第七話「ありのままで」
僕はギルドマスター、ベリーグット。髪はブラウン掛かった金髪で、顔は誰もが憧れる美男子。おまけに背が高く、装備もお金もある。町へ出ればちやほやされ、皆僕をあがめたたえる。そう、これが僕なんだ。何物にも邪魔されず、束縛されない。この空間こそが、僕がいるべき世界、ユートピアなのだベリ。
「嘘の世界の心地はどうだい?」
そこへやってきた異世界からの部外者。耳を貸す必要はない。三次元はこっちで、あっちは二次元のキャラクターなのだから。僕は大声で挑発する。
「絵に描いたキャラクターは黙ってろ、しゃべる価値なしベリ。」 仕返しもくそもないよな。何にも怖くないベリ。
「君も、絵に描いたような絵空事を言うのはもうやめるんだ。」
甲高くてハスキーボイス。挑発してんのか、むかつくやつベリ。
「阿保、ぼけ、カス、お前なんか、ハッピーマウスの声まねした出来損ないベリ。」
すっきりしたベリ。そういえば最近、ウサ子ちゃんはログインしてこないな。うさ耳で短髪の、かわいいバニーガールだったけどな。まあかわいい子は腐るほどいるからいいベリ。さあ今日も元気に大冒険ベリよ。あれ、おかしいベリ。僕はパソコンを揺さぶる。いくらそうやっても動いてくれないパソコンに嫌気がさし、とうとう床にたたきつけた。
「フリーズかよ、ふざけんなベリ!」
こんなパソコンいらんベリ。パソコン室から新しいのとってくるベリ。オンライン上のデータだし、アイディーさえ覚えていれば万事グット。でも取りに行くのしんどいベリ。最近トイレに行くときはよく息が上がるし。ここはスマホの方でプレイをするベリ。僕はスマホの画面を立ち上げた。
「とでも思っているのかい?」
びっくりしたベリ。画面にピエロがドアップベリ。
「君の考えはお見通しさ。でも僕もあんな風に侮辱されて黙っているわけにはいかないよ。君のパソコンは、この家の回線をずたずたにして使えなくしてやった。」
僕をコケにしやがって。どこからハッキングしやがった。
「君が使えないといったパソコンからさ、すごい業だろう?」
「てめえ、なんで僕の思っていることに返答しているベリ。」
「いやまあそれは置いといて。」
いきなりスマホの中から、ピエロみたいなそいつが飛び出てきた。
「驚かせてごめんね、僕はロナウド・ワイズ。君を助けに来たカウンセラーさ。」
「カウンセラーなんて雇っていないベリ。」
「雇う? 違う、君は世界に選ばれたんだ。」
何を馬鹿なことを言っているベリか。
「君にそのネトゲの腕を見込んで頼みがある。今世界を蝕む兵器、が世界を脅かしている。そしてそいつは、ウサギの形をしている。」
待てよ、そいつってもしかして。
「こんなことしている場合じゃないベリ。」
そうだ、奴をやっつけ、僕は世界のヒーローになる。やっぱあのゲームの世界が偽物ベリ。僕はやっぱりこの世界の選ばれしもの。その運命の元に生まれた主人公なんだベリ。
「さあ、行くぞ。」
ピエロの言葉に従い、部屋を出て螺旋階段を上がることに。はあ、腰いてえ、体が重い、目がかゆい、頭が痛い。苦しい、もうダメ。
「こら、まだ三階だ、こんなことではヒーローに成れないぞ。悪い子だなあ。」
けど苦しいんだベリ。気が付けば、その場に倒れこんでいた。目から涙がにじみ出てくる。悔しい、自分のうちの階段すら、僕は登れなくなっちまったベリか。
「その気持ちをばねにして、立ち上がれ。」
くそ、こうなったら四つん這いでも階段を登り切ってやる。この僕を誰だと思っている、世界的有名な画家、浜辺千秋様だベリ。なめんなベリい!
「はあ、はあ、疲れた、やっと五階に上れたベリ。」
さて、あのくそウサギはどこにいるベリか。
まさかあいつが不運の元凶とは。だが考えてみればあいつ、勝手な行動ばっかりとってる。
「考えてみたら腹が立ってきたベリ。ぜえ、ぜえ。あいつの部屋は……。」
あたりを見回し、少し小さい扉を見つけた。
僕はドアを蹴り飛ばそうとした。しかし、バランス感覚がつかめなくなり、勢いよく後ろに倒れこんだ。起き上がろうと状態を起こそうとするが、お腹がつっかえて起き上がれない。
「うああん!」
畜生、もはや物を蹴ることも起き上がることもできなくなったベリか。近くでピエロが、ため息をついて僕を見る。
「小説の比喩では、こんな時ピエロは大笑いするものだけど、とても笑えないな。」
ピエロは起き上がって前の見れない僕を覗き込んだ。
「この先には、君が長年待ち続けた人がいる。そういえば立ち上がれるかい?」
まさか、死神の奴、本当に羽美ちゃんを生き返らしたベリか。なら今、あのくそウサギは中で、羽美ちゃんを襲っているんだベリな。僕は体をうつ伏せにし、方向を半回転させ、扉をノックする。
「この悪魔ウサギ、その扉を開けろ!」
僕は最後の一声を発して開けるのを待つ。
「誰が悪魔だこのブルドック眼鏡!」
声が聞こえてくるとともに、僕の顔面にもろに強い衝撃が襲ってきた。
「角の部分をぶつけやがったベリなあ!」
ウサギに一発食らわそうと、こぶしを振り上げ、立ち上がろうとした時だった。
「千秋ちゃん。」
僕をちゃん付けで呼ぶ、追憶の中のたった一人の子。僕は呼ばれた方を向く。間違いない。優しそうな眼付に、包み込むように暖かい笑顔。
「羽美ちゃんが返ってきたベリー!」
僕はでかい図体をゆっくりとおこし、羽美ちゃんを壊抱した。涙で目が見えんベリ。町に待ち続け、やっと、彼女に会うことができたんだベリ。だが、不自然さもここから始まっていた。
「離れて……ほしいですわ。」
彼女は目線をしばらく逸らし、うつむく。しばらくの間があった。僕は手を離し、彼女から離れた。
「ごめんな、この体は汚すぎたベリな。でも大丈夫、すぐに元に戻すベリよ。」
「だまらっしゃい、この雄豚が!」
今、彼女が口を動かしたタイミングと、言葉が聞こえたタイミングが一緒だったベリ。僕は耳を疑った。すぐに本人に確認する。
「嘘ベリよね、冗談ベリよね。」
彼女は昔から、少しだけドSなとこがあったから、挨拶だベリきっと。
「でも羽美ちゃん、その挨拶はあんまり、」
言い切らない間に、僕は平手打ちを食らった。その時の彼女は、なぜか目をつぶっていた。なあ、僕の顔は以前よりも、さらに醜くなってしまったベリか?
「女々しい……ですわ、吐き気がしますわ。」
止めてくれベリ。距離を取らないでほしいベリ。どうして近くにいるのに、今の君とはこんなに距離がある? いつも僕を可愛がってくれた君の愛は、その程度だったベリか。
「いつも、思ってましたの。あなたはほっぺを震わせる、汚いブルドック眼鏡と。」
「ゼオ! お前この子を洗脳しているベリな。」
僕はそばでじっとしているくそウサギにどなった。奴は答えた。さあ悪魔の言い訳とやらを聞こうじゃないかベリ。
「今は何とでも言えばいいよ。ただ彼女の言葉を聞いてやってくれ。」
僕が聞きたかったのはそんなセリフじゃないベリ。僕はウサギの方へ歩き、そのまま奴に向かって倒れこんだ。
「ふとどきものは成敗してやるべリ。」
さあ悲鳴をあげて、僕に命乞いをするベリ。
姫を救いに来たヒーロー、千秋様にな。
「その子、千秋ちゃ……あなたの友達ではなかったんですの?」
羽美ちゃん、僕何となく気づいているベリ。
「天国にいた君に何が分かるベリ。」
変だと思っていたベリよ、さっきからコロコロ態度が変わりまくってよ。何か隠しているんだベリよな。僕に言えない諸事情を、このくそウサギと一緒に隠しているんだよな。
「君が僕とバボイをおいていったことで、どれほど寂しい思いをしたか、わかってんのかベリ。」
彼女は眉をひそめ、僕を睨みつけてきた。
「そうか、君も他の奴らと同じなんだベリな。どうせ僕のこと、私がいなきゃダメな存在とでも思っているんだろベリ。この際だから言うベリ、僕はね、」
僕を退屈から救ったウサギも、僕をパパと呼んだバボイも、人生の糧となった羽美ちゃんも、もうどうだっていいベリ。
「偽善者のお前らなんて、いなくても生きていけるベリ!」
言ってしまったベリ、けどもう吹っ切れたベリ。そういう意味では感謝するよ。僕は重たい体をゆっくりと起き上がらせ、小さな入り口からこの部屋を出た。もう、何もかもどうでもいい。新たな人生を生きなおすんだベリ。
「うあああん!」
女の子の泣き声が聞こえてくるベリ。ざまあないぜ。僕をたぶらかしたクソビッチが。面白そうだから盗み聞きするベリ。僕は廊下で、くそウサギの部屋に耳を当てた。
「どうしましょう、嫌われてしまいましたわ。覚悟はしていたのに、とても辛いんですの。」
「おれには何も言う権利もないよ。ただ言えるとすれば、お疲れ、お互いに。」
僕の方が辛くて寂しかったベリよ。
「ゼオちゃん、私、今から少しだけおしゃべりになりますわ。死神ちゃんが起きる前に、聞いていただけます?」
「いいぜ、最後まで聞いてやる。」
一体、何を話すんだ。
「昔々、とても裕福な貴族の娘がいました。その子は周りの人の言葉をまね、変わった言葉使いになったんですの。それが原因で、貴族の小学校にいた頃は、ずっといじめられていました。」
その娘、絶対君のことベリよね。
「中学に入ってもなくなることなく、その闇は押し寄せてきました。しかしそこへ、一筋の光がさしたんですの。」
照れくさいこと話すなベリ。
「レポート発表をした時、このしゃべり方にほかの人たちは笑っていたのに、たった一人、笑わずに、そして周りの空気に流されず、絵を熱心に描いている人がいたんですの。気になって、女の子は放課後、美術部に彼がいることを聞き、そこに出向いて話しかけてみたのですわ。あなたは何を描いているのと。そしたらね、」
笑っているのかベリ。
「君があまりにも可愛いものだから、スケッチしたベリって。どんだけまっすぐで一途なんですのよ、ふふっ。」
幡多から聞くとサイコパスベリな! でも、なんだかからかわれているのに、ちっとも悪い気がしないベリ。
「そこがかっこよくて、彼に恋に落ちたんですの。それからも彼はいつだって、一つのことに一生懸命だったのですわ。その情熱は尽きず、私を一途に思ってくれるくらい。」
「分からなくもないかな、あいつ、絵だけじゃなくて、料理を作る時も、ゲームするときもそのことだけに夢中になる。世話のやける奴だ。」
お前こそ世話のやける奴ベリよ。悪魔のくそウサギが。その次に、ゼオは僕にとって、衝撃な告白をした。
「けど、おれはあいつを助けてやりたいし、信じてやりたい。あいつ自身が一番苦しいはずなんだ。ずっととらわれていた、あんたのことばかりを考えたままで。」
何でベリよ、僕、気分がいいときだけ仲良くして、都合が悪くなったら八つ当たりするのに。僕の頬を伝う涙が一粒、自分の気持ちを気づかせる。
「別に千秋ちゃんのことじゃなくってよ。」
「誰が聞いても千秋ってわかるから無理すんな。」
そんな風に僕を思ってくれていたんなら、もっと素直に言ってくれた方がよかったベリ。どうして僕に言わないベリ。僕には都合のいい嘘をついて、本当に子ども扱いしていたベリか。
「そこにある気持ち、本人たちにいったらどうだい?」
ふと横を見ると、ロナウドが立っていた。
「君は二人に、本当のことを話してほしいんだろう。今の君は、二人に心が弱いと思われているんだ。だから、君自身が大丈夫だと言ってあげないと、何も話してくれないぞ。」
僕はドアの前に立つ。さっきとは違う、入りづらい雰囲気の中。僕は扉に向かって叫んだ。
「羽美ちゃん、ゼオ、聞こえているベリか?」
すると勢いよく扉が開いて、ゼオが出てきた。ゼオは僕を見るなり、申し訳なさそうに質問してきた。
「今の話、全部聞いていたのか?」
僕は頷いて、その後すぐさま土下座をする。
「さっき、押しつぶしてごめんなさい。僕、君と羽美ちゃんから真実が知りたいベリ。もう悲しんだり自殺したりしないから、本当を聞きたいんだベリ!」
「顔をあげてくれ、千秋。」
ゼオは優しくそう言ってくれた。そして、「ほんとすいませんでした!」
今度は彼も土下座を始めた。そして、続けて話した。
「おれ、ずっと君に嘘をついていた。羽美ちゃんがここにいるのは一時的で、ほんとは生き返らないんだ。あの日、死神への質問のつもりでも、軽率に口走っちゃってほんとにごめんなさい。」
「僕の方こそ、本とはどこかで嘘だろうとは思っていたけど、ごめんなさい。」
「とにかくごめんなさい。」
僕らは互いに顔を見合わせると、思わず吹き出し、笑ってしまっていた。そう、清々しいぐらいに、心はハレバレ……。
「って、羽美ちゃんにも謝らなきゃいけないベリよ!」
僕はウサギを手でどけ、部屋に入った。すると彼女と、互いに顔を見合わせた状況となった。彼女は僕を見た途端、物凄い勢いで抱き着いてきた。彼女の眼は涙でいっぱいだった。
「千秋ちゃん、ごめんですわ。わたくし、千秋ちゃんが嫌いじゃなくてよ。千秋ちゃんが私から嫌われることで、自立できると思ってやったことだったのですわ。」
僕も彼女を抱きしめ、ためていた涙を開放した。
「そんなのどうでもいいベリ、君が僕を嫌っていなくてよかったベリいい!」
僕たちは泣いた。涙が枯れるまで泣いた。しばらくして、二人が泣き止んだころ、誰かが扉をノックした。僕が開けると、そこにはエプロンを着たピエロが立っていた。
「ゼオによると、死神は強制送還されたみたいだ。死神がいないと成仏できないよね、君。」
羽美ちゃんは黙ってうなずく。
「それまでの間だけ、バボイと三人で夕飯を食べなよ、あの日々のようにね。」
それはありがたい話ベリ。僕は羽美ちゃんを連れて、一階へ降りていくことにした。僕は心に誓う。この日を絶対忘れないベリ。そしてこれからは、羽美ちゃんがうらやましくなるような生活を送ってやるベリ。
続