6.6.脱走
レイたちの様子を見ながら、のんびりと帰ることにする。
今は拠点周りに残っている切り株や伐採した木を撤去している様だ。
戦闘専門のレイは自分の為に作られた洞窟を徹底して冷やしている様で、既に外に冷気が漏れ出している。
そこまでするのかと思ったが、レイにとってはそれが丁度いいくらいらしい。
どれだけの寒さに耐えれるのか気になる程だ。
作業をしていないリッツだけが、今は狩りを行っている。
今は周辺散策に力を入れているようなので、本格的な狩りは暫く後になるだろう。
地形の把握は非常に大切だ。
判断としては間違っていないと思う。
まぁあの辺にどれだけの生物がいるかもわからないからな。
その確認は必要不可欠だろう。
自分たちで狩れない魔物も現れるかもしれないしな。
『しっかし……綺麗な所だな』
土狼の視界共有を切って、俺のいる所を見てみる。
誰の手も入っていない大自然。
深い森と言うには少し物足りないくらいの木々が生い茂り、木漏れ日が木の下に広がっている。
鳥の声や水の音なども聞こえるようだ。
最近は一匹でこんな所に来たりはしなかった。
人間だった頃の感情が残っているのか、こうした所はなんだか落ち着ける。
今は春だし、比較的過ごしやすい。
子供たちが少し成長したら、こうしたところに連れてきてもいいかもしれないな。
ピクニックって奴だ。
となると弁当とか欲しい所だな。
まぁそれは倉庫から取り出せば問題ないか。
その時あるかどうか分からないのが怖い所ではあるけどな。
『ん?』
感傷に浸っていると、遠吠えが聞こえてきた。
あの声はヴェイルガだろう。
どうしたのだろうと思い、もう一度集中してアイツが遠吠えをするのを待っていると、すぐに聞こえた。
その意味は……。
“緊急事態”だった。
何事かと思い、俺は今持てる全力の速度で本拠地に向かう。
身体能力強化の魔法を使用して纏雷を纏い、風魔法を使って飛ぶようにして駆けて行く。
途中で闇魔法を使用してワープゲートを開き、その中に入って本拠地へと瞬時に戻った。
こうして走ったほうが長距離移動の時はワープ時間が短縮されるのだ。
勢いを殺すために少しだけ遠くにワープゲートを出現させた。
その後は同じ様に駆けて行き、ヴェイルガの匂いを辿ってその方角へと突っ走る。
ヴェイルガは拠点より北側の方にいて、未だに俺を呼ぶ遠吠えを繰り返していた。
すぐに見つかったので、走るのを止めて歩きながら声をかける。
『ヴェイルガ! 何があった!』
『あっ! よかった! 届いたのですね!』
『少し小さかったがな』
『そ、そうですかぁー……ってそれより! 大変なんです! ベンツ様の子供が! 脱走してしまって!』
『元気だなぁおい……』
そりゃまぁ一大事だ。
でも子供だろ?
そうそう遠くには行けないだろうし、すぐに見つかるだろう。
だが状況はそんなに甘いものではなかったらしく、その言葉をヴェイルガは首を横に振って否定した。
『オール様、北の地には魔素のない土地があります。そこに迷い込んでしまった可能性がありまして……』
『何!? 二ヶ月の子供だぞ!? どうしてそんな遠くまで行けるんだ!』
本拠地の洞窟から魔素のない土地までは相当の距離はある。
俺やベンツであればすぐに急行できるが、それ以外の狼は時間をかけなければ到底行き着く事は出来ないはずだ。
大人よりも圧倒的に小さい、それに二ヶ月の小さな子供がそんなところまで行けるはずがない。
だがヴェイルガはレーダーで子供の存在をしっかり把握していたという。
そしてその原因だが……。
『三狐でして……』
『あいつら何やりやがった!』
『遊ばれるのに堪えて狭間狐の界が空間魔法……ワープですかね。それを使用したようで……その中に紛れ込んでしまったのです』
『あいつ後でぶっ飛ばす』
ワープというのは結構シビアなところがある。
自分以外の生物を移動させようとなると、二つの指定先が必要となるのだ。
その為、一つしか指定先を選択していないワープに違う物が入った場合、自動的に全く見当違いの方角へワープ先が指定される。
それは修正できるものでは無い為、こうして子供が北の方角へと飛ばされてしまったのだろう。
因みに界は既にベンツの手によって潰されているらしい。
後で俺も潰しておこう。
ワープしてしまった瞬間をヴェイルガは見ており、すぐにレーダーを使用して周囲一帯を捜索。
そして北の地にベンツの子供、セレナが飛ばされているという事に気が付けた様だ。
ナイス判断。
これは普通に褒めてやるしかない。
『よくやったヴェイルガ。後は俺が何とかする』
『お願いします! ですが……僕は今魔力が切れてしまって……』
『燃費悪いもんな。ベンツは?』
『勿論急行して捜索を行ってくれています』
『耳の良いベンツならもう見つけているかもな』
『かもしれません。ですが念のため……』
『分かっている』
魔素のない土地で長時間過ごせば何が起きるか分からない。
セレナの魔力が尽きている可能性も考慮しなければならないので、俺はどちらにせよいかなければならないだろう。
できるだけ早く行くか。
ヴェイルガには一度帰ってもらい、仲間たちに帰って来たセレナの為の寝床を用意してもらうことにした。
『……オール様の尻尾で十分では?』
『確かに』
子供であれば俺は尻尾に乗られるくらいの事は許そう。
うん、寝床は俺でいいや。
あと何をしてもらっておけばいいかな?
んー……。
『とりあえず行ってくる』
『あ、はい! 拠点の方はお任せください! 増援はいりますか!?』
『とりあえずガンマを寄越してくれ』
『了解しましたー!』
入って行くヴェイルガを見送った後、俺も突っ走って行くことにする。
あの辺の地形はあまり把握していないので、普通に徒歩で行くぞ。




