供を守る為に、手段を選ぶかい? 選ばないかい?」
「選ばん」
「それと同じじゃないのかね。フェンリルも子供の為に頑張ってるんじゃないかい?」
「……」
武力行使でいくらでも子供を守ることができるはずのフェンリル。
昔の事に一線を置き、こうして友好関係を築こうとしている。
「私たちとは、違う何かを持っているのかもしれないな。聞いてくる」
「……えぇ?」
ヴァロッドはやはり直接聞いてみたかった。
満足のいく答えが欲しかったのだ。
例え答えを得られずとも、彼らを守ることには変わりはない。
だが彼らは違う。
凄惨な過去をもってしてこの場にやってきているのだから。
テクシオ王国の冒険者たちがしたことは決して喜ばれることではない。
エンリルの毛皮によって一時的にテクシオ王国は潤った。
あまり詳しくは知らないが、討伐隊が帰って来たという事はそう言う事に繋がる。
そんな冒険者と、自分たちは同じ人間なのだ。
急に食い殺されたとしても、文句は言えない。
「フェンリルよ!」
「……?」
大きな顔がこちらを向いた。
小さく首を傾げてヴァロッドが言う言葉に耳を傾けている様だ。
「お前たちは、私たちを恨んではいないのか?」
「ガルッ」
首をどちらにも振らず、ただ小さく喉を鳴らした。
これだけではどうなのか分からない。
しかしその目はまっすぐとこちらに向けられていた。
「何故お前たちは……」
「グルウッ」
すると、後ろから小さな足音が聞こえて来た。
小さなエンリルとベリルが走って来たのだ。
フェンリルは子供エンリルに何かを言う。
するとすぐにベリルに通訳し、ヴァロッドへフェンリルが言った言葉を話す。
「変えられない過去を振り返らないでくれ。それより、変えるべき未来を見て欲しい……と言ってます」
「……」
彼らは乗り越えたのだ。
凄惨な過去を。
では自分たちも、それに見合う仕事をしなければならないだろう。
「レイド、来い」
「人使い荒くねぇか……」
ヴァロッドはレイドを連れて、この事を周辺諸国に伝える準備をしに行った。
敵は多くなるかもしれないが、それでも彼らを守ると決めた以上、全力で事に当たることにする。
息子、延いてはこの領地の発展を助けてもらった恩を返すために。




