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飛空艦から飛び降りた剣竜は、頭を下に向け一気に地面へと加速していく。
途中、身を翻し足先を下に向け、重力に魔力を重ね更に加速する。音の壁の破裂音が後から付いてくる。
剣竜の体そのものが弾丸となり、降下地点と設定した建屋に向け、加速を緩めることなく一気に突っ込む。
ーーーードゴォオオオオオオオオんンン!!!!!!!
爆音の入り混じった轟音と共に降り立つと、周囲が一気に騒がしくなった。
建屋は剣竜が突っ込んだ威力で半分が爆砕し吹き飛び倒壊し、見るも無残な姿になっている。着地地点はクレーター状に抉れ、もうもうと土埃が舞い上がり、大小の吹き飛んだ瓦礫が宙に舞う。
空から突っ込んで来る剣竜に気付いていたのか、魔力障壁を展開して身を守った者が多数居た。
憐れ、接近に気付かず建屋の爆砕倒壊に巻き込まれ、身体のかしこを吹き飛ばしたり、瓦礫に巻き添えになり引き潰された者も居る。
魔力障壁を展開したものの、突入の威力の方が強すぎたのか障壁を突き破った爆風で引き裂かれた肉片が散らばる。
「何者んだ!!!きさ…ゅ……るぇぁ…??!」
真っ先に剣竜に飛び掛った巨躯の魔族の首が捩じ切られ、宙を舞った。
魔族の首は地面に着く前に、剣竜を囲んでいた数人の魔族の胴が、縦に横に薙斬られ、上下左右に分かたれた身体が飛沫を上げながら倒れ込む。
「雷よ!!我が声に応………ぅぁ"……?」
呪文の詠唱をしていたエルフの女は目の前に突き出された剣竜の手の上に注目した。
まだ鼓動している心臓がそこにあった。
鼓動の度に、心室に残った血液を搾り出す様に吐き出している。
女の胸部に赤黒い滲みが広がっていく。
己が心臓が抜き取られた事を悟る前に、女は絶命し崩れ落ちた。
剣竜が女に心臓を見せつけている隙に、幾人かの魔族が重火器を取り出し、剣竜に向けて一斉に掃射する。
魔力の乗った弾丸が雨霰の様に降り注ぐが、全て剣竜の手前で静止し、空中で止まった弾丸の壁となっていく。
剣竜が女の心臓を弾丸の壁に向かって投げ棄てると、心臓が破裂しながら血の魔法陣に変化し、魔法陣から伸びた血が弾丸を覆い、血で出来た鏃へと形状を変える。
剣竜が指を鳴らしたのを合図に、鏃は息吹を得た弾丸となり重火器を持った者達の元へ。狙い穿ち命に穴を開けていく。
「ギャァアアアア!!!」
「ヒギィイイ!!」
「ィアァアアア"!!!!」
手を足を胴を頭を狙い、逃げ惑う者の後を追い、鏃は不規則に飛び貫いていく。絶叫がこだまする。
阿鼻叫喚の地獄絵図を気にした様子も無く、剣竜は瓦礫を軽く避けながら先に進む。所々でまだ息のある魔族に止めをさしていく。
少し進んだ所で、建屋の奥から憤怒に満ちた魔族が現れた。
アークデーモンだろう。
「貴様……何者だ!!!」
「何者って、ただのハンターだよ。」
剣竜が退屈そうに答える姿に、更なる怒りを触発されたアークデーモンは、怒声を上げながら無詠唱で魔術を解き放つ。
「地獄の業火に灼かれろ!!!」
とぐろを巻いた炎で出来た火球が剣竜に向かって投げつけられる。
意に介さず、剣竜はアークデーモンに向かい突進する。
火球が剣竜に触れる間際に、半分に割れ、瞬く間に火球の基質が書き換えられていく。
赤い炎が紫から青く焔の色を変え、とぐろを巻いていた炎は鎌首を擡げその矛先をアークデーモンへと向ける。
「?!?!!!な…ぁ"……?!!!」
青から白に色を変えた焔がアークデーモンを包み火柱を上げる。
その後の言葉を続ける事なく、アークデーモンは白灰となった。
「あー。悪く無いね。この炎。」
剣竜が手をパンパンとはたきながら、アークデーモンだった灰に語りかけた。
「…こんなもんか?」
辺りを見回しながら、一人ごこち呟く。
剣竜のひとりごとに対し何か反応する者は居ない。
飛空艦から降下して小一時間というところか…
目的を果たした剣竜は着地地点からアークデーモンまでの道のりとは逆に歩く。着ている外套の汚れを気にして裾を摘んで見ると、血飛沫が見つかった。
「……げ。」
お気に入りの服の汚れに顔を顰める。
汚れを気にするぐらいなら、わざわざ白の外套など着なければ良いのだが、そこはそれ。
着道楽の剣竜にとっては白の外套は今日はコレを着るべき!!と心が囁いたベストコーデだったのだ。
絶対に外せない。
とっととクリーニングに出そう…など考えながら、他に大きな汚れが無いのを確認すると裾を手で払う。
首を半周する形で装着している通信機器に触れ、魔力を流すとすぐさまキャップに繋がる。
「はいはーい!おつかれさま~!!」
「予定通り終了した。どこで拾える?」
「う~ん…その辺、森深いのと魔素が濃いめで艦を下ろすのに向いて無いのよ。
そんでもって、そこの建物から逃げ出した奴が森に出たのを感知してるわよ~。」
「マジか。面倒だな…。一人や二人、どうでも良くね?」
「ダメです~!目標は殲滅!!はい、お仕事~。」
「ち。」
「10時方向、5キロ程先に開けた場所があるから、そこで待ってるわ~!」
「………了解。」
厭嫌ながらの返事をし、通信を切ると駆け出す。
5キロ程ならば魔力で強化した脚力ならばあっという間に着く。駆け出すとすぐに眼前が開けた。
今まで居た建屋から、屋外に出たのだ。
降下前に捉えていた魔素が濃い深い森が広がっている。
この濃度だと、確かに飛空艦を降ろすには不都合だろう。
剣竜は、アシスタントと航空艦の管制を全面的に担う、自身の従属精霊の顔を思い浮かべる。
精霊と呼ばれる存在は、物質の身体を持つものから、霧の様な不安定な幻影体でいるもの、全く物質の身体を持た無いエネルギーだけの存在まで様々な形態を持つ。
キャップは、エネルギーと意志だけでなんとか己の存在証明を保っているレベルの精霊であった。
剣竜と契約し従属させた過程で、立体映像で表示できる仮の表現身体を与え、艦に存在を紐付けする事で飛空艦を自在に管制する役割を担えるようになった。
艦内に限ればキャップの権限は絶大だが、元々が高位の精霊では無いためこの森の様に魔素が濃い場所では、飛空艦の航行に支障を来たしかねない。
「魔界」にはよくある森だ。
魔素の濃い森を駆け抜けてながら、剣竜の側から飛空艦の位置を探知する。おおよそ見当を付けた場所で待機しているのは間違いない様だ。
飛空艦までの道程で、逃げ出したという魔族を追う。
視界に捉えると、追い抜きざまに心臓を抜き取って棄てた。声もなく崩れ落ちる音を聞きながら、振り向く事なく走る。
あと1分足らずで、キャップが待つ飛空艦が待機している場所に着くだろう。
「?!!」
剣竜の足が瞬時に止まり、反射的に隠蔽魔術をかけた。
ーー血の臭いだ…。
先程までとは違う、時間が経過した血と腐臭が混じった臭いだ。ざらりと厭な感じが肌を撫でた。
森の地面を覆う枯葉や枯れ枝を踏みつけ、なにかがこちらにやって来ている。重量がある生物が何かを引き摺りながら、蹌踉めきながら歩んでいる音だ。
剣竜に目掛けて向かって来ているというより、たまたま双方ぼ進路が被って交差しただけの様だ。
だが、血の臭いは警戒して然る。じっと様子を伺う。
メキリ、と一段と大きい足音と共に現れたのは、全身が血に塗れ、今にも力尽きて倒れそうな、虎程もある獣だった。
体躯は虎ぐらいあるが、見た目は大きい猫だ…気配を絶ったまま観察しながら、剣竜は心中で唸る。巨獣猫の口には大きいズタ袋が咥えられている。
ズタ袋を落とさない様に、なるべく引き摺らない様に持ち歩いている様にも見える。
巨大猫がゆっくりと2、3歩歩みを進めたところで、剣竜と目が合った。
一瞬、心臓がざわついた。
瞬時にかけたとはいえ、隠蔽魔術には魔力気配の遮断と光学迷彩による姿の隠蔽が同時にかけてある。
それ故に、堂々と巨大猫の様子を観察していた。
目が合ったのは気のせいかとも思ったが、巨獣猫は確実にジリジリとこちらに距離を詰めてくる。こちらへの害意は無いようだ。
視線を逸らさず、巨獣猫は屈みながらズタ袋をゆっくり下ろすと、口を開いた。
「**** **** *・*** **・** *・*** ・*・** ** ・*・・ *・ …」
低く唸りながら何かの言語で訴えた巨大猫の目から光が薄れ、剣竜の前でそのまま倒れ込んだ。
「…チッ。」
これはあからさまに厄介事だ。
踵を返すが「?!」ぐいと引っ張る力により、足を引き止められる。
振り返ると、先ほどまで巨獣猫が咥えていたズタ袋が剣竜の外套の裾を確と掴んで握り込んでいた。
隠蔽魔術ままだ解いていない。にも関わらず小さな手は捉えて離さなかった。
…ズタ袋だと思っていたものは、そうとしか思えないぐらい汚れまみれの、小さい子供だった。