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2、3日経つと猫火は普通に起き上がり動ける様になった。
(流石、俺。)
剣竜は心中で己が治癒の精度を我褒めしつつ、動けるようになったのならば、と猫火に切り出す。
「アンタ、もう人型には変容できそうか?」
「ええ、魔力も戻ってきました。問題ありません。」
「なら、この艦内では人型で居るほうがいい。そうしてくれ。」
「それは構いませんが…。あの…。」
「?どした。」
「今、元に戻ったら全裸なんです。というか、途中で服を無くしまして。」
「「………」」
言われてみれば、それはそうだろう。
変容すると身体の大きさも造りも変わるため、大抵は変容する前に着衣は脱いで異空間へ収納するか、荷物として変容後の姿に括り付けるか…だ。
猫火は玉蘭以外は何も携えていなかった。
剣竜も変容できるが、着衣は霊子変換してしまうので服の脱ぎ着をする必要が無く、頭から衣類の事は抜けていた。
「異空間に収納とかしてねぇのか?」
「そんな高度な魔術は使えません…」
「まぁ、いいから元に戻ってみて。」
「…わかりました。」
巨獣猫と周りの空間が歪みしばらくもやもやと動き、長身の青年がその場に現れた。
細身でがあるが程よく筋肉が付いていて、無駄な贅肉が無い。肩にかかる長い黒髪と細めの目は玉蘭とは似ていないが、纏う雰囲気が似ている。
人間でいえば30歳前後といったところか。
成る程、なるほど…と剣竜がゆっくり観察している横に、様子を見にキャップがひょっこり現れ、全裸の猫火を見て「きゃ~!」とか小声で言いながら、手で顔を覆う。
指と指の間隔がバッチリ開いていたが。
(なにやってんだか…)
ちなみにキャップは顔を隠して見まいというポーズはしているが、キャップ自身は精霊で実態があるようで無いので、実は猫火のそこかしこが透け透けの見え見えである。
「あの……」
流石に全裸のまま立たされて、居心地が悪くなってきたのか、猫火がおずおずと声を上げる。
「ああ、せっかく元の姿に戻ったんだ。仕事してもらわないとな。」
剣竜は使い古されたシーツを取り出し、突き出す。
「風呂に入れ。ドブに落ちた犬みたいな臭いすんぞ。」
*****
ドブ犬呼ばわりされた三十路のオッサン、もとい猫火は大人な対応で入浴を快諾したが背中はしょげていた。浴室に入る足取りがかなり哀愁を帯びていた。
ついでに玉蘭も剣竜と風呂に入ってから後、3日間は風呂に入っていないからと、一緒に放り込まれた。
「剣竜ってさ~… ホンッと!ものの言い方酷いよね~。」
猫火への憐憫の情を過分に込めてキャップは呟くが、剣竜は何食わぬ顔で服を選んでいる。
「なら、キャップは肥溜め掻き回した発酵臭のする奴が艦橋でウロウロしてもいいんだな。」
更に言い方が酷くなった。
「それはちょっと困るけど~!
もっと優しい言い方ってあるじゃなぁい?猫火さん悪い人じゃなさそうだし~。育ちも良さそうだし~!」
「人が良くて育ちが良くても、子供連れて殺されかけちゃ世話ないだろ。
能力も並以下。自分の子供の賜物にも気付いてないと来る。」
非常に辛辣だ。
ここ数日でわかった事がいくつかあった。
先ず、猫火と玉蘭には今のところ追っ手は付いていないという事。
二人の詳しい素性はまだ判明しない事。
剣竜が一番気にしていた隠蔽魔術を無効化する能力は玉蘭が持っているものだという事。
玉蘭の能力の深度は思った以上に深いという事。
そして、お気に入りの白い外套が結構汚れた事を剣竜が根に持っている……という事だった。
そして、服の恨みが深い剣竜はようやく三着までに絞った、今日着る候補の服を並べて見立てている。
頭を捻り考えた末、刺繍が多量に施されているが一番色が地味な服を選んだ。
「…まぁ、今日はギルドに行くからな~…着飾っても……。
あそこ行くの、面倒だな…。」
「あ~…紙の方が早いもんね…アソコ…。」
剣竜はハンターギルドに行くのを面倒がって、とにかく済ませれる限りは受注も報告もほぼほぼ電子通信で済ませている。
だが、何故かハンターギルドはアナログ重視な上に、特に人探しなど人物が絡む依頼関連は紙媒体の情報が先行するという不思議があった。
不便だが、情報が確かなので急ぎの時はギルドに行った方が早い。
ギルドで玉蘭と猫火に関する情報が何かないかを確認する事。
先日の依頼の報告をする事。
玉蘭と猫火の服を買ってくる事
そして…
「…元に戻りゃ良いけどな。」
哀しげに、血糊と汚れに塗れてパリパリになったお気に入りの白の外套を袋に入れる。
「……ねぇ…。それ、直んなかったらどーすんの?」
「勿論、責任は取ってもらう。」
「あら~…(その服、確かフルオーダーだったよね?!!)」
「中途半端に、半殺し…イヤ、あれだと8割殺しぐらいか?
猫火を杜撰な殺し方で甚振るから、生半可に生きていて俺と出会った結果がコレだ。
どこのどいつだか知らんが、清く正しい殺し方をそいつの脳髄に染み付かせるまで殺してやりたいな。」
「…………(あ。怒りのベクトルはそっちなのね。)」
主人の大層物騒な意気込みを聞きつつ、キャップは今後遭うかどうかも定かではない、剣竜の仮想敵に心の中で哀悼の意を示した。