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「どーしたの?!?!!!それ!!!」
驚愕の声でキャップは自分の主人を迎える。
目の前の剣竜は、虎程もある血塗れの獣を両肩に乗せ、片脇にはボロ雑巾の様な子供をぶら下げるように抱えている。
血塗れの獣を抱えているお陰で、剣竜こだわりの服もすっかり汚れきっている。
今までにこんな汚い格好で帰ってきた剣竜を、キャップは見たことが無かった。
飛空艦を周回させて剣竜を待っていたところ、連絡が入った。
指定の場所まで移動し、なるべく低空まで降ろし後部ハッチを開けて待っていろ、との事だった。
滅多な事では、着地以外で航空艦を地上近くまで下げたりしない。
光学迷彩と隠蔽魔術を展開していても、存在そのものは消せない。駆動音や排気の風は隠し難いからだ。
まして、魔素が濃いとわかっているこの森の上では、操舵が難しいのは、剣竜も充分理解している。
珍しい指示だと思いながらも、命令通りに動いたところ、先述の、今までに見たことの無い、汚れた状態の剣竜が巨大な荷物付きで飛び込んで来たというわけだ。
「ハッチを閉めて、緊急離脱。この周域から一定距離を取れ。あと風呂に湯も、な。」
「はい!」
指示を受けると、キャップは掌を横に撫でる様に滑らせる。今まで無かった電子コンソール画面が空中に現れ、キャップは指示を打ち込んでいく。
船長の名を冠しているキャップは、存在そのものがこの艦でありコントロールシステムと直結している。
どこに居ても、この艦の内部は自在だが、主人の動向と持ち帰られた予想外の大荷物が気になるのか、すぐ側で入力をしていく。
閉じられたハッチの横で、剣竜は血塗れの獣…巨獣猫を肩から降ろし傍らに子供を置いた。
ボロ雑巾の様だと思った通り、随分と汚れているが、子供の方は大きな怪我をしているわけではなさそうだ。
あまりに子供が汚いので、キャップは顔を顰める。
「……ねぇ、何があったの?」
キャップは巨獣猫に回復魔術をかけている剣竜に近寄り、小声でおそる恐る尋ねる。
「面倒だから放っておこうと思ったら、このズタ袋みたいなお子様が服を掴みやがってよ…」
ぼやく様に返事をしながらも、剣竜の治癒魔術は途切れる事は無い。
命の灯火が尽きようとしていた巨獣猫は、魔術により見る間に外傷が塞がり、注がれる魔力が体内の生命の泉を湧かせる。
巨獣猫の呼吸が安定したのを確認すると、一区切りついた剣竜は息を大きく吐きながら立ち上がる。
「にしても、珍しい事もあるわね~?」
主人の性格をよく知るキャップが剣竜の周りをフワフワ浮かんで回りながら、からかう様に言う。
「服が汚れた分の請求はきっちりしないとな。
それと、そこのデカ猫と目が合った。そこなガキに服も掴まれた。隠蔽魔術は解いていないのにな。」
「目が合った???掴まれた?!」
そんなの有り得ない!!と言わんばかりにキャップは前のめりになって声を上げる。
キャップが知る限り、主人である剣竜は高ランクの魔族だ。
契約を交わしてから幾許か時間が経つが、今までに剣竜の隠蔽魔術が破られたなど聞いた事が無い。
剣竜が巨獣猫と汚い子供を連れ帰って来たこの事態に、キャップの心がザワザワした。
「…いや、あるいは………。」
剣竜には巨獣猫が口を動かし呟いた言語に覚えがあった。
……あれは…。
「ねぇ〜……とりあえず、お風呂に入ったら〜?」
しばらく考えを巡らせていた剣竜にキャップが声をかける。巨獣猫の側に縋り付くズタ袋もとい子供を見て、眉を顰めながら呟いた。
ついでに、今までになく汚い剣竜も厭だった。
巨獣猫の方は、後は体力の回復を待てば問題無いだろう。
移動させるにはあまりに巨体なので、殺風景だがハッチと隣り合う格納庫にこのまま横にしておけばいい。
保温の為に剣竜が適当な毛布を出して来て掛ける。
「おい、お前も行くぞ。」
巨獣猫から離れようとしない子供に、声をかける。
子供は頑なに動こうとしない。
「お風呂、行って来なよ?ご機嫌損ねちゃうと、このでっかいネコちゃん、助けてもらえないかもよ?」
キャップが子供にひっそりと耳打ちすると、ハッと顔を上げ、おずおずと剣竜の後ろにくっ付いて歩きはじめた。