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転移ウサギのリアルワールド  作者: 山田太郎
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第三話「転生の条件」

 あれから奴は、死神のことについてしつこく聞いてきた。隠すメリットもないので、これまで自分に起こったことを話した。死神に自分がウサギとして転生させられたこと、前世の記憶が残っていることなどを。しかしこいつは疑う様子もなく、すべて信じてくれた。

「するとやはり、死神は死者の蘇生が可能なんだベリな。」

 奴はさっきとは人が変わったように目を輝かせていて、おれは頷くしかなかった。

「待っててくれよ羽美ちゃん、眠り姫の君を助け出してやるベリ。」

 ああ、奴の気持ちを顧みない発言をしてしまったからには責任を取らないとだめだ。不安に固められるおれに、奴は調子のよい声で話しかけてくる。

「ところでウサギよ、君の名前を教えるベリ。僕の名前は言ったのに不公平ベリ。」

 おれはその問いかけに本名でこたえようとしたが、何せ変哲のなさすぎる名字に名前、山田太郎だ。ここは一つ、おれの好きなアルファベット二つに、世界という意味の英語をくっつけて、こんな名前にするか。

「ZとOで、ゼオ・ワールド。ゼオでいい。」

 おれのネーミングセンス、マジパねえ。すると奴は親指を立ててこう言ってきた。

「ベリーグット! それ、いい名前ベリ。」 

 ついさっきまでなら、阿保みたいな名前とかいうやつだったのに。けどこっちの方が優しそうでいいや。おれは小さな手を奴、いや、彼に差し出す。彼もそれを優しく握った。

「よろしくな、千秋。」

「こちらこそベリ、ゼオ。」

 窪みからささやかに、照明がおれたちの握手を照らしていた。ただそれは、おれの毛に埋もれた手汗すらも鮮明にしているように見えた。

「それじゃ、夕飯にするベリ。」 

 気持ちを紛らわすためにも、おれは螺旋階段を下りる千秋についていく。一回まで下りきると、小部屋に通じている小道があった。そこを進み、右手にある木製扉の先に進むと、大きな台所に続いていた。そこには、パンを焼く古めのオーブンに、ご飯を炊くかまど、そしてなぜか、おれの十倍もありそうな無駄にどでかいフライパン。その他もろもろがそろっていた。んで一番びっくりしたのはこれ。

「見るベリ、超ハイテク冷蔵庫ベリ。」

 彼は自慢げにそういう。だが少し上から、奇妙なうなり声が聞こえる。そこにおれは、首筋に冷汗を感じながらちらっと目を向ける。おれはすぐさま千秋の後ろに隠れた。千秋は笑う。

「生きた冷蔵庫、バボイだベリ。ぷぷっ。」

 いや化け物だよ! 毛むくじゃらの化け物だよ。腹部には、食べて消化されていないと思われる冷蔵庫がうっすらと形作られている。奴は不規則に並ぶ上下の牙をこすりながら、よだれを垂らし、丸くて黒い瞳でおれを見つめている。ウサギはおいしくない! ほらあっち行け、しっしっ。

「大丈夫ベリよ、奴は羽美ちゃんになついている。だから彼女がちゃんと僕らについていれば……、」 

 えっ? その子が一体どこにいるっていうんだい? 突如、千秋の顔が青ざめる。

「客人が来たらね、不思議冷蔵庫って、アトラクションのノリで紹介してたべリ。けどそれはあの子にバボイがなついてたできたわけで。」

 バボイさん、四つの手が生えてきました。

「あの子がなくなって、部屋にこもっていた僕は宅配の食品ばかりで、台所に来なかったベリ。」

 バボイさん、足をはやしました。

「だから今まで、無事でいられたベリよ。つまり、」

 バボイさん、犬が毛を逆立てるポーズでスタンバってます。

「ここから出ろ! 今すぐベリ!」

 おれは一目散に入り口に走った。振り返る間もなく走った。今日走ってばっか。

「僕にかまうなベリ。」 

 後ろから千秋の叫びが聞こえる。振り返ると、彼は怪物の四本腕に拘束されていた。

「どうやら僕はここで終わるみたいベリ。だからよゼオ、」

 彼はおれを真剣なまなざしで見つめながら、遺言を残した。

「止まるんじゃ、ねえベリ。」

 おれは叫んだ。

「団長―!」

 ってなんの茶番だよ尺少ないのに! 奴が千秋にかぶりつこうとした瞬間に、おれはとっさに近くにあったかまどの薪を、奴の口の中めがけて蹴り飛ばした。何とか命中し、怪物はのどにつっかえたのか、千秋を開放し、苦しそうにのたうち回りだした。そのすきに千秋に合図を送り、二人で台所を脱出して、入り口の扉の鍵をかけた。ひと段落ついたおれたちは、そのまま床に腰を落とした。

「はあ、死んでも良かったかもしれんベリ。」

「おれの命かけた行動は無意味だったか?。」

「そうじゃなくて。」

 千秋は壁に寄りかかり、天井を見上げる。

「今死んでおけば、あの子に会えたかもって仮定したんだベリ。冗談ベリよ。」

 おれは内心を的確にえぐられた気分になった。奴は話を続ける。

「バボイは、僕らがいつものように、ダイニングテーブルで食事をしてた時に現れたベリ。」

 千秋はポケットに入ってあった一枚の写真を見せた。そこには彼と彼女さん、毛むくじゃらでギザギザな牙の小さな生き物がいた。

「これはバボイと初めて会った時、羽美ちゃんがふざけて撮った写真ベリ。サッカーボールぐらいの毛玉だったベリよ。」

 おれはそれを受け取り、まじまじと見つめる。うん、犬ではないな。

「あの日、突然開いた窓から飛び込んできて、その日の朝食、すべて食われたベリ。」

 写真には泣いて逃げ惑う千秋と、家のありとあらゆるものを食い漁る姿がきれいに撮られてある。

「食べ終わると、今度は僕めがけて飛んできて、ほっぺにかみついたんだベリ。」

 千秋はだんだんと顔をしかめていく。

「けどあの野郎、羽美ちゃんが止めてと言ったら言うこと聞きよってからに。」

 彼の顔は徐々に真っ赤になっていく。

「挙句の果てに、家の冷蔵庫を丸呑みして重くなったせいで、追い出せなくなったベリ。それでこの家に置くしかなくなって、奴は僕の特権と同等の地位を確立していくんだベリよ!」

 千秋は体を起こして立ち上がった。

「彼女が僕にかまう時間が減り、僕が受けていた恩恵を奴が受ける時間となったベリ、腹立たしい!」

 奴は鍵をかけていたドアを開き、叫びながら中に入っていった。

「今こそ、あの日々に仕返しベリー!」

 度肝を抜かれた。ほんとこの親父、情緒不安定なんだから。おれは扉を閉じようとドアノブを掴もうとするが、こんな手じゃだめだ。おれは千秋に黙とうをささげ、外に出ようと体の向きを切り替える。だがその時だった。

「大丈夫、奴はここでは死なないぞ。」

 床に発生した黒い渦から、死神が仁王立ちで現れた。聞きたいことが山ほどあったが、まずは千秋の死相について聞いた。

「死相はきれいさっぱりなくなっている。貴様、奴に何をしたんだ。」

 死神は笑顔でおれに問う。まことに言いずらい次第なのだけど……。おれは続けてそれを聞いた。

「死者の転生のことを言ってしまって、奴に期待させてしまった? 道理で奴の負のオーラが消えたのか。だがすまない、はっきり言わせてもらおう。」

 死神はうつむき、もう一度おれの方を見て、重々しく言葉を放った。

「彼女を生き返らすことはできない。」

唐突に、あったはずの希望が姿を消した。

「もともと人間は、神様に似せて作られた神聖な生き物だからな。同じ世の中に二度も肉体を与えられるほど、安くはないのだよ。」

 それを聞いてもなお、おれは希望を捨てきれない。死神の方を見て必死に問う。

「それじゃあ千秋は、彼女にもう会えないのか? おい、嘘だよな? 奇跡は起きるんだろ、おれが転生されたように、奇跡が、」

 言いかけたその時だった。

「甘いことを言うな。」

 死神はおれを見て、厳しい顔つきでそういった。

「いいか、命は生きているから命ではない。死があるから命と呼べるのだ。みな平等に与えられた時間を生きている。病気だったからとか、ありんこだから人間につぶされたので生き返らしてくださいとか、そんなのは通用しない。そこで死ぬ運命にあった。それだけでしかないんだ。」

 おれはカッとなって言い返す。

「じゃあどうしておれを転生させたんだよ。寿命だったんだろあの時が!」

「死ぬべきではない命だったからだ。」

 螺旋階段の途中にあるガラス張りの窓から、神々しいほどの光がさす。おれの影は縦に伸びていく。そしてそれは、太陽にひかれていく気がした。死神の声に、おれは我に返る。

「どんな生き物にも、生きている間にやらねばならぬこと、【使命】という物がある。貴様はそれを果たせなかった。分かりやすく言うと、学校の居残り。使命を終えるまでは天国に行けませんということだ。」

 要するにそれが終われば死ねると。おれは質問をする。

「何をすればいいんだよ。」

「それは貴様自身で見つけること。使命の内容は私にもわからん。」

 使命を果たそうにも、それが分からないと。無責任なやつだ。そして分からない以上、千秋に期待させた責任を背負うことからは逃げられない。おれはその場に包まり、頭の中で二人の自分を口論させる。

「おい、正直に千秋に伝えるんだ、おれ。」

「いいや、伝えたら奴はがっかりするぜ。」

 くそ、八方塞がりだ。一体どうしたらいい。

「いやだ、まだ連れていくなあ!」

 おれが我に返ると、死神の足元に黒い渦が発生していた。死神がもがけばもがくほど、より深く沈み込んでいく。

「貴様らも冥界の職員なら、私がいなくても大丈夫だという根性を見せろ。というかお願い休ませろー」

 なるほど、死神が突然いなくなるのは、この渦が冥界へ強制送還させているからだったんだな。とうとう頭と右手以外すべて沈んで、死神は捨て台詞を吐いた。

「社畜はんたーい!」

 死神を飲み込んだ渦は、徐々に小さくなって消えていった。

「これから、どうやって千秋に伝えよう。」

 言葉が漏れた。億劫な気持ちと、言わなければいけないという使命感にとらわれ、おれは今にも叫びたい気分だった。誰もおれを救えない。希望を人に信じ込ませると、それを果たす責任が自分にのしかかってくることを身をもって知る。

「おいおい、くすぐったいベリ。」

 千秋の方を見ると、なぜかバボイとじゃれあっていた。死神が言っていた死にはしないという伏線を当てはめると、バボイは千秋を食べるつもりはなく、遊びたかっただけなのかもしれない。あの頃の写真に写る時間を、もう一度味わうために。見かけに左右され、バボイを分かってあげようとしなかった自分が、少しだけ恥ずかしくなる。

「おい千秋、死んだか?」

 冗談を言って彼の元に走っていく。おれは今迷っている。奴は彼女に依存しているから、生き返らないなんて知ったら、また自殺を図るだろう。おれだって彼に死なれたら後味が悪い。なら彼に希望を見せ、生かしてしまったというおれがやるべきことは、千秋に彼女の死を忘れてしまうほどの楽しい人生を、おれがあいつに教えなければならない。いずれにせよ、おれはもう決めた。

「バボイ、離れるベリ。」

 千秋を優しくなめていたバボイは、頷いて元の位置に戻った。だがちゃっかり、おれのことをじっと見つめているんだよな、怖い。

おれは千秋に視線を戻し、話を切り出す。

「なあ、君にちょっと頼みがあるんだ。」

 彼は表情を和らげ、黙って待ってくれた。

しばらくして、おれはやっと言葉を発した。

「おれもこの家に、一緒に住んでもいいか?」

 すると彼は腕を組み、首をかしげてこう言った。

「どうしようかなベリ、君掃除とかできそうにないベリからな。」

 失礼な、雑巾がけぐらいはできるわい。

「なんて嘘ベリ、いいベリよ。だって人数多い方が、」

 彼は親指を立て、あのへんてこな笑顔になる。

「ベリーグットだからね。」

 おれはひとまず胸をなでおろした。よし、ここからが勝負。千秋の人生を前に進めるんだ。おれはさりげなくこういう。

「ありがとう、それで一つだけお願いがあるんだ。」

 おれは両手をそれぞれ上下に振る。彼は首をかしげる。まあ分かりにくいか。やっぱり直接口で言う。

「パソコンが欲しい、余ってるの無いか?」  

 千秋は首を横に振る。

「それよりもまず今は、みんなで夕飯ベリ」。

 そう言って彼は、エプロンをつけ、夕食の準備を始めた。続


   


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