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6.9.小さな子供


 セレナを囲むゴブリンの他に、小さな人間の子供が立っていた。

 白い髪の毛に赤い瞳。

 年齢は十を超えたあたりだろうか。

 まだ幼いように思えるが、その年齢でゴブリンとやり合おうという意気込みは称賛に値する。

 子供用の冒険者の服を着ているようだが、背中には大きな籠を背負っていた。

 手に持つ短剣はゴブリンに向けられており、片手でセレナを制しながら戦っているように見える。


 見方を変えれば、セレナを守るように戦っているようだった。

 セレナは足に傷を負っており、まともに走ることはできない様だ。


『人間が何をしているか知らんが、子供を守ってくれている事には素直に感謝しよう』


 俺は手始めにゴブリンを一匹踏み潰す。

 着地のついでなので、簡単な事だった。

 手に少し嫌な感触が残ったが、水魔法で洗い落とすことにしよう。


「えっ?」

「ギャギャ!!」

「ギャッ!」

『黙れ雑魚共』


 俺に気が付いたゴブリン三匹が、振りむいて警戒する。

 だがその隙を与えまいと、水魔法・銃水弾で二匹を軽々葬り去った。

 加減など心底どうでもいいので、頭ごと吹き飛ばしてしまったようだが、気にしなくてもいいだろう。


 もう一匹残っているが、勝てないと踏んだのか脱兎の如く逃げ出した。

 逃げるという事を覚えているのかと少しだけ感心したが、逃がしてしまう程俺は甘くない。

 再度狙いを定めて銃水弾を放ち、胸部に大きな穴を空けて沈黙させる。


 音の少ない強力な魔法だ。

 手を汚さなくても済むのでよく使っている。

 だが潰してしまったのはどうしようもないので、さっさと水魔法で洗い落としてしまった。

 そんなに時間もかからないし、敵に集中しながらできるので問題はない。


 残るは子供だけだが……。

 彼はすっかり怯えてしまっている様だった。

 だが持っている短剣は放さず、常に俺へとその切っ先を向けている。


『セレナ』

『リーダーぁ……』


 足を引きずりながらヨタヨタとこちらに来たセレナだったが、カクンと足が折れて倒れてしまった。

 急いでセレナの所に駆け寄り、回復魔法を発動させる。

 だがそこで予期せぬ事態に見舞われた。


『!? 回復ができない……!?』


 こんな事は一度としてなかった。

 いつもは小さな怪我でも普通に治すことができていたはずだ。

 なのにどうしてこんな時に限って……。


 そこで、セレナの傷に目が留まる。

 太ももを斬りつけられてしまっている様で、血が流れていた。

 これだけであれば普通に傷というだけで済むのだが、ここの大地の性質を忘れていた。


 魔素のない大地は、魔素を奪う。

 どうやら今セレナはその傷口から魔素を抜かれている状況にあるらしい。


 回復魔法は対象の体の中にある魔素を使用して回復するようなのだ。

 そんな事このような状況にならなければ理解できるわけがない。

 今まで一度もなかった現象に苦戦したが、理解してしまえば大丈夫だ。

 すぐに魔力譲渡を使ってセレナに魔力を供給していく。


 だがこの状況では回復魔法は使えない。

 体の中に魔力がない状況では回復は出来ないし、そもそも魔力譲渡は非常に繊細な作業なのだ。

 大人の個体であれば多少の無理は効くが、子供であれば慎重にしてやらなければ悪化してしまう可能性もある。

 魔力総量以上の魔力を与えることは絶対に避けなければならない。


 しかし……セレナの傷からは血が未だに流れている。

 このままではマズい。

 まだ生後二か月の子供なのだ。

 これ以上に失血は避けたい所だが……魔力がまだ渡しきれていない!


 もどかしい状況に焦るが、それでも慎重に魔力を与え続けていく。

 移動するのも手かと考えたが、俺がセレナに吸われる魔力と供給する魔力がほぼ同じであり、少しでも辞めてしまえば命の危険に繋がりかねなかった。

 俺の魔力譲渡の方が上回っている事が救いだが、時間がかかる。


『クソウ……』

「……」


 すると、子供が短剣を仕舞ってゆっくりとこちらに近づいてきた。

 それに気が付いた俺は、牙をむいて威嚇する。


来るな(グルルァ)……』

「っ……」


 今の状況では始末しようにもできない。

 威嚇も唸る程度の事しかできないので、その威力もあまりないだろう。

 だがそれでも、子供はゆっくりと近づいてくる。


 何をするつもりなのかは知らないが、お前ができる事などたかが知れているだろう。

 どちらかと言えば、ここから早急に去ってくれる方が有難いんだ。

 こちとら動けないんだよ。


来るな(グルルル)……』

「よ、よしっ……ひっ、ヒール」


 一定の距離を保って立ち止まった子供は、両手を前に突き出して集中し始めた。

 手から淡い緑色の光が零れたと思ったら、それはセレナに向かって飛んでいく。


 それを見た時、俺は驚いた。

 あの光は回復魔法の光である。

 昔の俺はそのような光あまり見る事は出来なかったが、今は淡い緑色の光が必ず現れる様になっていた。

 光の強さは治療魔法の強さの証。

 この子供は幼いながらにも高度な回復魔法を有しているようだった。


 どうやら、彼は回復魔法が届くギリギリの距離まで近づきたかったのだろう。

 五メートルは離れているのだが、よくその位置から回復魔法を唱えれるものだ。


 セレナの傷はすっかり塞がり、魔力が吸収される量は殆どなくなった。

 これであれば、魔力を譲渡して体にため込ませることができる。

 それなりの魔力を譲渡すると、セレナは起き上がれるまでに回復したようだ。


『大丈夫か?』

『……うん!』


 体の調子を確かめた後、セレナは元気よく返事を返してくれた。

 とりあえずこれで大丈夫だろう。

 あとの問題は……。


 俺は子供を睨みつける。

 助けてくれたことには感謝しなければならないが、こいつが家に戻った時俺たちの事を何か言うかもしれない。

 それだけは何とか阻止しなければならないだろう。


 簡単なのはここまま殺してしまう事だ。

 今の俺であれば躊躇なくそれを実行することが可能である。

 だが問題も発生する。


 子供が帰ってこなかった場合、親や大人はどの様な行動に出るだろうか。

 決まり切っている事ではあるのだが、探すための捜索隊を編成、もしくは大人たちが森の中を進んで探しに来るだろう。

 それこそ、死体が見つかるまで。


 その捜索範囲が広がれば広がる程、俺たちは見つかる可能性が多いに高くなる。

 せっかく見つけたこの大地を簡単に手放したくはない。


 だがこのまま見逃すか?

 子供は口が軽い。

 それは元人間である俺は良く知っているのだ。

 前世の記憶はないけどな。


 さて……どうしようか。

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