6.39.応戦
襲撃から五分。
突然の事で混乱状態にあった人々だが、ギルドマスターであるディーナのお陰で何とか避難誘導などが行われ始めていた。
ギルドの中でも屈指の実力を持つ者たちが前線に出て応戦を始めたのだ。
その為逃走に余裕ができ、ランクの低い冒険者が率先して住民たちを戦場から遠ざけてくれている。
何故ダークエルフがいきなりこのライドル領に現れたのかは分からない。
滅多に存在を表に出す種族ではないという記述からして、相当の事情があると予想できたが、その理由は人間たちにとっては全く分からない物だった。
ただ襲ってきているという事実がある限り、奴らは敵となる。
パーティーや騎士が前線に集結するまでの間、何とか今この場にいる者たちだけで時間を稼がなければならなかった。
しかし、ダークエルフは弓の名手揃い。
遠距離攻撃に長けていることに加え、それに風魔法を上乗せして矢を放ってくる。
その貫通力は冒険者が身に着けている装備では防ぐことができないだろう。
故に魔法での反撃が必要となってくる。
炎魔法で燃やす、風魔法で反らす、水魔法、土魔法で止めるなど様々な方法が取られていたが、ダークエルフの風魔法は非常に強力であった。
同じ風魔法では止められず、炎魔法では燃やしつくすことができない。
故に水魔法、土魔法で防ぐのが基本戦法となってきていた。
「おいどうなってんだよ!」
「口より手を動かせ!」
「んなこた分かってんだよぉ! ていうかどっから湧きやがった! まだ昼だぞ!」
時刻は昼。
肌の黒いダークエルフは日中では良く目立つ。
だというのにこの規模での強襲が行われた。
彼らはフェンリルを崇拝しており、そのフェンリルを人間が騙していると聞いて事を急いたのだ。
全ての原因はダークエルフであるフスロワ。
彼はダークエルフたちをたぶらかし、すぐにでも人間の里を壊すように進言したのだ。
故に、今戦場に出てきているダークエルフの目は非常に鋭く、怒気を常に放ちながら敵を討ちとっていっていた。
どの様な感情を持っていたとしても、彼らの弓の腕は落ちることはない。
それが種族の特徴だった。
また一人、また一人と戦友が弓矢で打ち抜かれていく。
状況は劣勢であった。
「いい加減にしな」
「!? ビェッ!?」
建物の上に立っていたダークエルフの一人が、後ろから現れたディーナの手によって地面へと落下する。
それを視界の中に捉えていたダークエルフが弓を放ち打ち取ろうとするが、ディーナはそれを手で掴んで一回転し、勢いそのままに投げ返した。
魔法で強化されているその弓矢の威力は衰えることをせず、見事矢を放ったダークエルフの顔面を捉えて沈黙させる。
少しばかりヒリヒリとする手を軽くぶらぶらとさせ、腰からハンティングソードを二振り抜き放つ。
「皆耐えれるか!?」
「駄目だ! 土魔法で作った防壁も貫通する! 水魔法も同じだ!」
「チッ。ヴァロッドが到着するまで持ちこたえろ!」
「無茶言うなぁ!?」
「つべこべ言うんじゃない! 男だろう!」
そう叫んだ後、飛んできた矢を三つ弾き落して飛んできた方向へと真っすぐ向かって行く。
他の冒険者も前線に出ようとはするが、実力が乏しい者は矢に撃ち抜かれて脱落してしまう。
後方からは雷魔法や水魔法の遠距離支援が来るが、あまり意味を成していない。
精々視界を数秒切って生存時間を延ばす程度だ。
前に出てきている冒険者はディーナを含め全てで五人。
誰もがパーティーメンバーのリーダーであり、ランクも上位に入る者たちだ。
だがこの五人だけで百以上の矢が飛んで来る戦場を駆け抜けるのは不可能。
精々周囲に隠れている奴と接近してきているダークエルフを始末する程度の行動しかとることができなかった。
全員が遠距離魔法には向いていない適正魔法の持ち主なのだ。
ディーナはギルドマスターというだけあってその部分も克服をしているのではあるが、これだけの矢を躱し弾きながらでは魔法の詠唱は不可能だった。
「ギルドマスター! どうする!?」
「ヴァロッドを待つんだ!」
「あらぁ? 様付けは何処に行ったのかしらっ!」
「この状況で減らず口が叩けるのであれば問題なさそうだ……なっ!」
女性冒険者がへらへらとしながら矢を避けていく中、低級の水魔法を使用して敵を討ち取っていく。
彼女は近距離と遠距離に長けた戦闘スタイルを持っており、こうした器用な攻撃を可能としているのだ。
男性冒険者は大鉈で全ての矢を弾き返している。
特殊な闇魔法によりカウンター攻撃を行っているのだが、その効果は今の状況ではあまり期待できない。
物理攻撃専用のカウンター攻撃なのだ。
遠距離攻撃では分が悪い。
今は自分たちが目立つことによって後方への被害を抑えようとしているのだが……これも時間の問題だった。
「ちょっち休憩しますかぁ! 土魔法、クリエイトグラウンド!」
拳を地面へと殴りつけた一人の男性冒険者が、巨大な城壁を作り上げる。
ほぼ全ての攻撃が一度中断されるが、反対側では一点に集中して攻撃を繰り出して壁の破壊を試みているようだった。
あの貫通力のある矢であれば、壊すのにもそう時間はかからないだろう。
「すまないナレッチ!」
「お安い御用~」
ナレッチと呼ばれた男性は、拳にナックルグローブの様な物を見に付けており、全体的に軽装で動きやすさを重視した戦闘服をしていた。
髪が邪魔にならないように布で鉢巻をしている。
細い目で常に軽い性格をしているのではあるが、そのせいかとても人当たりの良い人物だ。
土魔法を得意としており、それと合わせて接近戦での戦いを好む剣闘士である。
「でもちょっとしか持たないよー」
「十分だ。ファイナン! ダークエルフの乗っている木を薙ぎ倒せるか!」
「細いから余裕だ。だが接近しないと駄目だな」
大鉈を武器にしているのはファイナンという人物。
鉈というより大剣と言った方が適切であるような大きな鉈を肩に担いでいる。
坊主頭に傷があり、少し目立っていかつい顔になっているが、根は良い奴だという事をパーティメンバーやその他のパーティーは知っている。
元は木こりをしていたらしいので、職人気質な喋り方が残っているだけなのだ。
そのせいで勘違いをされることなども多々あるようだが、彼自身はそんなに気にしてはいないらしい。
木こりをしていた割には細身ではあるが、彼は強化魔法と闇魔法を得意としており、見た目によらず強力な一撃を繰り出すことができる。
年中常に半袖で、武具もそれに合うように腕には一切の装備をしていなかった。
彼が木を切ることは、絶対にできる。
その瞬間作戦はすぐに決まった。
「じゃあ決まりだな」
「……何がよ」
「作戦がだ。ファイナンを守りながら突き進み、ダークエルフの乗っている木を全て斬り倒す」
「それ作戦になるのぉ!? もーこれだから脳筋はぁ~」
「じゃあリスティ。お前は何か策があるのか?」
「もっと美しく行きましょう!」
「時間の無駄だ」
「ちょっと! 貴方も女の子でしょう!? ねぇ!」
冒険者にしては目立つ煌びやかな装備を見に付けている彼女はリスティ。
似合っていると言えばそれまでなのだが、どうにも場の空気が乱れる気がしてならない。
今もこうして無駄な時間を使用してしまっているので、ディーナとしては関わり合いたくない人種の一つであった。
だが彼女の水魔法と細身の剣を使用した剣舞は非常に優秀である。
実力は他の者と引けを取らないだろうが、この性格だ。
効率の良い戦い方はしない。
「ってあれ!? ハバルは!?」
「あ~……あいつは口より先に行動するタイプだからね。もう行ったよ」
「嘘じゃん!」
そうリスティが叫んだと同時に、土の壁が壊れた。
土煙が舞っているので暫くは適当な狙撃が繰り返されるはずだ。
大きな音が鳴り響いたと同時に、残っている四人は作戦通り前へと走っていった。




