事件の日
来た、遂にこの日がやって来た。二月の十四日、バレンタインデー。世の人々は皆浮かれて、チョコを知り合いに渡しまくる日。そしてそのどさくさにまぎれて、私の偉大な計画をいよいよ実行に移す日。
ここまでの準備は一向に抜かりない。慎重にことを運び、人びとを大混乱に陥れるための用意はすんでいる。とはいえ、計画の実行中に邪魔が入ってしまうのでは意味がない。最後まであくまで冷静に、物事を完遂することが大事なのである。
計画の全貌はこうだ。バレンタインデー気分で浮かれている街の人々に、いかにもバレンタインデーのお菓子屋という感じを装ってコンビニ等でよく売っている一つ十円のチョコレートを配布する。その中にはちょっとした爆薬みたいなものを仕込んだ。だから何も知らない人々が口に入れるそれが唾液と反応を起こして小爆発を起こす。爆発と言っても、ドカン、という感じではなく、せいぜい舌の上でパチパチいう程度だ。もちろん人々の体に直ちに影響を与えるような効果はない。しかしバレンタインデーに配布されているお菓子を食べてちょっと嫌な気分にすることができる。私としては、それが狙いなのだ。
いわゆるチョコレートを使った無差別テロ。これによって、何となくバレンタインデーが嫌なものだと感じる人が増えればいいと言う魂胆だ。最初のうちは本物の爆薬やら毒やらを仕込んでやろうかとも思っていたが、それではちょっとしたジョークでは済まなくなる。さすがにそこまで私もバレンタインデーのことを忌み嫌っているわけではない。
さて、午前十時の東京駅には続々と人が集まってきていた。バスケット一杯に入れた仕込みチョコレート、もとい、テロルチョコレートを、これから誰に渡していこうか。そういえば、先日、とあるネット上の掲示板で私と似たような考えを持って活動しようとしていた男性を見かけた。果たして、彼も今私と同じくバレンタインデーに一矢報いるものとして、どこかで活動しているのだろうか。
そんなことを考えていると、ちょうど目の前を、髪の長い美しい女性が通りかかった。背筋がピンと伸びていて、いかにも大企業のOL、キャリアウーマンといった出で立ち。そうだ、まずは彼女を標的とすることにしよう。きっと、チョコレートを食べた後は、あの薄化粧を施した顔をしかめて良い反応をしてくれるに違いない。私は左手に抱えたバスケットに手を突っ込んだ。大量にあるテロルチョコレートのうちの一粒を摘んで、標的に定めた女性に近づく。そして空気を勢いよく切って進む肩を叩き、「お姉さんお姉さん、これ、どうぞ」と声をかけた。