第一話[始まりはウサギ]
この話は、僕の実体験を少々入れ、好きなように勢いで書いた作品です。読んでいただければ幸いです。
青春とは何なのだろう。桜の花吹雪がおれの視界を横切る。視界の先では、オレンジ色の空を黄金色に映しだす水平線を背景に、リア充の見本のような男が、おれの好きだった女の子と至近距離で向かい合っている。
「おれは君を忘れない、どこにいても必ず。」
そいつはイケメンで、スポーツもできて、勉強もできる。あれ、目にゴミが入ったかも。
「私も、隆君のこと、ずっと忘れない。」
あれ、なんだか胸がすごく締め付けられる。二人は互いに顔を寄せ合い、ド直球に唇を合わせた。一応同級生で顔見知りのおれが、それを目撃していることも知らずにである。さらに悔しいことに、二人のその光景は絵になっていて、正直おれも見とれてしまっていた。
「ちくしょー!」
桜に彩られたアーチのような木々の下を、自分の影に覆われたアスファルトを見ながら疾走する。終わった、おれにはもう何も残ってない。小学校から鼻につくやつだといわれ、中学校ではいじめの標的にされ、高校ではだれからも無視される毎日。その間、部活にも入らず、勉強にも身が入らず、ただ本当に時間が過ぎるだけだった。そうして過ごしていくうち、周りの目が厳しくなっていく気がして、自分自身、孤独になっていた。それでも、さっきの女の子だけは、おれに話しかけてくれたし、やさしくしてくれたのだ。だから卒業式が終わった今日この頃、告白しようとやってきた。ちゃんとその子とも、この時間に待ち合わせだと約束していたよ。それなのに……。不幸な日だ。彼女はそうとも知らず、おれが来る前に、あの男と愛を分かち合っていたなんて。おれの気持ちはどうなるってんだよ。
「でもまあ、見せつけて脈なしにしたかったのかもな。」
所詮、三年の一月に知り合った程度。しかも隣の席になったから、互いに気を使って、それが少しいい感じになっただけ。しかも二月上旬からは就職休みで、学校にすら来なかった。おれはふと立ち止まり、オレンジ色の空を見上げた。手を挙げて、仰げば浅し、我が師の恩。おれは顔を手で覆い、その場に膝をついてうずくまった。もう何もかもどうでもいい。
「君、危ない!」
エンジン音が大きくなっていく。あまりにもうるさいので、ふとその方を向くと、車がよけられない距離まで迫っていた。そして、そのまま激痛とともにあたりは真っ暗になった。
おれは人生を悔やんだ。あの日ちゃんと言っていれば、あの日もっと頑張っていれば、何よりも、もっと友達ができていれば。ああ、おれの人生はずっと孤独だったんだなあ。
「あきらめるのはまだ早いな。」
突如目の前に、黒いマントで身を包んだ何者かが現れた。おれは質問をしてみる。
「誰だお前は。」
口は動くようだ。そして相手は声を聴く限り、童貞を殺しそうな甲高くてエロい声だったから、女の人だろう。その人はおれにこう答えた。
「私は死神。」
そう聞いても怖くない。死んだら幻聴でもなんでも聞こえてくるだろうと思っていたからだ。ただ、こいつの姿を見れないのが残念だ。おれは驚くほど冷静なまま、投げやりに言葉を返した。
「ああ、早く魂を持って行ってくれ。そうでなければ、異世界へ転生させて。」
「いやだ。」
聞き違いなのか、今なんて言ったんだ。
「貴様が行くのは天国でも異世界でもない。もう一度、現実に戻ってもらう。」
畜生。おれは不満という名の弾丸を相手にぶつける。
「この馬鹿ビッチ、なんで生き返らすの、くるってるの? おれみたいな陰キャが転生して、異世界に行き、いろいろ苦労をして、最後はかわいい子とゴールイン。それがド定番じゃんか。」
おれはガキのように駄々をこねた。
「いやだいやだ、そもそも一度死んだ人間を生き返らすとか倫理への冒とくだ。そこまでしていきたいなんて、おれは思ってないから! 別に、三月になっても進路決定していなくてお先真っ暗とか、友達が一人もいないからとか、そんなんじゃないから。」
すると、ゲラゲラと大きな笑い声が聞こえてきた。くそ、何なんだ一体。
「要は貴様、生きることをやり直したいのだろう。」
そういうことだよ、この死神よく分かっているじゃないか。
「安心しろ、やり直すといっても、前世の記憶は引き継がれるし、転生させるときは貴様という存在ではなく、別のものに変えてやる。」
確かに、それならば文句はない。今の人生が捨てられるのだから。
「後、ちゃんと金持ちの家、いや、城に生まれなおさせてやろう。」
おれはさっきまでとは違い、飛び上がりそうになる気持ちを抑えるばかりだった。
「城って、いいのか? おれ運勢使いすぎたんじゃね? まあ今までが悪すぎたからそこは心配しなくて大丈夫か。」
「私と会話してくれ、寂しいぞ。」
切ないセリフを吐く死神を、おれはせかす。
「早く現世に送ってくれ。そしておれをリッチにしてくれ。」
すると真っ暗な暗闇に、突如一筋の光が差し、目の前にフード姿の死神が現れる。そいつはフードを脱いで、黒インナーに青の半ズボン、そしてグラマーで締まりのある、大人の魅力を持ちつつも童顔の女性に変貌した。彼女はおれに一言告げる。
「改めて、私は死神だ。今から貴様の魂を同じ世界へ転生させる。なお、肉体は動物のものとする。」
今なんて言った?
「貴様は生前、友達も作らないのに、一人であることを嘆いていた寂しがりやだった。」
おれは恐る恐る、転生先を聞いてみる。
「といいますと、おれはどういったものに?」
死神は顔を赤らめてにんまりし、手を拝借する。
「寂しがり屋の象徴動物、ウサギだ。」
死神は言い終えると、手をたたく。するとあたり一面が光に包まれ、死神の姿は見えなくなっていく。おれは内心半べそになりながら、大声で呼び止めようとする。
「たまに様子を見に行ってやるからな。」
「待ってえ、ウサギは嫌だあ。あいつら共食いするし、飼育員やってた時なんかとてつもなく臭い糞を……ああ死神、死神ぃ、死神様ああ!」
叫びはこだまし、悲しいくらいにすぐ消えた。
何だろう、すごくむずむずする。おれは暗闇の中、そんな感覚に襲われた。それは背中から四肢に広がるようにして、おれを蝕んでいく。外からくるのではなく、内側からぶわっと生えてくる感じ。それと五本の指がね、くっついて離れない。開こうとすると、爪を皮ごとはがしてしまった時ぐらいの激痛が襲ってくる。皆知ってる? あれ痛いの、マジで。話は変わるけど、ここはどこなんだろう。ふさふさなものに半身が当たる感触から、きっと横になっていると思われる。後、多分目を開けた先に何かがある。でもおれは知りたくない。だから、今こうして目を閉じているんだ。だって、なんかべったりと引っ付くようなしつこい匂いおれの何かが、鼻にへばりついているんだもの。確か小学生の時、飼育員にされたんだっけな。そん時、このにおいを嗅いだような……。やばいやばいやばい、匂いがこもってきた。とりあえず、ここから離れなければ。そのために、まずは目を開けないと。暗示しよう、自己暗示。おれは強い、おれは強い。そうして覚悟を決めるおれ。けどやっぱり小心者なので、恐る恐る、ゆっくりと見開くおれ。
「ぎやあああああ!」
想像通りのブラウン掛かったあれが、目の前でアピールしていた。ついでに幻聴も聞こえてくる。
「そんなに叫ばないでくれよ、おいらだってこの生き方に誇りを持っているんだ。」
「死ね、お前なんて死んでしまえ!」
捨て台詞を吐き、おれは飛び起きて辺りを見渡す。そこまで壮大でない山の連なり、そこまできれいではないけど空を映している緑色の池、ところどころ草の色が変色している草原。
「ここが天国だったなら、おれは泣きたい。」
さっきから当たり前にしゃべっているように聞こえるかもだが、実際聞くと多分こんな感じ。
「こ、天、……きたい。」
口と舌がうまく動かん。その違和感から、おれはふと体を見てみた。違和感の正体がわかっていく。その胴体は、白い毛皮に覆われている。
「もしかしなくてもまさか……。」
おれはダッシュしようとすると、そのまま前方へ転倒した。二足歩行がうまくいかない。おれは仕方なく四つん這いになり、池へ向かう。そして池の前で止まり、そっと顔を覗き込む。
「いやああああああああ!」
こんな転生、くそくらえだ。
何日たったのかはわからない。だけど、池に映る赤い瞳の白ウサギの自分に絶望してた初日に比べ、おれはこの生活が好きになった。だって寝たいときに寝られるし、食事もまずいけどそこらへんに生えている草で事足りる。何より、走っているときは風を肌に感じることができる。おれは今日もちょうちょを見つけ、捕まえようとがむしゃらに追っかける。
「逃がさないぞ、ははは。」
死神の言っていた通り、前世の記憶は鮮明に残っていた。だから近くにある畑から、主に見つからないようニンジンをくすねたりと狡猾なことができた。さらに子供のころ、よく自分専用の秘密基地を作っていたこともあったので、そのころを思い出して隠れ家を作った。立地状況を考慮し、日当たりし過ぎない、木下の根の部分にある、サッカーボールが入るぐらいそれは、さながら小さな洞穴。その穴に、左右ほぼ同じ大きさの板を置いて、似非扉を作った。その中は涼しくもあり、暖かくもあった。
「はあ、心地いい住処だ。」
今日も疲れて寝床に身を丸める。こんなにも楽しいなら、最初からウサギに生まれていればよかった。ただ、たった一つだけ気になることがある。死神は、ウサギは寂しがりやだとか言ってた気がする。まじめな話、それはない。ウサギは人間が触った赤ちゃんを捕食するぐらい無情だからな。となると、あいつがおれをウサギにしたのは、何かほかの理由がある。
「考えるの面倒だし、お昼寝しようっと。」
おれは瞼を閉じた。その時、どこかから足音が聞こえた気がしたが、気のせいだと思って眠り続けた。
風に揺られる、木の実になったような夢だった。動くことができないので、下に落ちないことを祈るだけ。下を見ると、そこには大きな犬、ブルドックの開いた口が待ち受けていた。おれは狂ったように叫んでいた。
「助けてええ!」
目を覚まし、夢だと知ると一安心したが、なぜか何かにぶら下がって揺られる感覚がまだ消えない。おれは外の空気を吸おうと体を動かそうとする。しかし、踏みしめる地面がない。下を見ると、さっきまで寝床としていた似非扉が小さい。上を見ると、影のかかった緑に覆われて、眩しい光がその隙間をさしている。その中にあった、他のより若干太い枝に、何か細い縄が巻き付けられている。おれは勘づき、縄の行き先を目で下へとたどっていく。
「なんで、なんで?」
おれはうつろ状態から我に返り体を見た。顔以外全身、縄でぐるぐる巻き。下は相当高さがあると確信が付く。ズバリ、おれは何者かに、高いところにつるされたということでしょう。
「なんて流暢にしてられるか! 死にたくねえよ、まだ一話目なんだよ!」
「第一話、ウサギ、死す。」
下の方から、汚らしい野太い声が聞こえた。おれはそいつの方を見る。木陰に当たってないそいつの姿を、太陽が鮮明に見せる。その瞬間、おれは身の毛がよだった。一風吹けばぶるっと震えそうなほっぺに、垂れ下がった目つき。その顔はまるで。
「ブルドックだあ!あっち行け、化け物!」
おれはわめきながら、背を向けようと体をひねる。奴は返事を返してきた。
「畑のニンジン取ったのお前ベリな! しつけの悪い馬鹿珍ウサギが! ぼけえ!」
ベリ? 語尾かそれ? 一旦そいつの方を向く。よく見たらブルドックではなく、頬がでかくて剥げていて、眼鏡をかけている中年の男だった。さっきまでの恐れが消え、どうでもいいことがよぎったおれの頭に、固い小さなものが当たる。それもかなり痛いやつ。
「なにすんだあほ! 後、ニンジンはごちそうさまでした!」
おれはそいつの方を見て叫んだ。するとそいつは目に涙をためながら、こちらに言い返してきた。
「化け物はお前ベリ。ウサギの分際でしゃべってんじゃねえベリ! ……ヒック。」
とうとう膝をついて泣き出してしまった。化け物、おれでもしゃべるウサギを見ればそう思うし、逃げるか縛るかして、何かされる前に対処するだろう。しかも、自分の育てたニンジンを食われたら、そりゃぶっ飛ばしたい。だけど人間のころの記憶を頼りに、このウサギの口でどうすれば話せるのか模索するのは、かなり大変だったんだ。その苦労を馬鹿にするとは、こいつめ、もっと泣かしてやる。おれはひたすらに奴を煽る。
「やい、このブルドック眼鏡、君のほっぺはダルダル、泣かれるとこっちはマジだるっ! か弱いウサギを吊るすのマジ悪。そんなお前は人じゃないラジカル。」
気分が清々しい。いやなことしてきた奴に仕返しできると快感だ。その気持ちがエスカレートして、今度は自分がいじめる側になる。だからこの世はいじめがなくならないのかもな。そんな哲学的なことを考えていると、下の方から機械が動くような怪しい音が聞こえてきた。おれはラップに夢中で気づかなかったが、ふと我に返ると時すでに遅し。奴は現状、最も最悪な武器を手にしていた。
「切り落としてやるベリ、この高さから頭打ったらひとたまりもないベリよ。」
奴はよだれを垂らして不気味にほほ笑む。奴の手にあるのは、環境破壊に一躍買っている刃物、チェーンソーだ。今度はおれがいじめられっ子になった。
「いやだ、やめろ!やめてください、ほんと、動物愛護団体が黙ってないから!」
奴は木の幹に刃先を当てる。
「一つ教えといてやるベリ。今お前がいるここには、僕以外誰もいない。なぜなら、僕が買収した、僕のための島だからだべリ!」
おれは衝撃のあまり、それが本当なのか辺りを見回す。いつもの散歩コース、あんまりきれいじゃないお花畑に、秘密でもないが探検ごっこができる森。必死に住みかを探すヤドカリの切実なドラマが見られる砂浜。それらのどこにも、人が住みそうな場所なんてない。
「デマ言いやがって、本当は無人島に流されてきただけじゃないの?」
おれはまた、ついつい奴を煽ってしまった。はは、おれの人生終わった。いや兎生か。
「なら僕の家を見るか?」
意外な返答である。おれはこの機を逃すまいと、奴に全身全霊でお願いする。
「見るからおれを下ろしてください! かっこいいイケメンの大富豪様あ!」
すると奴はチェーンソーを近くの切り株に置き、すぐさまどこかから梯子を持ってきた。
「分かればいいベリ。このニンジン泥棒め。」
そういいながら表情は笑顔だ。気持ち悪っ。
かくして、おれは木から降ろしてもらい、縄もほどいてもらった。おれはブルドック眼鏡の後をついていきながら、奴と会話をする。
「お前、名前なんて言うんだ?」
「僕は浜辺千秋。いいことがあると、ベリーグッドって言いたくなるんだベリ。」
世界で最も寒気がする情報だ。
「着く前に言っておくけど、僕の家、お城だからびっくりしないでベリ。」
一瞬こいつの気が狂ったのかと思ったけど、それだと死神の言っていた城に生まれなおさせるってのにつじつまが合う。そしておれが転生したところは、城の庭だったわけなのだから。おれは一息ついて空を見た。おれが振られたあの日と同じ、オレンジであった。
続
ウサギって、性欲強いんですよ。オスは常に発情状態。メスは妊娠中にも妊娠できるほどの繁殖力。そんなウサギを描くものだから、描写的にどうなんだろうって感じましたが、全話書いてみて、案の定エッチなシーンは出しちゃうなって改めて痛感した。しかし、R18とかになるなら、そこはちゃんと規制をかけますのでご安心を。この1ー10の間は大丈夫だと思います。後は運営の判断に任せます。
後一つ、もしこの先時間が取れたら、また書きに来たいとも思っています。この作品は僕を救うために描いたみたいなもんですから、寂しくなったら戻ってきます。