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ハンターギルドは規模の大小があるが、国や地域を問わず主要な都市には、必ずと言っていいほど窓口が設けられている。
そして、常に混んでいる……。
ここ辺境都市、ナユルメセルにてもそれは同じだ。
魔界と人間界の狭間に限りなく近いが故に、魔族人族入り乱れるるつぼともなっている都市だ。
田舎にも関わらず人口も、中規模程度に多い。
そんな都市の中心部にあるハンターギルドの入り口を入った時から、剣竜はげんなりしていた…。
今日はいつもにも増して、ハンターギルドは大賑わいだ。
ハンターのランクに関係無く、順番は順番。高ランクだからとか依頼内容によって、待ち時間の配慮は無い。
仕方なく順番待ちの登録を済ませて、タブレット端末で情報を読みながら時間潰しをしていると、非常に場違いな一団が声をかけて来た。
人間の冒険者パーティーだろうか。
この都市は魔界の縁…魔素が薄いエリアに存在するので、時々人間が迷いこんで来る事はよくあるが、明らかに「魔王を倒しに行きます」みたいな格好をしている。
ついでに言うと、見た目が非常にファンタジーだ。
「こんにちわ!ここは…魔族のギルドになるのかな?!」
見りゃわかんだろ…という唾棄を飲み込んで、黙って頷きつつインフォメーションを指差すと、尋ねて来た時と同じくらい爽やかに礼を言って去っていった。
大抵、人間から魔王と言われるのが魔族の辺境伯付近なので、この地域の支配者に殺されなきゃいいな…と思いつつ黙って見送る。
思わぬ出会いが去り、再びタブレット端末に視線を戻す。
ギルドは紙情報が最速とはいえ、ギルドの建物内に居れば利用できる情報集積体に、紙ベースの情報がほぼ同時期に上がって来るので、紙ベースから上がってくる情報を片っ端から検索していく。
集中してタブレット端末を覗き込む剣竜の目の前に、ズズいと大きな影が差し掛かった。
見れば、随分高い位置からニヤニヤと下卑た笑い顔を貼り付けた獣人の顔があった。形態からして熊の獣人か。
「よぉ、お嬢ちゃん。ここはガキの遊び場でも託児所でも無いんだぜぇ…?ガキはとっととお家に帰んな!!」
肩を結構な力で小突かれた。
痛くもビクとも無いが、よろける振りをする。
お嬢ちゃんと呼ばれた、剣竜は今はいつもの姿ではない。
服はそのままだが、ギルドへ入る前に見た目を、ピンク色ツインテールでエルフ耳、少し垂れ目気味の人間でいえば10歳ぐらいの女子に変容させていた。
わざわざ姿を変容させているのは幾つか利点があっての事だ。
一つはこの熊獣人の様な、弱者と見れば暴威を振るっても構わないという性根の腐った馬鹿を炙り出す事だ。
ほぼほぼソロでしか依頼を受けない剣竜だが、稀に様々なランクが入り混じってチームに組み込まれた状態での依頼が来る。
その場合、こういった碌でも無い奴は肝心な場面でそこかしこで足を引っ張るので、前もって排除するか依頼そのものを断る口実になる。
そういった機会がない場合でも、要注意人物としてマークしておけば何かと役に立つ。
小突かれたどさくさに紛れて、瞬間的にスッて戻したハンター証でハンター名とランクを記憶するのも忘れ無い。
(こいつ、いつか機会があったら事故に見せかけて始末しよう。)
ついでに、いつか覚えていたらぶっ殺すリストに心の中で記録した。
熊獣人に小突かれ、よろけた(フリをした)身体を誰かが支えてくれた。
「おっとっと、嬢ちゃん大丈夫かい?」
見ると、居丈高で筋骨隆々としたヒゲの生えた男だった。
(こっちも熊っぽい…)
ただし、こちらは見た感じオーク系の亜人だ。
熊獣人の男は、オーク亜人の男を見ると舌打ちをしてギルド内の人混みに消えていった。
剣竜を支えていたので、男の手首に付いていたハンター証を見えたのだが、オーク亜人の方が熊獣人より2ランク上だった。
(なるほどね~…)
熊獣人への心のメモ評価を大幅に下方修正しながらぼんやりしていると、オーク亜人の男は少女姿の剣竜を真っ直ぐに立たせてくれ、怪我などしていないかチェックまでしている。
「よし!!怪我は無いな!!
嬢ちゃん。お使いで来てるんだろうが、ああいった輩もいる。気をつけな!!」
「うん。ありがとう。」
当たり障りなく礼を言うと、男はガッハッハと豪快に笑いながら、去っていった。
なんだか色々とあるな…と思っていると、いつのまにか受付嬢に呼ばれるほど時間が経過していた。
待ち時間のいい暇つぶしになったと思おう。
受付嬢にハンターカードの代理証を提示すると、
「こちらへ」
と、奥に通された。
先日の依頼の報告を行うためだ。
暗殺や対人討伐依頼の場合、依頼内容が依頼内容だけにギルドの奥にて依頼達成の確認が行われる。
促されるままに部屋に入ると、暗件担当らしきギルド職員の男が居た。
ハンターがギルドとのやりとりで代理人を立てる事は珍しく無い。ギルド側も慣れているので、代理認証さえあれば、誰が依頼達成報告に来ようと意に介さない。
先程のオーク亜人の男が少女姿の剣竜に「お使い」と言ったのもそのためだ。
剣竜は預かって来ました顔で、机の上に書類も一式と共に小箱を渡す。
中身は、依頼を達成した証である霊晶である。
魔族はその命が滅する時に、魂の欠片ともいえる霊晶を残す。
霊晶は、個々の識別である霊紋と同じパターンを有しているので、元の霊紋が登録さえされていれば、霊晶で依頼の達成が確認できる。
鏖殺しながらも剣竜はキッチリ取るものはとって置いた。
剣竜が差しだした小箱の中身を一つづつ丁寧に鑑定したギルド職員は、納得した顔で手元の書類にサインを入れると、差しだして来た。
「流石は“死の天熾”殿ですね。今回も完璧な仕事ぶりで、ギルドとしても助かりました、とお伝えください。」
「………わかりました。」
“死の天熾”とは、いつの間にか付いていた剣竜の二つ名だ。
恥辱究めるこの二つ名に、剣竜はげんなりしていた。
名前の痛さもさることながら、魔族に天熾とはこれまた皮肉が過ぎる。
ギルドに来る際に必ず姿を変容させ、代理人のフリをするのはこれが最大の理由だ。
長期間、剣竜自身が代理人のフリをする事により、本来の姿を現さなくなり、より一層“死の天熾”伝説が暴走し、今更にギルドに来る時に変容するのをやめる選択肢がなくなったのも事実だが…。
ギルドの支払い窓口にサインの入った書類を渡すと、即座に指定の口座に入金処理が行われた。
タブレット端末で入金を確認すると、ようやくギルドでの一連の手続きから解放され、剣竜はギルドの建物を後にした。
結局、ギルドの中で調べれた情報の中には、剣竜の求めていた玉蘭や猫火に繋がる情報は無かった。
公の情報を扱うギルドに情報が出てこないとなると、厄介な予感がする。
(ちょっとマズったかな…?)
混雑した大通りを歩きながら、声に出さず独り言ちる。
一人、また一人と人混みを抜けていくうち、いつの間にかピンク色ツインテールの少女は銀髪獣耳の姿に変容していた。