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飛空艦は、生活のほとんどを艦内で過ごす為、移動手段であり家でもある。
キャップの持ち場とも言える艦橋の他に、剣竜が就寝する場所、着道楽趣味の服を集めたクローゼットも、調理場も浴室もキッチリと備えている。
先頭に艦橋を置き、中央部に居住エリア、後尾に巨大猫を寝かせたままにしている格納庫という構造をしている。
そして、個人的な趣味と快適さを詰め込んだ艦内の浴室は当然、ひと仕事終えた後には天国だった。
「あ〜…生き返る…!」
一人で入るには大きめの湯舟に湯を溢れんばかりに張ったものに浸かりつつ、剣竜は泳ぐ様に優雅に足を動かしている。
動かす足により、湯面が波打ち時に湯舟から湯が溢れる。
先程まで苛ついていた気持ちが湯に流れていく。
「なぁ〜、風呂。入んないの?」
湯舟の縁に腕と顎を乗せながら、洗い場の隅に縮こまって座る人物に声をかける。
剣竜の顔色を伺いながら渋々付いて来た子供は、突然ひん剥かれ隅から隅まで強引に洗われたせいで、恐怖に警戒心を上掛けした状態になってしまった。
落ち着けば、酷く乱暴されたでなく、むしろこの人物が自分を助けて綺麗に洗ってくれたのだと気づいたが、臭い汚いと罵りながら洗われたおかげで、半泣きで洗い場の隅に鎮座している次第だ。
ズタ袋と思われた子供を湯を何度もすすぎ流して洗ってみると、茶色かと思っていた髪の毛は薄い青色をしており、蒼と翠と紫の混じった瞳がクルンとした、極めて将来有望な容姿の幼女だというのがわかった。
「名前は?」
「あのでっかい猫ってお前のなに?」
「どっから来た?」
「親か保護者は?」
この様子だと答えないだろうとは思いつつも、剣竜があれこれ質問を投げかけてみるが、幼女は蒼翠紫の瞳に警戒心を露わにし、ジッと見つめて来るだけだ。
見た目は、人間でいえば3〜4歳といったところか。
喋れない可能性もあるが、今は警戒心が一番先に立っているか…。粗雑に扱い過ぎた。だから子供は嫌いなんだ。
面倒くさいな、と思いながら剣竜は幼女から視線を外し天井を仰ぎながら考え始めた。
わざわざ、ここに招かざる客を連れて来たのは隠蔽魔術を看破された事が一番大きい。
瞬時に展開したものとはいえ、剣竜が自身に施した隠蔽魔術は易々と看破できるものではない。
何かの魔術が施された感じは無かった。
ごくごく自然に見られ、ごくごく自然に触れられた。
だとしたら、持ち合わせた能力の類…賜物か……。だとしたら、問題は深度か……。
剣竜・ディ・セイラムは、ランクSSSのハンターだ。
魔界と呼ばれる世界でも、その中で社会はあり国もありルールもある。その中でもいくつかの規範を越えて自由に事を運べる資格であり仕事の最たるものが、ハンターだ。
ハンターギルドに登録し、Fランクから始まり、こなした任務の数や実力でランクは上がっていく。
剣竜の実力と経験値は、SSSランクという最上位のクラス保持者であることと、個人所有で飛行艦を保有し維持出来ることからも、明らかである。
ハンターといっても、その仕事内容は多岐に渡り、稀有な薬草を集めるなどの簡単なものから、傭兵に近いものなど様々である。
剣竜の専門は、かなりの荒事系統になる。
飛空艦から降下した先では、どこぞの軍属幹部とその一派のアジトを奇襲し、三十余名を皆殺しにしたところだった。
奪うものが奪うものである以上、こちらの身元や居場所が特定出来ない様にするのは勿論のこと、余計な火の粉を被ったり要らぬ恨みを必要以上に買うのは御免だ。
依頼内容のバックグラウンドも、周辺の情報も抜かりなく調べさせた上で、依頼を選り好みして引き受けている。
常に、そう慎重であるようにしている。
だからこそ、隠蔽魔術をごくごく自然に暴露出来る能力と、その深度に警戒を抱いた。
ちゃぷん…と湯舟のお湯が鳴る。
横を見れば、剣竜が目を閉じて呻っている間に寄って来た幼女が、足を湯舟に浸けていた。
そのまま、おずおずと湯舟に入ってくる。
「あの…… ぁ…ありがとう。」
まだ警戒心が残った表情ながら、剣竜の顔を見ながら礼を言う。
自分の事を指差し「ぎょ…ぎょくらん、なの…」と名乗る。
「……ふーん。いい名だな。」
「ぱぱとままがつけてくれたの…」
首から下げた小袋をギュッと握りしめて、幼女が絞り出すように呟く。
小汚い小袋だが、服を脱がせる時も身体を洗う時も身から離すのを全力で拒否した代物だ。大事なのだろう。
「ぱぱ…げんきになる?」
「パパって、あのデカ猫か?」
剣竜の問いに、首を縦に大きく振り肯定する。
「ま、死にゃしないだろ。」
非常に素気無く答えたが、その回答に幼女は一安心したようにニッコリと笑った。