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SUPERSONIC SHRED GIRL  作者: 小山祇
3/5

第一部 超怒級怒濤重低爆音 3

 カーテン越しに日差しがゆっくりと朝を告げてくる。少しぼんやりとした頭で布団の柔らかさを確かめながら起床をためらう幸せな時間を享受する。


 有紀はまだ慣れない新居の自室で昨日までのハイスピードな時間に疲れた体をベッドに放り投げていつのまにか眠り込んでいたようで、ダウンケットは掛けていたけれど、いつもなら寝苦しくて起きてしまううつ伏せのまま意識を失くしていた。


 昨日。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「嫌です、私できません!」

 お金に困っているわけでもない。迷惑をかけるほど赤字を出したとも聞いてはいない。勉強はたしかに大変だけれど、自分だけ東京に残るつもりだったのを両親が認めてくれなかったから仕方なくF県に来てしまっただけ。時間が経ったらこっそり東京へ戻るつもりだった。


 「杉原さん!今はお説教の時間ですよー」

 ビキビキと引きつった笑顔で島が有紀を無理やり床に正座させる。止める大人はここにはいない。


 茜に有紀、そして明日香と陽子と咲の2年生が仲良く並んで正座させられる。


 「騒ぎになってから私があなたたちに頼んだわよね?『ご両親と一緒に車で学校に入る杉原有紀を入学式が始まるまで音楽室で匿うからその間に見張りと話し相手になってあげて』と。

 入学式をサボって何をやっていたのか説明しなさい!」


 入学式は島がとにかくあちこち調整に走り回って有紀が参加できるように計画をしていたのだ。

 なにせ今回の入学式は『安田有紀を利用した宣伝』になるところだったのだ。だがそれでマスコミを校内へ入れればどうなる?

 普通の生徒へインタビューをやるに決まっている。そうすれば時間通りに進まないし、余計な事を聞いたり話したりする人間が必ず出てくる。

 安田家は誘致によって大きい仕事をできるからF県に移住してくれるのであって、学校を商売の場にするのは違うというものだ。

 

 それに他の業種の経営者からすれば面白くもない話だ。

 企業実習で常日頃顔を合わせる島からすれば特別扱いされては筋が通せないのだ。

 (我が校は公立。えこひいきはできない。いくら町長の肝いりでも大小や有名無名で会社や仕事を区別してしまったら、実習を受け入れ、さらに就職率100%を実現してくれている地域の経営者の皆さんにどんなツラで合えと言うのか!)


 気持ちはわかる。町としては大きなビジネスチャンス。工業団地を用意することもなく、痛みはそんなに必要がない。しかし一流の人間が一流の娘を連れてやってきてくれるとなれば千載一遇のチャンスだと誰だって思う。


 だがそれは安田有紀の両親と有紀本人の気持ちを一番バカにしてしまう可能性があるのだ。


 だから島は必死に『穏やかな学園生活初日』を模索した。


 それは結局達成された。本人と4人の生徒の欠席によって。

 とりあえず部室で演奏していたと言う簡潔な説明を受けて島は呆れ顔と大きなため息をついてから烈火のごとく怒鳴り散らす。

 

 「明日香!まずあんたは2学年トップの成績、しかも県内有数の企業、一之宮建設の娘でしょうが!あんたが率先してそそのかしてどうすんの!?反省文10枚。明日までな!」

 がつん、と頭にハデなげんこつを落とす。


 「次、陽子!あんたはどうしてそうやって明日香の暴走に悪ノリする!?この脳筋バカ!・・・・のくせしてあんたも学年10位に入ってるんだよね・・・・腹が立つから反省文10枚につけくわえて明日の放課後校庭20周!」

 明日香の時よりもさらに強めにげんこつを、がつん、と落とす。

 

 ここで声を穏やかにする。

 「咲、あんたは真面目でしっかり者なのに、いつもこの2人がやることには従うよね~。

 わかるよ、あんたらの絆の強さは。だけど止めておくれと思うよ、紀子お姉さん。それに今度は茜ちゃんも連れまわすことになるんだからあんただけが頼りなんだよ、どうかしっかりストッパーになって。とりあえず反省文5枚ね」

 げんこつはなし。頭を撫でながら、説教というより懇願。

 

 そこからまた激怒モードへ。


 「杉原さん!・・・・親の前で怒りたくはないけど・・・・あなた『人格切り替わる』の知っているのごく一部なんだから慎重にやってくれないと・・・・この先輩3人はどうも言う事聞いてくれないからちょっと心配。それと担任としてはやっぱり初日から欠席者が出たのは寂しかったな。反省文5枚!」

 またがつん、とげんこつをお見舞い。

 

 最後に有紀へ向けて寂しそうな表情で語りかける。


 「安田さん。あなたには本当は怒ってもしょうがないとは思うんだけれど、欠席は欠席。こいつらの拉致監禁に近いので特に反省文とかは書かせませんし処分もないけど、出席を改ざんするわけにはいかないから。欠席1、皆勤賞は早くもなくなりましたってことで」


 くるっと大人たちのほうに振り向いて

 「ま、以上です」

 と笑ってから煙草に火をつけてソファへ座る。やっと煙草を吸ったということは教師としての発言はここまで、ということだ。


 昇も浅井も大笑いしている。

 

 「いやいや、僕も学校をサボったことはあるけれど」

 浅井がコーヒーを飲みたくても笑いが止まらなくてなかなか飲めないでいる。

 「初日からサボるってのはレベルが高い」

 昇もくくくっ、と笑いながら

  「しかし紀ちゃんは男前だわ」

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 むくっと起き上がりベッドを抜け出す。カーテンを開けるとやはりまだ馴染まない山と空。本当の空があるらしいけれども、この青が本当の空なのかはまったくわからない。


 洗顔のためにタオルを手に取りる。広い部屋に机と本棚、そして大きなクローゼット。何も散らかっておらず、映画のセットのほうが生活感を感じられるほど素っ気ない有紀の部屋。

 

 エアコンが常に利いていて必ず一定の温度と湿度に保たれているのは東京の時と一緒。


 「おはよう」


 その素っ気ない部屋の同居人へ挨拶をする。

 『ブリュートナー1890年のモデル6』

 この1台がプライベートな愛機であり、命よりも大切な宝物。

 このピアノについてはいずれまた。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 だいたい話をまとめるとこうだ。

 有紀の所属レーベルは業界大手の傘下で、有紀の音源や写真集の売れ行きは上々、演奏会のチケットはいつも即完売の満員御礼。

 ただし、有紀の両親が『絶対にF県に連れてゆく』と譲らなかったことが一つ。

 そして『JK』とか『かわいい』という前書きがある売れ方は長続きはしない。クラシック音楽での成功ならば絶対に海外で通用しなければならない。有紀は年齢的には国内のコンクールでの優勝歴しかない。今のアイドル的売れ方が万が一無くなっても耐えうる権威と名声はこれか取得していかねばならないのだ。


 その時に、杉原昇が『2015年ショパンコンクール第2位のピアニスト』とのコラボ、そして『クラシックとは別に他ジャンルでの売り出し』を持ちかけてくれた。

 そこに島も参加し、学校とT町での暮らしをバックアップすることを提案した。もちろん町が有紀を『宣伝』に使ってしまうことも読んでの行動だ。

 ポスターや広報への掲載などならそれは仕事であるが、マスコミがうろつくような過度な状態は学校としても避けたいところ。


 なるほど、大人たちの理屈は綺麗なものだ。有紀本人は言われるがままに仕事をこなしてきただけで、ピアノに関しては師の指導以外、余計な雑音は一切受け付けずにやってきた。

 優勝したコンクールだって海外のジュニア部門扱いの姉妹コンクールであって、たくさんの海外ピアニスト達とぶつかり勝ち取ったものた。

 嬉しかったが、師はそれでも「まだ海外へ参戦するのは来年以降」と厳しく、落ち込んだ。


 両親は優しい。それでも今回どうして自分を連れていくことを譲らなかったのかは未だ説明はしてくれていない。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 「とりあえず、昨日はエライ目にあったわ」

 明日香がトーストにマーガリンをがりがりと塗り付ける。ポロポロとこぼれるパンくずを咲がランチョンマットをうまくずらして受け止めている。


 「あんたらはいーじゃん!私は校庭20周走るんだよ!鬼だわ紀ちゃん」

 陽子がスモークサーモンにキュウリとクリームチーズのベーグルサンドをわっしゃわっしゃと口いっぱいに詰め込みオレンジジュースでそれを流し込む。


 「まあ、陽子には楽勝だからね、校庭20周くらい。フルマラソンじゃなかっただけ良しとしようよ」

 咲は自分が食べるよりも周りの世話で忙しい。


 茜はリスでももっと大きく口を開けるぞ、というくらいに小さく小さくレタスを齧っている。咲がコーヒーとオレンジジュースどっちがいい?と聞いてあわわと迷うのがかわいい。


 「って・・・・なんでウチにいるの?」


 有紀が朝食を取ろうと1階に降りると朝なのに賑やかだった。部屋着のままでは恥ずかしいので一旦戻り、制服に着替えてリビングへ向かうと茜と2年生トリオがわいわいとご飯を食べているではないか。


 「おはよう有紀さん。あ、そうだ、お母さんこれ、みのりさんお手製クッキーです。おやつに食べてくださいって」

 何事もないように明日香が挨拶をする。

  

 「あ、有紀ちゃんだー迎えに来たぞ」

 陽子がすでに我が家状態だ。自分よりもこの家に馴染んでいるんじゃないだろうか・・・・・


 「おはよう有紀ちゃん。紀ちゃん先生がね、『まだマスコミがうろついてるからしばらく登下校は一緒にすること』って」

 咲は自分が食べるよりも明日香がフォークがない、と言えば渡してやり、茜があうあうとしておればどうしたの、と声をかけ、有紀の母を手伝ったりまるでお母さんだ。


 「お、おはよう・・・・・」

 茜はおどおどしながらぺこりと頭を下げてくる。

 

 はぁ・・・・溜め息をついてみる。こんなに騒がしい朝食は生まれて初めてだ。

 とにもかくにも食卓へつく。

 いつものトーストとは別に色々な種類のベーグルサンドが並んでいる。母はこんなモノは作らない。忙しいので朝食は簡単に・・・・が安田家のルールなのだから。

 

 「これねーみのりちゃんが持たせてくれたんだよ」

 陽子が手についたソースをペロりと舐めながら説明をしてくれる。

 「みのりちゃん・・・・ああ、茜さんのお母さんですね」



 杉原茜。

 一晩経った今、冷静にこの少女を観察してみる。

 はっきり言って天然を通り越してポンコツなほどにおどおどして、目も合わせてくれない同級生。しかし昨日、入学式をサボって聴かされたあの轟音の中で彼女は間違いなく、殺気を放ち今にも殺してきそうなほどの勢いだった。

 あれだけの大音量でも生音が聴こえてきそうなほどのピッキング。演奏は軽く脱力をして・・・・なんて言われるけれど、あそこまでバキバキと力が宿った音は聴いたことが無かった。

 そして正確無比な押弦、それらが完璧にリンクした超音速の速弾きは油断したら魂を持っていかれてしまう・・・・実際自分は耐えきれずに気絶した。


 それが今目の前でコーヒーが熱くて飲めないからと涙をポロポロ流している女の子なのか・・・・


 「あの・・・・ちょっといいですか?」

 有紀は食卓の喧騒を止める。陽子だけはもしゃもしゃとサラダを口からはみ出さんばかりに詰め込んで租借をやめないが。


 「どうしたんだ有紀?」

 有紀の父、健太朗が訝しんでコーヒーカップをテーブルに置く。彼は一人娘、しかも友達を連れてきたことが皆無だった娘の友達が訪ねて来てこの喧騒を喜んでいた。


 「あのね、杉原さん・・・・、茜さんは演技でもしてるの?」


 真面目も真面目。大真面目。

 しかし陽子はぶはっとプチトマトを吹き出してしまった。明日香もクスクスと笑ってしまった。


 「2人とも有紀ちゃんは真面目に聞いてるんだから真面目に答えて上げるのが上級生の役割でしょう?」


 咲だけが良心。明日香が暴走していない平常時は本当にお姉さん、いやお母さんじゃないかと思うほどの母性を感じる。


 「うふふふふ・・・・いや、ごめんなさい。私たちは慣れてしまっていたから、初めての人がそう思うのは無理もない」

 明日香がナプキンで口を拭う。もちろん絶妙なタイミングで紙ナプキンを渡したのは咲だ。


 「彼女は、理由は私たちもわからないんだけれど、ギターを持つと人が変わる。記憶は失ったりはしないけれど、言動がすべて『メタルかメタルでないか』で決められる」


 茜はもじもじと顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。

 明日香はそれを気にもせずに話を続ける。


 「彼女は控え目に言って『天才』、最大級の賛辞ならば『化け物』。ただしこのとおり非常に気が小さいというか臆病、しかしギターを手にした時のギャップが大きすぎて、今まで昇さんが表舞台に立つことを許さなかったの。」


 「それを高校生入学と同時に条件付きで解禁してくれたわけ」

 陽子がプチトマトをひょいっと口の放り込む。

 

 「その条件が私たち3人と行動を共にすること、人前での演奏はバンド形態でやること、なの」

 咲が陽子にも紙ナプキンを手渡す。


 「大人の理屈に子供の理屈。それが合致したのよ、安田さん」

 ふふ、と明日香が笑う。

 

 「私と陽子と咲、元々はバラバラにバンド活動をやっていた。たまた全員がみのりさんのお店に通っていた縁で繋がったわけ。

 私は世界を獲るためのメンバーをずっと探していたから理想のベーシストとドラマーが見つかった。あとはギタリスト。私が歌いながら弾いていたけれど私は自分が最高のギタリストじゃないことは自分自身でわかっていたから。そんな時に茜さんのジャムの相手をさせてもらうことになった。

 演奏の後、速攻で昇さんに茜さんとバンドをやらせてください!って土下座してたわ」



 「明日香の土下座はあの一度っきりだな」

 陽子がオレンジジュースを一気に飲み干す。

 「明日香は昔から礼儀正しいから」

 咲はコーヒーを。

 「うにょー」

 茜は決めかねすぎてとりあえず両方、と並べられたオレンジジュースとコーヒーを交互に飲んでいる。コーヒーは苦くてこの世の終わりみたいな顔をしている。飲まなきゃいいのに。


 「その時、昇さんに高校生までは茜は人前では演奏させない、って言われて・・・・待って待って待って・・・・ついに来たチャンス。そして最高のピアニストもゲットした!」


 いや、私はモンスターとか英霊とかそういうんじゃないんですけど。有紀は呆れ顔でコーヒーを一口飲む。


 「私は世界一のバンドを作る!」


 『おーっ』

 ぱちぱちぱち。

 陽子と咲、茜も拍手。ついでに健太郎も。


 「あの・・・・私は別にいらないんじゃないですか?茜さんすごい上手だs・・・・」

 「安田さん、荘厳なメタルにシンセは必要不可欠!そしてギタリストとバトルができる凄腕が必要なのよ!」

  食い気味に明日香がテーブルを叩いて強く否定する。


 「クラシックからの転向でロックやメタルのキーボディストになる人間は山のようにいる・・・・私が欲しいのはクラシックでも実力があって、そのまま二足の草鞋を履いてくれる人間よ!


 あなたは世間ではかわいいJKピアニストという認識だけれども、国内外の評論家や演奏家からの評価は高い。そしてまだ数は少ないながら作編曲も、こなせる。

 考えて。私と一緒に世界を掴もう。君が望む世界を一緒に見よう」 



 まただ。この説得力。自分の1つ上の学年なだけ。それだけなのにとてつもない力を感じる。


 「大人たちは君を優しくそして確実にサポートしてくれるだろう。

 「有紀ちゃん、演奏会を開こう、きっとチケットは売れるよ」

 「有紀ちゃん、いいピアノがあるよ。きっと君は気に入ってくれるだろう」

 ・・・・とね」

 明日香はその上品な顔つきを少々下品に歪めて有紀へ魔術のように言葉を紡ぐ。

 

 「そしてある日「有紀ちゃん、素敵な女性に育ってほしい。君のことは必ず大切にするよ」そうやって平凡な日々を送る・・・・それはとても幸せなことだろう。

 だが音楽に一度でも触れて華麗に鍵盤を踊った指が暖かな家庭に入り、家事や育児へと没頭させてくれるだろうか?音楽家に引退はない。一生音楽に憑りつかれ続ける。

 それは地獄だ。

 音楽なんぞ麻薬よりもタチが悪い。人を不幸なまま躍らせて置き去りにしてしまう。

 踊らせるか、踊り続けるか・・・・人間はどちらかでしかない。

 そんな時に君は後悔してももう遅い。私は少々過激ながらも君が描く譜面とそれを披露する舞台へ導けるはずだ。着いてこないか?」


 少し下を向いて表情は口元でしか見えない。

 とても不遜。とても傲慢。まるで昨日の茜のように。

 違いと言えば茜は『獣』で明日香は『映画や小説に出てくる悪党』のようなだけ。


 「昨日のように激しすぎるのは困ります・・・・・もっと大人しい感じにはできませんか?」

 水を差す有紀の切り替えし。

 

 「激しい、激しくないだけで論じるなんて・・・・天下の『安田有紀』はずいぶん安っぽい価値観で音楽見てんだなー」


 ボリボリとみのりのクッキーを勝手に開封して食べている陽子がぶっきらぼうに吐き捨てる。


 「おまえ、見てみろよ、茜ちゃんの顔をよー」

 

 うつむいて小さく震えていた。

 最初は小さかった嗚咽が確かなものとなり涙が膝の上に零れ落ちている。

 

 

 「ええええ?なんで泣くの!?」

 あわててポケットからハンカチを取り出し、茜に渡そうとするも泣きじゃくってハンカを受け取りもしない。

 涙を拭取ってあげようと有紀が頬へハンカチを近づけるとその手を跳ねのけて茜は泣いた。


 「め、メタル・・・メタルやりたぃう゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!」

 

 「ちょ、ちょっと、そんなに!?」


 「そんなに、なのよ有紀ちゃーん、茜ちゃんはね、昇さんが引き受けた仕事でメタル以外のギター録音ばっかやらされてたからメタルがやりたくてやりたくて仕方がないのだね」

 陽子が無表情でクッキーの最後の一口を頬張る。


 「つまり、君が言った『大人しい音楽』なんて君が耳にしている数百倍を演奏して商品として納めているのよ、彼女は・・・・」



 明日香が立ち上がり有紀へと近づき頬をくっつけ、頭に手を乗せて小声で、しかししっかりと響く声で

 「・・・・考えてあげなよ」


 と耳元で囁いた。


 その後はパッと離れて、また席にもどり今までの話がなかったかのように笑顔と会話の絶えない朝食の食卓と戻った。


 それが怖かった。不思議なほど束縛されたような強い息苦しさ。


 茜は有紀の母親と咲がなだめすかしてやっと、引きつるようにしながらも涙を堪えだしている。不思議と罪悪感も湧いてきてしまう。


 ・・・・考えてあげなよ

 


 いったい私は何を考えさせられるんだろう。

 人の言いなりになった覚えは一度もない。この一見楽しそうな朝食で私はマフィア映画のように脅された。

 

 だが、このままズルズルと流されるわけにもいかない。時間があれば少しでも練習をしてじ技術を高める。そしてショパンコンクールへの挑戦。

 いまここでバンドなんて始めたらそれどころではなくなる。

 写真集とか出していても私はけっして『アイドル』ではない!


 「・・・・じゃあ、」


 固唾を飲みこみ少し吐き気を覚えたのを無理やり抑え込みながら有紀は明日香へ訴える。


 「私と一緒にやるに『相応しい』か見定めてもいいですか?」


 これは賭け。だが絶対に乗ってくる賭け。


 「いいわ」


 私だってお人形じゃない。

 誰かのために弾いてるわけじゃないんだ。


 

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