異世界デバッカー始めました
ガタガタガタガタという擬音がお似合いな程に振動している。
何がって?
自分の体。
まるで古い3Dゲームでポリゴンの隙間に引っ掛かった様な挙動をしている。
「う・お・お・お・お・お・お・お・お!」
身体が振動しているという事は視界も振動しているわけで。
「おろろろろろろろろろっろろろろろろろろ・・・」
・・・5分後・・・
「あーしんど・・・振動だけにってか・・・ふざけんなよ・・・」
悪態をつきつつ自分をこんな目に合わせたポリゴンの隙間もといなんかよく分からない壁を見る。見る分には普通の壁なんだよな・・・。壁に手を付けると指先が変な見え方になり始める。更にここでちょちょいと指先を動かすと肘まで入るので肘の手前5センチまで突っ込み壁の下を蹴ると蹴った足が壁にめり込みそのまま体の半分程がめり込む。そうすると先程の様に体が振動しだす。
「あばばばばばばばばばばばば」
また同じ目に合う前に肘を90°回しひたすらグルグルさせる。すると壁から抜ける事ができる。
「バグですねぇこれはぁ・・・」
「バグだなぁ・・・」
手渡されたドライバーを壁に突き刺しグリグリするとなんかこう上手い感じになんかなるのでドライバーを手放すとドライバーが吸い込まれるのでそれを眺める。
「これで何か所目だ?」
「7か所目だねぇ・・・あと幾つあるのかねぇ・・・」
・・・・・・・・・
時は幾らか遡り。
俺は自室のベッドで寝ていたはずなのになぜか森の中で地面に下半身が埋まった状態で目が覚めた。
「は?え?なにこれ?」
混乱していると体がガクガクと振動し始めた。
「え?え?は?え?」
一際大きな振動が来たかと思うと俺の体は浮遊感を得ていた。
「は?ちょっは?」
必死に首を回して回りを確認する、落下方向に地面は無く、逆に上に地面・・・正確には3Dゲームでは裏世界だとか言われる様な場所からグラフィックの裏側を見ている様な光景があった。
「なんだこれ・・・」
落ち始めて数分経ったが未だに恐れるべき衝撃は来ない。グラフィックの裏側も見えなくなった。体の向きを変えるのにも慣れてきてさながら永遠に続くパラシュート無しのスカイダイビングの気分だ。今時速何キロ出てるのかとか地表からマントルまでの距離とかその他諸々、考えた所で何も変わるわけでも無い事を考えていると。
「あ、やばいやばいやばぃ~」
落下している方向からかすかに声が聞こえた。なんとか下を向くと
「あだっ!」
人が居た。こたつに入ってミカンをつまみながらテレビを見て俺と頭をぶつけあった。
「あだだぁ・・・」
気絶はしなかった。それどころか痛みを感じる事も無かった。
だが彼は痛みを感じているのか頭を擦っている。何千キロと落ちてきた速度でぶつかって痛いで済むのもおかしいと思うが文字通り世界の裏側を見たのでこれ以上おかしい事は無いと納得した。
「あぁ~ごめんなさいねぇ・・・」
彼は何時の間にかお茶が入れられていた湯飲みをこちらに差し出しながら謝罪した。
「君はぁ・・・まぁ・・・多分・・・ねぇ?あれだよぉ?あれぇ。異世界転移ぃ?転送ぉ?まぁそんな感じにぃ・・・なっちゃったわけぇ・・・」
「はぁ」
「でぇ・・・まぁ・・・そのぉ・・・ねぇ?さっきぃ?体験してらったと思うんだけどぉ・・・ねぇ?この世界ねぇ・・・バグってんのぉ」
「はぁ」
「バグはねぇ・・・この世界の人じゃぁ・・・感知できないからぁ・・・君ぃ・・・手伝ってくれないぃ?」
「はぁ」
「あぁよかったぁ・・・じゃぁ・・・よろしくねぇ」
やたらと間延びする会話が続きなんやかんやで彼に協力することになった。
・・・・・・・・・
「次は何処だ?」
地図をばさりと広げて目的地の確認をする。バグを感知できるのは彼だけで干渉はできないらしい。
逆に感知はできないが干渉と修復の為にバグに手を突っ込めるのが俺だけらしい。
この世界の人は当てにならないらしいので異邦人の俺はできるだけ接触を避けて仕事をこなさなければならない。
「あぁ・・・っとぉ・・・南方に五キロ位かなぁ?」
彼は俺に分かりやすい様に距離を言いなおしてくれている。曰く言語野もこちらに合わせてくれているそうだ。全然わからん。
「じゃあ跳ぶか?」
「そうだねぇ・・・そっちの方が早いねぇ・・・」
彼を背負う。見た目以上に軽いのでちゃんと食べているのか気になった。
そのままの状態で手ごろな石ころを手に持って木に適当に投げつける。
五回程繰り返すと石ころが幹にめり込んでいくのでタイミングを見計らって枝を折ると幹が吹っ飛ぶのでそれにしがみつく。
そこそこ高い高度まできたら方角を確認し向かいたい方向の逆方向へ幹の石ころがめり込んだ部分を蹴ると石ころが飛び出してくるのでそれに乗って跳ぶ。
「着地はぁ?」
「大丈夫」
目的地の上空に来たあたりであらかじめ用意しておいたパラシュート擬きを広げて減速し、左右から出ている紐を良い感じに引くと慣性など知った事かと言わんばかりに急停止する。
良い感じの場所に着陸した後はバグ探しだ。めぼしい段差やオブジェクトには蹴りを入れたり石を投げこんだりし続ける。
バグが見つかるまでひたすらに続ける。
五回夜が明けた頃。あらかためぼしい段差を調べ終えて平らな部分を確認し始める。平面は蹴るのが難しいので木の枝でつつく。ひたすらにつつく。
更に三回日が昇った。地面がつつかれた跡でいっぱいになったので壁の確認に入る。タックルだ。ひたすらに壁に向かってタックルをするのだ。
痛いかと思うかもしれないが全然痛くないのだ。何故かと聞かれてもわからないが痛くない物は痛くないのだ。深く考えない事にする。
壁の手が届かない当たりは木の枝を良い感じに突き刺してぐにぐにすると破壊不能オブジェクトになるのでそれを足場にして壁を昇り壁を殴る。
ひたすらに殴った。ひたすらにタックルし続けた。
そして七回夜が来た。
「全然見つからないんだけど?」
肩で息をしながら夕食を取る。今夜はクラムチャウダーとバケットだ。胡椒の効いたキノコ入りクラムチャウダーをバケットで掬って食べる。
「おかしいですねぇ・・・この辺りのはずなんですけどぉ・・・」
彼は鍋を混ぜる為のお玉をダウジングロッドの様にみょんみょんと動かしている。
彼が作るご飯が美味しいのはいいのだがいかんせんバグが見つからないのは問題だ。これではいつまでたっても終わらない。彼曰くここの他にもまだまだあるそうで、放置すると何処かの誰かの何かが増殖したり床や地面にめり込んだりポリゴンの隙間に挟まったあとの反発ですっ飛んだりする事が発生するかもしれないという。
俺は何故か痛みを感じず怪我もしないが、俺が何もしなかったせいでこの世界の住人が痛い目に会うというのもいただけない。
結局は何処かの誰かである事に代わりは無いのだが不幸を被る人が少しでも減るのは良い事だ。
「ぬわー疲れた!今日はもう寝ようぜ!」
勢いよく木匙を投げる。自分で作ったやつだが表面が少しけば立ってきていたのだ。明日新しい物を作ろう。
・・・・・・・・・
「えぇ・・・」
朝起きるとそこにはここ数日で見慣れた青空と宙に浮かぶ木匙があった。
「空中はぁ・・・初めてですねぇ・・・」
彼の言う通り今までは木の中だったり岩をどけた下の裏側だったり段差の角だったり壁だったりと色々あったが空中にバグがあるのは初めてだ。
「これは・・・どうしたものかな」
木匙が浮いているのは地面から三メートル程離れた場所だ。つま先立ちをしようが届かない。俺は彼を肩車できるがそれでは干渉と修繕が出来ないし彼は俺を肩車できない。
「しかたない・・・」
その辺の良い感じに平らな面がある岩を組み合わせて台を作る。何とか手が届く位置だ。少しぐらつくのが怖い。痛覚が無いからと言っても恐怖心が無いわけではない。
止まっている木匙を軽くつつくとプルプルしはじめた。
暫くプルプルが続いたかと思うと唐突に回転を始めて何処かへとすっ飛んで行った。
目印は無くなったがおおよその場所は覚えている。
腕をわさわさと動かして場所を絞る。何回か引っ掛かりがあった。
「これは・・・なんかが透明化してるのか?」
引っ掛かった場所をさらに調べる。引っ張ったり、押したり、殴ったり、ぶつかったり、石を投げたりした。
何回か石を投げると引っ掛かった様に空中に静止する。場所が分かったなら後は症状の確認だ。めり込んだりポリゴンの狭間的なそういうのだったり増殖だったりが多いが空中静止と透明化と言うのは初めて見る。何らかのオブジェクトが何らかの理由でテクスチャバグを起こしてしまったのだろうか。だとしても空中で静止するのはどういう事だろうか。
「わかんないけどぉ・・・はいこれぇ」
手渡されたのはメジャーだ。伸ばした先を透明化オブジェクトの引っ掛かり部分からグリグリと押し込んでいく。
三メートル程伸ばした所でメジャーのロックを外して戻す。
一メートル程戻した所で先端が引っ掛かり中ほどからメジャーが伸び始める。
それをロックして良い感じに引っ張ると更に伸びるのでどんどん伸ばす。
五メートル伸びた所でロックを外すと透明化オブジェクトに一瞬で色がついていく。
「わぁ」
でかい亀だった。
全長四メートル程の大きさのリクガメだ。引っ掛かっていたのは甲羅の縁だったようだ。透明化が解けると同時に空中静止バグも解けたのかズシンと地面に落ちた。
その衝撃で岩の台がぐらつく。
「おっとっと・・・」
なんとか台から飛び降りて着地する。亀は上手い事腹から着地できていた様で驚いたのかひょこひょこと逃げて行った。
「今度からはぁ・・・脚立も用意すべきですねぇ」
「・・・できれば安定性重視でアウトリガーの付いたやつがいいな」
彼はその辺の適当な棒きれを拾い上げてまたダウジングの様にみょんみょんし始めた。
このバグ取りがいつまで続くのか一凡人である自分にはわからないが一つだけ思う事はある
「仕様変更とか無いといいなぁ」