4.27.山のヌシ
敵が近づいてきているという事にいち早く気が付いたベンツが、すぐに子供たちの誘導を始める。
その間に俺は、敵が進んできている方角を教えてもらって、匂いで相手の姿を確認した。
敵が走ってきている方角は東。
丁度渓谷の辺りからだ。
すると、そこにはトカゲの様な大きな生物が、渓谷の壁を這って走ってきていた。
器用に壁を手で掴み、舌や尻尾を使って体勢を立て直したり、飛んだりして高速でこちらに向かってきている。
なんてトリッキーな動きをするんだこのトカゲは。
それにでかい。
俺より大きくはないが、ガンマよりは大きいので大体四メートルくらいはあるだろう。
その巨体が壁走ってきてるってなんてホラー映像。
某有名なホラー映画もびっくりな演出だぜ。
とりあえず、俺とガンマで迎え撃つ。
ベンツには後方で子供たちの護衛をしてもらおう。
ていうかあのトカゲ、あの距離からよく俺たちの事感知できたな。
俺は無理だったし、ベンツは声でようやく分かって言うのに。
何かの感知能力でも持っているのだろうか……。
出来れば教えて欲しい物だぜ。
まぁ倒すんだけどな。
多分会話出来そうにないし……。
だってトカゲとか知性なさそうだもん!
ってそんなこと考えてたら来たああ!?
速くねぇかこいつ!?
トカゲが来たというのは、音で分かった。
すぐ近くまで来ている様だ。
後数秒もすれば姿を現すだろう。
『ガンマ!』
『おうよ! 任せろ! なぶっとばしてやるぜ!』
二匹で音のする方向に身構える。
ガンマを先頭にして、俺は後方で支援準備だ。
数十発の水弾を準備して待機中。
もっと強力な魔法もあるが、子供たちも近くにいるので、ここは攻撃力より命中精度を取った方が良いだろう。
攻撃はガンマに任せておけば問題ない。
水弾の命中精度は結構高いからな。
多少の融通も利く初心者向けの技である。
あ、でも今の俺の場合、水弾の威力も変わってるかもしれないな……。
まぁ撃てば分かるか。
更に音が大きくなってくる。
すると、トカゲの頭が地面を破壊しながら飛び出してきた。
なんつー登場の仕方だよ!
もうちょっと穏やかに登場しろよ!
ってこんな感じで走って来たんだったら、こいつが通った道やばいことになってそうだな。
飛び出してきたと影は、やはりとても大きかった。
背丈的にはガンマよりある。
長さは俺より長い様だ。
まぁトカゲだしね……尻尾が異様に長い。
トカゲは俺とガンマを見つけると、すぐに突撃してきた。
大きな口を開けて食らいつかんばかりの勢いである。
ガンマはまだ動かない。
相手が来るのを待っているのだろう。
となれば、俺から攻撃を仕掛けてみよう。
準備していた水弾を、トカゲに向かって全て発射させる。
それは全てトカゲに当たったのだが……まるで効いている様子はない。
少しだけ走ってくる速度を遅らせた程度だ。
『駄目か』
『はーっはっは! 久しぶりに暴れられるぜぇええええ!』
『地面壊すなよ!? おい!?』
何も考えていなさそうなガンマが、そのまま真っすぐ突撃していく。
トカゲもそれに対抗するべく、大きく上体を上げて押し潰す形で襲い掛かった。
『それぇい!!』
タイミングを見計らい、腕を大きく横に凪いで振り抜く。
ドン、という音がしてガンマの右腕がトカゲの脇辺りに直撃する。
するとトカゲがくの字に曲がり、大きく吹き飛ばされた。
トカゲは自分の体重を過信していたのだろう。
まさか自分より小さい相手に吹き飛ばされるなど思ってもみなかったはずだ。
まぁ、普通はそうなんだろうけどな?
相手が悪かったな。
これだったら俺はあまり手を出さない方が良いかもしれない。
ガンマだけで事足りるだろう。
「グギャアアアア!」
『!? マジか! ベンツ!!』
トカゲは吹き飛ばされて、全身ボロボロであるにも拘わらず、大きな声を上げてベンツが守る子供たちの方へと直進する。
吹き飛ばした位置が悪かった。
俺たちではすぐに応戦できない。
『しまった!! 変なところ吹き飛ばしちまったぜ!』
『馬鹿やろう前に飛ばせ前に!!』
そう言いながら、俺とガンマはトカゲを追う。
だが間に合わない。
ベンツだけでどうにかなるだろうか?
一瞬でもいいから持ちこたえてもらわなければならない。
すると、ベンツがいないという事に気が付いた。
子供たちも放置されている。
恐らく攻撃するためにトカゲに向かって行ったのだろう。
そう思い、トカゲを見てみると、ベンツがトカゲの頭に乗って座っていた。
纏雷を強く纏った状態で。
「ギャアガガガガガガアアガガガガア」
『弱いなぁ……。ちょっとガンマ。僕たちのいる場所分かってるんだったら、もっと違う所に飛ばしてよ』
『すまん……』
いやあ~~ちょっと拷問が過ぎませんかね。
いやまぁ別にいいんだけどさ。
声が。
声がちょっとね。
『さっさと倒しておこう。また暴れられても面倒だしね。ガンマよろしく』
『おうよ』
ガンマが大きく腕を振り上げて、下ろそうとする。
その瞬間、トカゲが最後の意地を見せてベンツを頭の上から振り落とした。
『うぉおわあ!?』
『あっ!!』
トカゲは大暴れして、二匹と距離を取る。
ベンツとガンマもあそこまで暴れられたら離れざるを得ない。
一度の跳躍で距離を取り、子供たちの前に立つ。
意外としぶといなこいつ。
流石生命力の高いトカゲ。
打撃や属性攻撃は少し相性が悪いかもしれないな。
じゃあ俺がやーろおっと。
『ふーじんっ』
俺は爪を軽く振って、風刃を繰り出す。
速度は以前の物とは比にならない程速く、一瞬でトカゲまで接近する。
スパァン。
さぁこれから攻撃するぞ、という構えを見せたトカゲの首を両断した。
頭を落としてもトカゲはビッタンビッタンとのたうち回っていたが、それもすぐに収まる。
初めからこうしておけばよかったなぁ。
完全に殺した事を確認した俺は、とりあえず一息ついた。
当面の脅威はこれで無くなるだろう。
『よし、じゃあとりあえず食うか』
『『『わーい!』』』
さっきまで襲われる寸前だった子供たちだが……全然気にしていなさそうだな。
いや、だがそれも切り替えとしては大切な事か。
とりあえず、俺たちはこのトカゲを食べていく。
この大きさであれば、俺も少しは食べられそうだ。
そう思い、口にしようとした途端……。
森がざわめき始めた。




