第九話[孤独とは]
「私はめげない、必ずウソをついてみせる。」
みなさの特訓は、午後になってからも続いた。おれも手伝おうと思ったが、突然ロナウドに止められる。
「なんだよいきなり。」
「手伝ってくれてありがとう。ここからは僕一人に任せてはくれないか。」
彼が真剣なまなざしでおれを見つめるものだから、思わず首を縦に振った。
「ありがとう、不意にバボイが心配になってね。先ほどから異質な声が、いくつも聞こえてくるんだよ。」
「ちょっ、怖いこと言うなよ。」
「いたってまじめだ。しかもそれは、バボイに向かって動いている。もしもの時のため、バボイのそばにいてやってほしい。」
そこまで言うなら、おれは意を決してそこへ行くことにした。
「さあ、なるべく早めに頼む。手遅れになる前に。」
おれは言われるままに走って、キッチンに向かった。ドアは開いたままで、突如焦げるような香ばしい匂いがしてきた。
「ほらバボイ、できたベリよ。」
お皿に入れたのは、バターがのったはちみつ漬けのパンケーキ。さらに小皿のブルーベリーを横に添えて、
「イタダキマス!」
バボイはそれを、四つの手を出してもって、一気に口の中に流し込んだ。食べた後目を輝かせて、お替わりをお願いする。
「いっぱい作るベリからな。」
のんきなもんだ、バボイに危険が迫っているかもしれないというのに。おれは千秋に声をかけ、事情を説明する。
「ロナウドによると、もうすぐ何かがこっちにやってくるみたいなんだ。」
「お前も大変ベリな、死神とかじゃないのかベリ?」
「死神は単独行動だ。聞こえるのはたくさんの声らしいんだ。」
「まあ心配すんなベリ。ここにいる一匹の息子は、ちゃんと僕が守ってやるベリ。いざとなったら、このずっしりしたお腹で……。」
彼がそう言いかけたとき、足音が聞こえてきた。おれは額に汗をかく。
「千秋、誰かがこっち来るぞ。」
くそ、こうなったらやるしかない。おれは助走をし、ドアを超えて、勢いよくそいつへぶつかった。すると、おれは何か柔らかいものに挟まった。やばい、気持ちいい、やっぱこの濡れたようで籠った匂い、たまらん。
「寝起きなのに、ふっ、ずいぶんな、ああん、ご挨拶じゃないか、うおりゃー!」
胸から引っぺがされ、地面にたたきつけられた。
「いてて、何だ死神かよ。驚かすなって。」
「いや謝れ、貴様がまず謝れ!」
「今見えないものに、ゼオが挟まれていたってことは、そこにいるベリな死神。」
やかましいおれたちを、バボイの一言が沈黙させた。
「コノオンナ、ダレ。」
おれは耳を疑った。まさか死神が見えるのか。
「おい、バボイとか言ったな。私が見えるなら返事をしろ。」
「バッチリミエル、オマエダレ!」
死神は深くため息をする。
「自殺でもしようと思っていたのか?この城の住人には参ったものだよ。」
「ボク、マダシニタクナイ。」
「嘘をつくな、それではなぜ私が見える?」
確かに、死神は死ぬ間際の奴、もしくは転生者にしか見えないはず。死神の反応からして、転生者ではない。おれは頭の中で、これまでのことを思い出す。
「なれないことはするなベリ、どうせお前の推理は当てにならんベリ。」
「黙ってろ、今真剣に考えてんだから。」
何か妙だ。いくつも聞こえてくる声、それなのにおれの耳には、みなさの悲鳴とロナウドのスパルタ声しか聞こえてこない。こっちに向かっているなら、多少聞こえてくるはずだ。おれはキッチンの小窓から、外を見て、空と海を交互に見る。飛行機やヘリなどが見えるわけでもなければ、船がやってくるわけでもない。ということは島の中のものだ。声だとしたら、意思を持たない家畜の豚や牛でも、植物でもない。さらにもう一つ、異質な声と言っていた。自身が無形兵器の癖に、その彼すらが異質という。待てよ、無形兵器。奴らは人の無形を食べたり、自分たちのいいように変えたりする存在。それは言葉に沿った行動に、能力を持っている。この前死神と話していた時も、確か変な奴らが……。
「ああ!」
今日こそは本当に分かってしまった。おれは息を吸って、大声で叫んだ。
「おれなんか一人でいた方がましなんだあ!」
さあ、正体を現せ。おれはここだ。
「ウーサギウサギ。」
「ウーサギウサギ。」
辺りは闇に飲まれ、その中にバボイも死神も千秋も、皆囲まれていく。
「なんだベリよこれは!」
「なるほど、こいつは特殊な生き物だな。」
ドーム状に飲み込みながら、おれたちの全方向を塞いでいく。その中、死神はおれに話を続けていた。
「冥界の死亡者リストに、謎の死因を見たことがある。そこにはこう書いてあった。」
薄暗い地面から、植物のように奴らが生えてきた。
「孤独に殺されたと。」
奴らはおれたちの前に姿を現した。それも数えきれないほどに。奴らはおれたちに口々に呼びかける。
「やっぱり正解だった、ウサギを立ち直らせて。」
「あのまま崩壊してくれても良かったけど。」
「やっぱエサは一匹よりも三人。」
「いや彼はブルドック、三匹だよ。」
千秋は近くの黒ウサギにのしかかった。
「誰がブルドックベリか。」
しかし千秋をすり抜け、そのまま床にぶっ倒れた。攻撃が当たらない。
「いい気味だね、ははは。」
「負のオーラを掴めない限りは無理だね。」
一匹の黒ウサギが千秋に近寄る。
「パッパニサワルナ!」
バボイは四つの手と二足の足をはやし、奴らに殴りかかった。
「大物が釣れたね。」
とっさに奴らは対象をバボイに変更し、次々に襲い掛かっていく。
「すごいよ、ここまで負のオーラにあふれているなんて。」
「孤独に埋もれて死にな、よくここまで頑張ったよ。」
「バボオオオオ!」
残響が響き渡る。バボイの死相が見えていたのは、こいつらが原因だったのか! おれはがむしゃらにウサギを蹴る。しかし、何度やっても奴らに歯が立たない。
「くそ、くそ、せっかくみなさが頑張っているのに、バボイの支えになろうとしているのに!」
おれは心の中で、悔し涙を流す。くそ、おれは結局無力のままかよ。おれはそこにうずくまり、この場からの逃避をする。そう、やっぱりこの方が楽なんだ。だがその時、
「あきらめるな、お前には私がついている。」
声をかけたのは死神だった。おれは我に返り、死神に気持ちをぶちまけた。
「死神、やっぱおれ悔しいよ。このままじゃ、皆が積み上げたものが、めちゃくちゃになっちまうよお。」
死神は黙ってうなずき、バボイの元まで行って黒ウサギを蹴り飛ばした。蹴った?
「あいつらに触れられんの、おまえ?」
死神はバボイにたかる黒ウサギの群れを蹴りながら、おれの話を聞く。
「なんでずっと突っ立ってたんだよ、あれか、見せ場でもねらってたのか、ええ?」
「だって、痛いげなウサギを蹴るなんて私にはとても……、命令がないとできないわ。」
「ぶりっこしてもお前はアラフォーだ。」
「な、私はまだ若いぞ! 人間界で言う二十代だ。にしても、なかなか減らんな。」
「体重か?」
「違う、このウサギたちの数だ。」
確かに見たところ、このままでは切りがない。けどやっつけなければ、死神以外ここで全滅だ。
「まさか君ごときが、念力を使えたとはね。」
「抵抗はしないで。大丈夫、君らの孤独は一人残らず、」
「僕らが肥大化させ、食べてあげる。」
変な勘違いをされているが。
「腹の足しにしかならないけど、」
「君もやっちゃおう。」
奴らの数匹が、おれに向かって襲い掛かってきた。おれはそいつらに背を向け、ひたすら走る。狭いと思っていたこの空間、水平線と同じように終わりが見えない。
「こいつらを倒すにはどうしたらいいんだ。」
おれは走りながら、辺りを見渡す。千秋が心配だ。あいつ、あの身体だから走れないし、大丈夫なのか。案の上襲われている。
「おいゼオー、いるなら聞いとくベリ。」
千秋、一体何を。
「僕のことはいいから、奴らをどうにかすることを考えろベリ! 止まるんじゃねえぞ。」
くそ、死亡フラグなんか言ってんじゃねえ、誰一人死なせない。おれは方法を考える。実態はないと言われてはいたが、ロナウドには触れることができた。ならイチかバチか、こいつに質問してみる。
「お前ら、無形兵器なのか?」
奴らは丁寧に答えてきた。
「いかにも僕らは無形兵器。」
「食らう対象は孤独、その無形兵器。」
奴らが距離を縮めてくるのに対して、おれのスピードはどんどん落ちていく。息が苦しい。
「食べるだけなら殺す必要ないだろ。」
「それがあるのさ。」
奴らは全く表情を変えない。
「いいかい、人の孤独は永遠なんだ。」
「さみしいことじゃないよ、普遍的な事実。」
とうとうおれのそばに並んだ。
「人は寂しいと思うから仲間を作る。」
「かまってほしいと思うから言葉を交わす。」
「誰かに認めてもらいたいから頑張る。」
おれの前を数匹のウサギが阻む。そうして横のウサギと広がっていき、気づけば囲まれていた。
「生きる動力源は、結局のところ孤独という言葉なんだ。」
「誰もがこの言葉のようになるのを恐れて、死ぬまでに一度は必ず、誰かとかかわろうとする。」
「それをなくしてしまえば、人としての意欲も関心もなくなり、食われていくうち、この世のすべてがどうでもいいと思って、自殺しちゃうのさ。」
囲まれている。こんなのたやすく抜けられるが、体力が尽きて食われることになるよりも、限界まで引き付けて逃げる。その間に、一筋の光を見つける。
「君もお友達出来なくて辛かったんだろう?」
「寂しがりのウサギさん。」
そうだ、おれは寂しがり屋。今までもこれからもきっとそうだ。ずっと孤独だったおれは、ここにきて気持ちをさらけ出せた。そして、死神や仲間に出会えたんだ。だから、おれの孤独癖も少しずつ治ってきている。待てよ、孤独とそうなる癖。
「もしかして、」
おれは囲んでいた奴らから抜け、千秋と死神がいるウサギの群れの方へ駆け出した。
「あきらめてえさになる気になったの?」
おれは死神に声をかけていった。
「死神、おれを手伝ってくれ。」
死神は一旦バボイを置いて、二人で一緒に群れという群れを突っ走る。おれは説明をした。
「奴らは何かに作られたもの。異形とはあるが、あの通り形が与えられている。ってことは、創作者が自由に触って修理できるように、触れることのできる本体があるはずだ。だから、そいつを暴き出す。」
「どうやってみつける?」
おれはどや顔をしてこう言う。
「孤独なやつが考えそうなことを、二人で言うんだ。奴らは孤独という言葉に沿って作られた兵器。だったらその気持ちは、」
死神は少し笑って頷いた。
「私たちが知っているな。」
おれはウサギの群れを見回す。死神はおれを見ていった。
「孤独人間の考えること、その一。」
おれは千秋の方を見て、こういった。
「自分の気持ち優先。」
おれは千秋を見る。ウサギの中、不規則に動く連中を見つける。今度はおれが死神に言う。
「孤独人間その二、」
「素直になれない。」
おれは死神を見た。なんだかんだ言って、こいつはいつもおれを助けてくれるな。そして、この言葉のように、群れに入れないでもじもじしている黒ウサギが一匹。今度は死神がおれに言う。
「孤独人間その三、」
「優柔不断!」
って自分で言っておいて、誰のことだよ。おれを見てくるな死神。さっきの黒ウサギがあっちへ行こうかこっちに行こうか、首をきょろきょろさせている。おれは奴を首で指し、死神に合図する。死神はうなずき、そいつの元に直進しながら叫ぶ。
「孤独人間その四、」
死神は飛び上がり、そのウサギに向かってダイブする。おれはそいつが逃げないように見張った。そして、
「「いつだって仲間を探している!」」
声をシンクロさせたと同時に、そのまま死神の胸部で、黒ウサギを押しつぶした。奴は発狂したように叫んだ。
「うああああごちそうさまでええす!」
そういって、そのまま気絶した。案外あっけなかった。
死神は黒ウサギからどいて、もう一度、今度は暖かく抱擁する。
「貴様が言葉かなんて、この際どうだっていい。寂しかったんだよな。」
心おおらかですな死神さん。そうだ、二人は無事か? 振り返ると、千秋とバボイが付かれたのか、あおむけになって倒れていた。
「しばらく寝たら、もっかい昼ごはんベリな、バボイ。」
「パッパ……、ウレシイ。」
突如、この空間にひびが入り、音もたてず崩れていった。そして、おれたちが元居たキッチンに無事戻ることができた。この戦いはものの数分で終わったのに、なぜかこの景色は、とても久しぶりな気がした。
続