6.47.人間との共存
不本意ながら会話をする事が可能になった。
ベンツの事は後で何とかするとして、今は人間たちとの会話を急ぐことにする。
『セレナ、通訳を頼む』
『あいっ!』
「ベリル、頼む」
「分かりました」
双方がコクリと頷いてから、交渉は始まった。
そんなに難しい事ではないにしろ、こうして人間と接してみると緊張する。
あんなことが無ければ、俺は真っ先にこうして人間との接触を試みていただろうな。
以降、通訳を介す。
「エンリルと戦う気はない。お前たちは私たちにとってとても重要な存在だ」
『俺たちの中には敵意を持つ仲間もいる。だが俺はそれを止めよう。しかし一つだけ、条件がある』
「なんだ?」
俺はヴァロッドの様子を見ながら、真剣に答えた。
『俺たちがお前たちを守っていたように、お前たちは俺たちを守れ』
「……共存、という事か……」
考えていた共存の道。
俺たちは知らず知らずの内に人間を助けていた。
魔物を間引くというのがどれだけ難しい事なのかは、人間たちも良く分かっている事だろう。
そして、この二年間のテクシオ王国の現状の変わりよう。
俺たちが居るというだけで、人間は救われていた。
であれば、こちらもそれに見合う助けが欲しい。
この里の人間たちを足掛かりとし、いずれは脅威を無くしたい。
それに、人間には人間の連絡網がある。
それを使わないに越した事はないし、ヴァロッドの様な領主であれば上手く動いてくれるだろう。
まぁ……これもこいつらを信じないとできない事なんだけどな。
裏切った場合?
そうだなぁ……そうならないように祈っておくよ。
「レイド!」
「なんだい?」
「我らが領地は、テクシオ王国と同じ道を辿るわけにはいかん。エンリルを狩る者は全て捕らえるように手配しろ。そしてこの事を周辺諸国に通達し、賛同を得る」
中々に素早い判断だ。
だがそれは……。
そう思っていると、ディーナがヴァロッドの肩を掴んで止めさせる。
首を振って難しそうな顔をしているのが見て取れた。
「ちょっとまったヴァロッド様。そいつは……」
「分かっている。エンリルがもたらす幸運を狙ってくる国もあるだろう。エンリルが居ると知って狙ってくる者もいるはずだ」
「隠さないのか……?」
「見つかってバレるより、バラした方が良い」
うん、そうだよな。
ヴァロッドの言う通り彼の提案には危険も混じっている。
俺たちの事を話せば周辺諸国だけではなく、様々な地方の人間に存在が知れ渡るだろう。
小さな村から大きな国。
ダークエルフの様な種族の違う者にだって知られてしまう。
「エンリルがもたらす幸運は、隠すには大きすぎる。それにいつかはバレてしまうものだ。エンリルがこの領地に来ることが無くなっても、たまたま通りかかった者が見つけてしまえば噂は広まる。それに、この話を聞いている者が多すぎるのも難点だ。私たちだけであればよかったがな」
そう言い、ヴァロッドは後ろにいた兵士たちを見る。
彼ら自身の忠誠心は強そうに見えるが、いつどこでぽろっとこの事を言ってしまうかは分からない。
酒に溺れ、つい喋ってしまうかもしれないし、秘密の話として誰かに話してしまうかもわからないのだ。
だからヴァロッドは周辺諸国への賛同を求めることにしたのだろう。
国が認めればおいそれと手を出す事は出来なくなる。
そこまで行くのが難しいが、それが成されれば俺たちの脅威は大きく削れるのだ。
時間もかかることだろうし、それによってこの領地を狙ってくる国もあるかもしれない。
だがそれを踏まえたうえで、ヴァロッドはこう言った。
「私はお前たちを全ての脅威から守ろう。守ってくれていたように。このライドル領がここまで発展したのは、紛れもないエンリルたちのお陰なのだから。恩は返さねばな」
『決まりだな』
「ああ、決まりだ」
これから先どうなるかは俺も分からない。
だが、人間という盾を手に入れた。
子供たちが平和に生きられる時代を作る時、俺はその場にいないかもしれないが……そうなる足掛かりを今ここで築けたのは非常に大きな一歩だったと思う。
勿論恨みを忘れたわけではない。
だから敵となる人間は躊躇なく殺してやる。
ヴァロッドはこれから忙しくなるだろうが、俺も忙しくなる。
仲間たちに理解を求めなければならないからだ。
あの場では皆が承諾してくれていたが、ガンマやシャロは、未だに人間に怯えている。
それを払拭することは並大抵の事ではできないだろう。
だが今は、それならそれでいい。
俺たちが作り上げる未来を見てもらえれば、何か考えが変わるかもしれない。
後は、あいつらが変わるのを待つだけなのだ。
オールとヴァロッドは、お互いに頷いてこの交渉を終えた。
セレナとベリルは血印魔法という契約を知らず知らずにしてしまったのだが、これがこの世界初の従属魔法となることは、今は誰も知らない。




