表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転移ウサギのリアルワールド  作者: 山田太郎
2/10

第二話「裸の王様」

「ここはすべて、僕のおうちだぞ!」

 それは、ここからではすべてを視界に収められないほどの巨大なお城。見える範囲で語ろう。いくつかの長方形の建物に紺色の三角形の屋根、それらを上回る高さのとんがり帽子のような屋根の六角柱、またそれを王冠のような形で囲み、城のがたいをよく見せるバルコニー。一言でいうなら、ハッピーランドのシンデレラ城である。

「これで野原を駆け回る能天気なウサギにも分かったな。僕がこの島の権力者だ。」

 聞き捨てなりませんな。このおじさん、日本語分からないの? 

「あのさ、確かにあのお城を最初に見つけたのはすごいよ。ほめてあげよう。だけどね、だからってあれをお前の所有物だって言い張るのはちょっと傲慢すぎる気がす……、」

 おれの頬をナイフがかする。

「お城を見ただろう? 用が済んだら死んで、今日の晩御飯になれ!」

 目が完全に逝っている。話が通じないというのならリアルファイトと行くか? おれは念のため姿勢を構える。

「なんだ、僕と殺ろうってのか?」

 よだれを垂らし、ニタニタと頬を動かす。完全にサイコパスだよこの人。もう手遅れかと思われるので、挑発混じりに返事をする。

「下ネタ言うなよ、寒気がしてきた。」

 戦わない、おれは逃げちゃう。入り口を突っ切り場内へ駆け込んだ。中へ入ると、薄暗い廊下と、その先には螺旋階段があった。おれはそれを速やかに登っていく。二階に上がるとドアが開けっぱなしで、赤い液体が所々にへばりついていた。ここを回るのは気が引けたので、今度は三階に上がる。三階もドアが開いていて、散乱した枕やベッドが散らばり、見て回る気にはなれなかった。

「一体何があったの?」

 四階に行くと厳重な鎖で鍵をかけられている扉がある。おれは五階へと急ぐ。

「一体何がいるの?」

 五階につくと、またしてもドアが開いていた。中へ入ると廊下があり、右と前方に道があった。おれは前に進み、その途中に部屋を見て回る。向かって右の方に大理石上の手すりがあった。おれはそこから下を覗いてみる。

「入れなかった四階を覗けるのか。」 

 すると下には、古びた玉座がぽつんと存在し、赤いカーペットが敷かれてあるだけだった。また天井を見るとシャンデリアが下げられていて、きらびやかに光っている。それらの対照的な光景はまるで、栄光を求めた先の孤独という、王の残酷な末路のようだった。

「いやな城だな。」

 おれは辺りを見渡し、ブルドック眼鏡がいないことを確認すると、頭の中で断片的な情報を組み立てていく。

「この城の大きさからして、一般人がおいそれと住める場所ではねえんだよなあ。」

 

「ぜえ、ぜえ。」

 後ろから、聞き覚えのある野太い声が聞こえてきた。おれはゆっくりと後ろを振り向く。その姿を見たとき、おれは背筋が凍り付いた。奴は気づかぬうちに、かなりの至近距離に迫っていた。奴はナイフを振りかざす。

「お前の推理、全部違うベリ!」

 おれは思わず飛び上がり、イチかバチかで四階に飛び降り、掛け声を放つ。

「アイ、キャン、フラーイ!」

 っていう掛け声がね、ロボットアニメにあったの昔。でもおれ飛べない、死神ごめん、おれ死んだ。

「私にまかせろ!」

 顔面を柔らかい何かに受け止められ、お腹をつかまれる。なんだ、この生々しい感触は。

「間に合ってよかった。貴様、死とまではいかんが、骨折は免れなかったぞ。」             

 そのどすの聞いたエロティックな声、死神だな。だが、あえてもう一度。なんなのだこの感触は。少し臭いが、それがよろしい。

「おい聞いてるのか。ひゃ、少しくすぐったいぞ。」

 そうはいっても、まさぐってしまうんです。なんか、覚醒しているというか、心の底から湧いてくる本能的欲求がそうさせてしまっているのですわ。

「分からんでもない、うさぎは、うっ、性欲が、はあん、異常に高い。ひとたび体のどこかに触れれば、ぐふっ、発情してしまう、んん。元人間の貴様は、ふっ、その対象が人間の女性の姿なのだ、くっ。」

 死神から悲鳴が聞こえると、なおさら社会の規律を犯してしまいたくなる。ごめんな、やめなきゃいけないのはわかっているが、止まんねえ。

「ならばこうだ。」

 死神はおれを突き放し、背中から黒い布を出して羽織った。地に落ちるとパーリータイムは終わり、おれ自身も我に返った。

「おれは一体なにを。」

「ああ、もっと見たかったベリ。」

 五階からこの様子を見物していたのか、死神は奴を見て一歩後ずさりをした。

「奴のおぞましい気配は。」

 すると奴はナイフをぶん投げる。死神の布をかすったかと思うと、再生し、元の形に戻った。死神はおれの方を向いて言う。

「どうやら奴には、私の姿が見えているみたいだ。」

「それは、おれがあんな行為を過激にやっていれば気づく。」

 どや顔でそういうと、死神はおれから顔を逸らし、ため息をつく。

「そういうことではないぞ。」

 そういって死神はこの部屋周辺を見渡し、薄暗く細い通路を見つけ、手招きする動作でおれに促す。

「そこは行くな、行っちゃだめベリい!」

 奴は妙に取り乱し、ドアの方へ向かっていった。おれはとりあえず死神の指示を聞き、後をついていきながら彼女の説明を聞いた。

「死神は死んだ人間、もしくは死が近づいている人間にしか見えないはず。たとえ貴様が私の胸をまさぐっていたとしても、普通の人間からは、一匹のウサギが気持ちよくなっているようにしか見えないだろう。」

 変な言い方だが、確かにそもそもの死神は死へ向かう人間に足音を聞かせる宣告者。それが見えているということは、あのおじさんの命運はもう……。死神は話を続ける。

「貴様はすでに死んでいるから私が見える。だが、私は奴を転生させた覚えなどない。要するに、奴は近いうち、」

 死神が立ち止まったのでおれも止まる。あたりを見ると、薄暗く、岩で作られているような見た目の壁が不規則におれたちを円状に囲んでいる。その様は洞窟の内部のようで、各隙間にある窪みには、効果的に証明が照らされている。だが建物内にあるその異質な光景が背景になってしまうほど、目を疑う物がその部屋の中心部にある椅子に置かれていた。それは綺麗な顔をし、つぎはぎのドレスを見にまとった人形だった。今にも動き出しそうなほどよくできているそれは、両手でぎこちなくスケッチブックを抱えていて、中に何が書かれているか考えると、この世への恨みかと思い、ぞっとしてしまう。おれは死神に恐る恐る聞く。

「怨念とかありませんよね?」

 死神の顔は悲しそうにそれを見ているだけである。冷や汗が首を伝い、思わず後ずさりをする。やはり奴は殺人鬼かつサイコパス。おれがそれに背を向け、逃げ出そうとしたその時だった。

「その子に触るなベリー!」

 正面からブルドック眼鏡が走ってきた。おれは慌てて奴を交わし、奴はそのまま人形を見ている死神に掴みかかろうとする。しかし死神をすり抜け、地べたに転倒した。死神は奴の方に目を向けて、低い声調で問いかける。

「すまんな、この体は任意で接触を避けられるのだよ。貴様、私の声は聞こえるな。なら」 

 奴は膝を抑えながら震えているだけで、顔を表に上げようとしない。おれは奴に向かって叫ぼうとした。

「おい、死神が見えて、声が聞こえるなら返事くらい……。」

 それ以上は、何にも言えなかった。奴はうつ伏せの状態で膝をさすっていた。窪みに当たるはずの照明が少しばかり、奴が額をつける地面に当たる。小さい湿ったものが現れては消え、それをただひたすらに繰り返している。それはなかなか消えず、ただやむことを、おれと死神は待っていた。

 沈黙する洞窟の中で、最初に口を開いたのは奴だった。奴はゆっくりと起き上がり、人形に背を向け眼鏡をはずし、腕で目をこする。そして死神の方を見て、眼鏡をかけながら語りだした。

「僕にはこの子しかいないんだベリ。」

 死神は、自らの実態を消さずに黙っていた。奴は一息置き、落ち着き払って話し出した。

「そうベリ、僕はただのブサイクおじさんなんだベリ。」

 奴は死神を突き放し、人形からスケッチブックを取り上げる。

「そんな僕にも得意なことが一つだけあった。それが絵を描くことベリ。」

 奴はスケッチブックを開き、あるページを死神に見せる。おれも見える距離まで近づく。そこに描かれていたのは、ほっぺのでかい少年と、シンデレラのようにきれいな女の子が、まんべんの笑みを浮かべる姿が描かれていた。

「これは僕、これはこの子ベリ。」

 奴は顔を引きつらせ、それでもなお笑顔を作った。

「僕はやっと見つけたんだベリ。いやなこともすべて忘れられる、人生の楽園を。」

 奴は彼女の額に触れ、頬をなでる。

「おお、羽美ちゃん、僕の愛しい羽美ちゃん。君はなんてきれいな顔をしているんだい?」

 羽美とは人形の名前だろうか。奴は唇をかみしめながら、肩を震わせている。

「僕は幸せだ。羨ましいだろう?お前ら。」

 奴はとうとうこらえきれなくなったのか、額を肘で覆う。

「僕は幸せ、うっ、うう。」

 奴の眼には光などなかった。ただ、空っぽな器。言葉にも表情にも、ほほえましさなんてない。

「浜辺千秋、それが貴様の名前だな。」

 死神は奴に、低い声調でそう確認し、話を続ける。

「私が見えているということは、貴様はもうすぐで死ぬということになる。」

「」 

 

        続


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ