6.41.掃討
突然現れ、ダークエルフのみを攻撃した狼二匹はギロリと真横に偶然いた彼らを見た。
それには先ほどダークエルフに向けられていた怒気は無いものの、巨大な魔物から見られるという経験は中々しない。
しかしディーナだけはこれ以上に大きい魔物を見たことがあったので、そこまで驚きはしなかったが冷静さは多少欠いてしまっていた。
『ベンツ兄ちゃん、これが人間?』
『そうだね。でも殺しちゃダメだ。殺すのはダークエルフだけ』
『分かってるよ』
軽い会話を終えた瞬間、バヂッと雷魔法の纏雷を使用する。
そしてその人間を無視してダークエルフ殲滅をしに森の中へと向かって行った。
「な、なんだ……ってんだ……」
「……はっ! も、戻るぞ!」
「はぁ!? 何言ってんのよ! あれ討伐しなくても良いの!?」
「馬鹿! あれはエンリルだ! 何故私たちを無視したかは分からないが、今なら取りこぼしたダークエルフを始末できる! なんで助けてくれるかは分からないが、この状況は使わせてもらおう!」
「ギルドマスターの言う通りだね! じゃあ僕はファイナン連れて行くよ! 二人は先に行っちゃってー!」
それに頷き合い、踵を返して街に戻って行く。
ファイナンを担いだナレッチは意外と軽快な足取りで戻ることができていた。
あれが何だったのかは後から考えればいい。
それに戻って全員と合流すれば、あの狼と対峙することになっても何とかなるかもしれないのだ。
だが、あの力を見てそれがどれ程にまで難しい事か、ディーナを含めた四人は理解をしていたのだった。
◆
街の中では悲惨な状況が続いていた。
あの前線から抜けてきたダークエルフが目につく限りの冒険者や住民を射抜いていたのだ。
ここにいる冒険者は防衛に徹することが精一杯であり、強力な魔法を持つ彼らには手を一切出すことができなかった。
唯一戻って来たハバルも一人で全ての冒険者や住民を守ることは出来ず、自分のできる限りの速度でダークエルフの殲滅に当たっていた。
「くっ……魔力が……」
ハバルの持つ風魔法は非常に強力なのだが、持久力があまりないのだ。
短期決戦向けの能力であり、こういう移動ばかりの長期戦は非常に苦手としている。
そんな彼の元に矢が飛んでくる。
それを回避して飛んできた方向を見てみるが、ダークエルフは建物の上にいて今のハバルではそこまで行くことができなかった。
すぐに物陰に隠れてルートを確認する。
だがそれまでに狙撃される可能性は十分にある程に危険な道のりだ。
強襲ができなければすぐに逃げられて距離を取られるだろう。
「クソウ……」
これではこっちに戻ってきた意味がまるでない。
魔力は自分の中で管理していくものなのではあるが、ハバルはそれが不可能だった。
自分の中での魔力消費量の減少を理解できないのだ。
その理由は彼の強すぎる風魔法にある。
体中に魔力で作った風を編み出すのが、ハバルの得意な魔法である。
それは自動防御性能があり、非常に強力である。
だが魔力を放出するのではなく体に纏うものは、人間にとっては体内の魔力消費量感覚が狂ってしまう要因となるのだ。
体に纏わりついている魔力は本当に体の中にある魔力の減少量を把握しにくくさせてしまうのだ。
これ以上魔法を使ってしまうと、確実に体の中の魔力が無くなって昏倒してしまうだろう。
ギリギリにならなければ分からない。
これがこの強すぎる魔法のデメリットであった。
「フー……。っし」
ばっと飛び出したハバルは壁を蹴って屋根に上り、目に見える限りの敵を補足する。
確認出来た敵は五人。
他にもまだどこかに敵がいるはずだが、まずはこの五人を始末するために動く。
一番近い敵に走り寄り、正面からの攻撃を仕掛ける。
違う相手を見ていたダークエルフは一瞬だけ驚いたようだったが、すぐに狙いを修正してハバルを狙う。
至近距離で放った矢だったが、そこはパーティーリーダーを務めるだけの実力を持つハバル。
紙一重でその攻撃を躱して大きく踏み込み、短剣で顎をかち割り喉を切り裂いた。
その後すぐに弓と矢筒を奪い、他に見た四人の敵に狙いを定めて連続で矢を放つ。
見事四人の敵を仕留めた後、大きな息を吐いてその弓を捨てた。
「これだけ仕留めるのに時間をかけすぎだな……」
その瞬間風を切る音が聞こえた。
反射で飛び跳ねたのだが、躱すことができず腹部をかすめてしまう。
「くっ……」
傷は浅い。
避けなければ横腹から貫かれていただろう。
飛んできた方向を見てみると、既に次の矢をつがえて第二射を放ってきていた。
見ていれば対応は可能だ。
短剣で矢を弾き攻撃するために屋根の上を走る。
ヒョウッ。
「んぐ!?」
腕に激痛が走る。
肉が切り裂かれており血がドバドバと流れていく。
左側からの攻撃。
見てみれば左側にも敵がいた。
二人に狙われているのはマズいと思い、一度屋根の上から逃げて建物の陰に隠れる。
だがその瞬間肩にも攻撃を受け、転げ落ちる形で地面に叩きつけられた。
「マズいぞ……」
カタッ。
上の方から音が聞こえた。
マズいと思って一気に走り出すと、地面に矢が突き刺さった。
間一髪攻撃を避けることができたが、次の攻撃は避けれそうにない。
扉もなく逃げる場所がないただの壁があるところだった。
こうなったら攻撃に転換しようとも考えたが、相手が降りて来てくれるはずもない。
最後の足掻きだと持っている短剣をダークエルフに向かって投げつける。
その瞬間に矢も放たれ、その矢は吸い込まれるようにして胸元へと向かって来た。
投げた反動で避ける事は出来ず、次に来る激痛を覚悟する。
「…………あ……え?」
いつまで経っても矢が体を貫く感覚が訪れない。
なんだと思い体を見てみると、矢は突き刺さっておらず地面に落ちていた。
投げた短剣は奇跡的にダークエルフに突き刺さっていた様で、地面に落ちてくる。
周囲には誰もいない。
そしてこの感覚には、覚えがあった。
「やっときたか……ヴァロッド様よ……」




