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「ぱぱ。」
巨獣猫の事を玉蘭はそう言った。
なるほど。父親ならば巨獣猫が玉蘭を大事に守るように連れていた事が納得できる。
ちなみに、玉蘭の名前はどういう字かわからなかったため、適当に書いて本人に見せたところ、そうだよ!と答えたので合ってるのだろう。
玉蘭と玉蘭の父親があんな魔素の濃い森で、何故ズタボロの状態だったのかは依然不明だ。
玉蘭に尋ねても、要領は得なかった。
魔素は魔界の空気中に自然とあるものだが、濃度が高い地域の場合は対策を行わずに踏み入れば命に関わる場合もある。まして、幼い子供を連れて来る場所ではない。
にも関わらず、そこに居た。
そして、隠蔽魔術が看破された能力?については、おおよその検討は付いているが、剣竜にとって能力の内容よりも深度の方が気になっていた。
その点も含めて、キャップには依頼内容の再確認と玉蘭とその父親についても、今ある材料だけで出来るだけ調査するように言付けてある。
とりあえず…
「寝るか。」
「けんりゅーと?」
「まぁ、そうだな。」
玉蘭がこてんと首を傾げて剣竜を見る。
魔族は長命にして種族も魔術も生態も多種多様なので、見た目通りの年齢であるとは限らないが、玉蘭に関しては見た目通りの年齢なのだろうと、今のところ観察した限りの剣竜の勘が告げている。
念のため見張る意味も含めて、剣竜は玉蘭と一緒の部屋で寝る事にした。
玉蘭の父親がいつ目覚めるかわからないが、バイタルチェックは怠らないよう、目覚めたなら直ぐに報告する様にキャップに言ってある。
一応、幼女なので気遣っていつも剣竜が寝ているベッドを玉蘭に譲り、剣竜は床で寝ていたのだが、玉蘭は夜中に目が覚めた様でしばらくゴソゴソとした後、床で寝る剣竜の寝具に潜り込んできた。
もし、ここまで演技だったら相当な騙し手だな…など考えもしたが、害意もなさそうだしすぐに静かに寝息をたて始めたので、そのままにしておいた。
「パパニャンちゃん、目が覚めたわよ~!」
キャップの声で意識が鮮明になる。
寝ている玉蘭を起こさないように部屋から出ると、すぐに立体映像姿のキャップがやってきてくるくると剣竜の周りを回る。
「むふふ~…可愛い子とねんごろでしたか?」
「お前なぁ…」
「パパニャンちゃんには、助けられてここにいるって事と可愛い子も無事だって事だけ言ってあるから~。
あと、まだ動けないみたいだから動いちゃダメよ!って言ってる~。」
「だろうな。」
剣竜が治癒魔術をかけた時、玉蘭の父親の状態は酷いものだった。長期間に渡って執拗に拷問を加えられたと思われる痕跡が身体のそこかしこに見られ、新しく加えられた傷は深く急所要所を損なっていた。
おそらく、治癒したのが剣竜でなければ今頃は生きていなかっただろう。
格納庫に入ると、昨日と同じ場所に巨獣猫が横たわっている。剣竜に気付くと頭を起こそうとするが、頭すら動く事がままならない。
「ああ、いいよいいよ。寝てな。」
手で制しながら、目が合う位置に座る。
「助けて頂いたようで。感謝致します…。」
低く掠れた声が、巨獣猫の喉の奥から絞り出された。
「率直に訊くが。俺を知っているのか?」
「???」
投げかけた質問に対し、巨獣猫は何の質問をされたのかとんと解らないという顔だ。
剣竜が幾つか抱いた疑念と可能性は払拭出来ないが、その内の一つには値しないのだろう。
「…いや、こっちの話だ。
ここに連れて来たのは、まぁ…こちら側の理由が大きいから、そう畏まって礼を言われる事は無い。
色々と訊きたい事はあるが、答えれるのなら名前を教えてくれ。」
「これは失礼しました…。
私は、猫火と申します。一緒に助けて頂いた娘は玉蘭。……仔細は話せませんが、行く道すがらに色々とありまして…」
(猫っぽいと思ったら、本当に猫だった)
猫火側の仔細とやらについては触れず、端的に自分にとって都合の良い情報だけを選びながら、ここに連れて来た説明をする。
曰く、猫火親子と出会った際に二人が不思議な能力を使うのを見た。
自分はギルドに属するハンターだが、二人の能力は自分がこれからやろうとする仕事の助けになるかも知れないと思ったので、助けたのだ…と。
空間や結界など、隠蔽魔術に関わるスキルを持つ血統なのかそれとなく尋ねたが、そういった能力は無いという回答だった。
本当にそういった能力が無いのか、たまたまあの時あの事態で顕現したものなのか、能力を隠匿しての回答なのかはわからない。
深く追求し過ぎて薮蛇になるのも困る。
どのみち、しばらくはここに居るだろうからその間に様子を見る事にする。
「それはそうと、そのデッカい猫の姿は元々ではないんだろう?」
「ええ、そうです。元は亜人型です。今は戻れませんが…」
魔族は大きく分けて、亜人型・半人半獣型・獣人型の3つに分類される容姿をしている。
剣竜の様に、耳や尻尾さえ隠してしまえば人間と変わらぬ容姿の者は、亜人型だ。
ケンタウロスや人魚の様に、人間の見た目と異なる種族が身体のほぼ半分を境界に整合しているのが半人半獣型。
見た目がほぼ獣で二足歩行して会話が出来るのが獣人型と言われている。
玉蘭はどう見ても人間の子供にしか見えない容姿だったので、父親である猫火もそうなのだろうと思い尋ねてみたのだ。
種族によっては、容姿を変容させる事ができる。
猫火が、今は戻れないと言ったのは単純に変容するための魔力が足りないのだろう。
「諸々の礼は、二足歩行に戻れたら、労働力で返してくれ。実費請求でもいいけどな。」
「勿論、そのつもりです。私に出来る事であれば何なりと。」
そろそろ話を切り上げる頃合いを見計らっていると、格納庫のドアが開き玉蘭が顔を覗かせた。
目覚めて、剣竜の姿が見当たらないので探し回ったのか、不安げな顔をしている。
そして、いま目の当たりにした光景に、不安げな顔が驚きに変わりくしゃりと歪む。
「…ぱぱ… ぉ…おとーしゃ…!ぱぱ…ぱぱぁあ!!!」
父親が目覚めた事に安堵したのか、不安な気持ちが一気に溢れ出し号泣すると、猫火に駆け寄り縋り付いてわんわん泣いて止まない。
猫火も動かぬ身体を動かし、縋る玉蘭を労っている。
感動の親子再会の場面なのだが
(あ~……)
少し距離を置き、この情景を真顔で眺めつつ剣竜は心中で呟く
(面倒臭いもん拾ったな…)