テロリスト・チョコレート
諸君、私はバレンタインデーが嫌いだ。
二月の上旬、道行けばチョコレートを売りさばくお菓子屋が目に入り、どこもかしこもバレンタインバレンタインと騒ぎ、ここぞとばかりにCMはチョコの宣伝し、ニュースは売れ筋のお菓子屋を紹介する。ピンク色の空気を放ちまくる浮足立った恋人連れの人々。毎日毎日誰にあげるだの誰にもらいたいだの、お返しは何にしようかなだの、あいつにあげるチョコは安くない、ホワイトデーには三倍にして返してもらうだの、ちっとも実用的でない会話。義理チョコだの友チョコだの自分チョコだの、無駄に多種多様なネーミング。世の中のスイーツ大好きなありとあらゆる連中がここぞとばかりにチョコレートを大量購入し、見知った者に徹底的にばらまきたがる行事。それがバレンタイン。高々知り合いにチョコレートをプレゼントする、それだけのために、国全体が総力を結集して菓子の宣伝をしたがる、無駄に労力を使うだけの大々的なイベントが毎年必ずやってくる。そしてこの日、どこかで必ずこう言うものがいるのだ。「ハッピーバレンタイン!」
さてこれを聞いて、諸君はどう思うか。私はこう思う。バレンタインは、バレンタインだ。
テロルチョコレートと題した私の東京駅でのチョコレートテロルは、記念すべきその実行の一人目、たまたま通りかかったキャリアーウーマンらしき人物に声をかけた直後に、唐突に終わった。
彼女はこう言った。「私、バレンタインデー嫌いなんです」と。
そしてその直前、どこからか「これだからバレンタインデーは嫌いなんだよ」という叫びも聞こえた。
バレンタインデーが嫌いなのは、私だけではなかったのだ。世の中は私が思っているよりずっと広かった。私はこの浅薄な経験をもとに、世の中にたくさんいる、私の同志たちも傷つけてしまいそうになったのだ。危ない所であった。誰がバレンタインデーが好きで、誰が嫌いかなど、傍目で見ている分には何も分からないのだ。同志を傷つける恐れがあることは避けるべきであると、そのあと判断し、私は計画を中断することにした。余ったチョコレートは、罰として私自身で頂くことにした。我ながら計画のためにはいいものができたと感心した。食べ終わった直後は吐き気に見舞われ、その後数日は寝込んで動けなくなるほどだったのだから。
さて諸君、この日記の役目もそろそろ終わる。何せ当初、この日記は警察が私の計画を実行し、その証拠品として押収するものを目的として書かれたものだ。計画が中断に終わった以上は、この日記を残しておいても意味がない。取っておいても邪魔になるだけなので、あとで庭に埋めるか、破くか、燃やすかしようと思う。それでこの計画は、終了だ。誰も見ることがないし、誰も知ることが出来なくなる。
おそらく来年から、私はバレンタインデーをただの普通の日として迎え入れることだろう。今回の件で思い知ったが、何かを成し遂げるには私の意思は弱すぎる。テロなんて真似をするには、私は器が小さすぎるのだ。なのでこれからは平和に生きる。平和に生きて、あまり他を排除し過ぎぬ様に努力する。それをここに決意の証として記して、日記を閉じることにしよう。
では、最後に諸君に花を持たせる一言書いておこう。ハッピーバレンタイン。今年のこの日も、君たちが幸せであることを、陰ながらに応援し、願っているよ。