第一部 超怒級怒濤重低爆音 1
世の中には、メタルか、そうでないものかの2種類しかない。
-ジョーイ・ディマイオ
その少女はただひたすらに邪悪で世界で一番怒っていた。
ロングヘアーの華奢な体に不釣り合いな7弦ギター。
黙っていれば天使のように美しい。
しかしアンプの前に立つその姿は強く、暴力的で威圧的。
彼女たちは神さまと手をきって、
地獄の悪魔の手をとったのかもしれない
弾くは光速 唸るは轟音
鳴らすコードはこの世の破滅。
見た目だけならふんわりとしとた美少女が傲岸不遜に唇を歪め悪党な笑みをこぼす。
「さあ、演奏を始めるぞ。黙って聴いていろ、ピアニスト」
ドラムがカウントを始める。
ポニーテールが揺れたドラマーが突然工事現場のようにブラストビートを叩きだす。
その醜悪なまでに無骨なイントロから7弦をめいいっぱいに使ったディミニッシュのスイープを6連で叩き込んでくる。
テンポ180でもまったく破たんしない正確なプレイ。
そこからグロウルをまき散らしながらボーカルが入ってくる。
ベースもスラップ混じりで腹を抉る。
化け物。そんな言葉しか思いつかないほどに残酷で醜悪で無慈悲な鋼鉄の音楽。
もう扉を開けて防音されたこの部屋から出ることはできない。扉を開ければこの極悪サウンドは表へ漏れ出し苦情が殺到してしまう。
(初日になんなの・・・・もう消えたい)
ピアニストと呼ばれたたった1人の観客はとてつもなく重く、速く、強烈な音に鼓膜から心臓を掴まれ何度もぶん殴られるような感覚に陥った。
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新しい生活を迎える若者の顔はいつの時代も美しい。
少しの不安と根拠のない期待
その瞳には世界が見えている。
さほど美しくもない荒涼とした世界かもしれないけれど。
それでも彼らは無邪気で強い好奇心で、騒々しく夢を語るのだ。
ここはF県T町。
特別な産業も名物もない、衰退するだけのよくある地方自治体。県最大の商都から通勤圏内のため人口もそこそこだが、やはり高齢化と少子化からは逃れられていない。
駅前はシャッターが降り車が通るたびに
ガシャガシャ・・・・
と揺れその音は人気のない商店街に空しく響くそんな町だ。
今年も住宅地を緩やかな坂道で抜け一番高い場所へ続く、桜並木を真新しい制服の新入生が登り歩いてくる季節になった。
そこにある『船山高校』は地味な自治体に唯一ある高校だ。
普通科高校でありながら珍しい『デュアルシステム』を取り入れているので、製造業への就職率が高い。
そのため進学科もあるのだが、多くの生徒は企業への就職のために集い学ぶ。
だがそんな何の変哲もない高校へ多数のマスコミが押し寄せていた。登校してくる新入生と在校生へ片っ端にマイクとカメラを向けてインタビューを試みる。
迷惑など考えていないのだろう、歩道を塞ぐように三脚が並び、学校内の様子を撮影しようと脚立に昇る連中が嫌そうな、迷惑そうな顔をする生徒などどこ吹く風で我が物顔だ。
1人の女子生徒がTV局のレポーターに捕まって質問攻めにされていた。
「あうあう・・・・」
「有名人が入学するという噂はご存じですか?」
「あうあう・・・」
女性のキャスターが答えようのない質問を繰り返して4度目、
「そのへんにしていただけますか?」
キリリとモデルのような女性教師が声をかける。キャスターもカメラマンも教師へ矛先を変える。
・・・・がその美人女性教師は咥え煙草でとんでもなく不機嫌そうにガンを飛ばしている。
「撮影止めてもらえますか?」
アメリカンスピリットを綺麗な唇の端でもてあそびながら生徒の前に仁王立ち。
「あの・・・・これ生中継なんですが、教師の方ですよね?詳しくお話を・・・・ちょっとやめ!」
カメラをがっつり掴んで女性教師はキャスターへ迫る。
「ウチの生徒は見世物じゃないんです。御引き取りください」
大急ぎで退散していくTV局を尻目に煙草に火をつけながら
「まったく・・・・今日は入学式前の仕事が多すぎる。さあ茜ちゃん、はよ学校に入りな」
「ありがと・・・・島先生」
ふう、と煙を吐き出して『茜』を見送ると、また遠くで声を掛けられている生徒を見つけてしまった。やれやれと頭を掻きながら『島先生』と呼ばれた女性教師は歩き出す。
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入学式は地元の新聞社とラジオ局だけが取材を許され、東京からのマスコミは全てシャットアウトの厳戒態勢で行われた。
生徒の中でもざわつきが収まらずしばしば注意の声が司会から発せられた。
なぜこんな田舎の高校の入学式にマスコミが殺到しているのだろうか?教員以外で気がついている人間はほんの一握りしかいない。
来賓の祝辞、市長が登壇しお決まりの挨拶が始まる。長々とどうでもいい話が続くのか・・・・と思ったが途中で
「今年、ドイツなど海外でも高名なピアノ調律師である安田夫婦が工房を我が町に開いてくださり・・・・」
と話題を切り出した。デュアルシステム採用の学校、
たくさんの地元企業と連携をしているが、若い町長の肝入りで1人のピアノビルダーが個人経営としてはたぶん日本最大規模の工房を町に新設したのだ。
ピアノ調律師はピアノの調律だけにとどまらず修理や古いピアノの修復もする。そしてピアノの製造・設計をするためピアノ製造技師とも呼ばれる。
大手メーカー以外にも日本には小さなピアノメーカーがいくつか存在するが、町長は『T町から新しいピアノメーカー』を立ち上げようとしたわけだ。
原発事故で人口が減った周辺の自治体から楽器に使用できる木材を集めて復興事業にしようということだ。
楽器に使用する木材は産地で決まるようなところが歴史的に大きいが、現代は資源の枯渇からの保護のため何かで代用しなければならないこともある。
そうすると日本国内の木材に置き換えたり、他の未使用材の転用、また薬品や特殊加工によりある程度のレベルまで持って行けることがわかっている。
それに機械的なエイジングを加えて歴史ある名機と変わらないモノへ昇華させようという今時珍しいほど『モノづくり』への情熱を感じさせる事業だ。むろん復興のため税金も流れ込むわけだが。
そしてこの話に『ざわつき』の原因が深く関わっている。
「えー、その安田さんの娘さんと言えば、みなさんもTVで見た事があると思いますが、美少女天才ピアニストで有名な安田有紀さんでありまして、その娘さんも我が町へ移住していたけることになり、本日からこの船山高校の学生となります。大変喜ばしいことでありまして、私もますますの・・・・」
ざわつきは最高潮、思わず教員達が立ち上がり怒鳴りつける。
「静かに!まだ式は終わっていません!」
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なんとか式を終わらせて生徒を教室へ戻す。『安田有紀』はどこだ!どのクラスになるんだ!?
と騒いでも一向に見当たらないままだった。
1年2組も中学から知っている地元の生徒たちが
「替わり映えしないな」というお約束の会話を繰り広げている。このクラスに安田有紀は見当たらないからだ。それなら話は早い。
すでに帰りにどこへ寄り道をするか?とか、誰かカワイイ女の子は見つけたか?とかそんな会話のほうが高校生には重要である。他校へ行った中学の同級生ともメールアプリで
「そっちはどうよ?」
などとやはりかっこいい男子やかわいい女子の情報をリアルタイムで交換し、この先くるかもしれない出会いに備えるほうが先決というものだ。
この学校は教室のドアがない。もちろん廊下との間に壁はあるが出入りのために、押したり引いたりする必要はない。もちろん黒板消し落としもできないし、教師が来るのも足音で察知するしかない。
チャイムがなっていよいよ一番最初のホームルームが行われる。担任教師が職員室を出てさっそく
「ほら、教室へ入りなさい」
と声をかけ生徒を教室へと促す。今の時代やんわりしたものだ。
だがこの教師は違う。
「おら!くっちゃべってないで自分の教室へ入る!先生へより遅れて教室に入る生徒がどこにいるんだ!高校生活1日目から説教食らいたくないならムーヴ!ムーヴ!」
咥え煙草の女性教師。
「島先生、今時、保護者の方にクレーム入れられると面倒ですから穏便に」
中堅どころの男性教師がなだめても
「殴られない、怒られないとわかってやる『悪さ』は無邪気では済まされません。いついかなる時でも教師とは生徒と本気で向き合うべきです。違いますか青山先生?」
「・・・いや、まあたしかに理想はそうなんですが。あとその咥え煙草はなんとかなりませんか?今は嫌煙の時代ですから・・・・」
煙草の先を指でつんつんと触って
「火ついてませんから。じゃホームルーム遅れますのでこれで」
青山の大きなため息は島の力強い足音にかき消された。
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「私がこの1年2組の担任、島紀子です担当教科は音楽です。音楽って授業の数が少ないから細々としたことから、行事、そして生活指導もやってるのでみなさんとの接触は多くなると思います」
島は音楽の教師としては珍しく非常勤ではない。地元出身であちこちに顔が利くので、企業実習の時の引率や見回り、挨拶回りなどで学校でも重宝な人材なのだ。
それに町の企業としても昔から知っている島が訪ねて来てくれた方が気さくに話もできるというもの。
美人で頭も冴える素晴らしい教師。ただし凄まじいチェーンスモーカーである。我慢ができないらしく学校内でも煙草は火こそつけないがずっと咥えている。
「それじゃ、出席取りますが、その前にちょっとまってね・・・・」
スマホを取り出し誰かを呼び出す島。
「あ、もしもし?そろそろ連れて来てもらっていいかな?・・・・え、なにぃ?かったるいから部室に行く?こらこら!よくも教師にそんなことを堂々と!あっ!切るな!こら!・・・・・」
入学式当日、初登校の初出席に欠席あり。騒ぎを抑えるための策が早くも瓦解したようだ。
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「あの・・・・教室に行かないんですか?」
手を強く掴まれ引きずられるように歩かされる。
「だってさぁ、出席取ってお話して解散だぜ?そんな学園生活のスタートとかつまらないと思わない?」
パーカーを深く被った女子は悪ガキっぽそうに笑っている。
「あの・・・・欠席になっちゃいますよ?」
まじめそうな左からの斜めバンクのショートボブの女性に訴えてみる。
「まあ紀ちゃん先生がなんとかしてくれるから大丈夫だよ」
ダメだ。紀ちゃん先生って誰?
先頭を歩くロングヘアでいかにもお嬢様そうな女性に声をかけよう。集団のリーダーに直接交渉をしなければ動きを止められない。
「あの・・・・・」
「安田さん。私はまさかあなたがこの退屈な町へやってきてくれるとは思わなかった。私はあなたをTVとCDでしか知らないけれど素晴らしいピアニストだと尊敬しています。そんなあなたの入学祝いとご挨拶を兼ねてぜひ『私たちの演奏』を聴いていただけないかしら?」
「いや・・・・・演奏って。あのあなたもピアノをやるんですか?」
「小さい頃から習ってはいたけれど・・・・本職はしがないボーカリストだよ。安田さん。、私はあなたを歓迎する!」
3人組に手を引かれ連れていかれるのが騒ぎの原因、『安田有紀』。
小学生の頃からTVに取り上げられ可愛らしいルックスと確かなテクニック、年齢と釣り合わない豊かな表現力でアイドル的な人気を持ち、この音楽不況の中、CDやコンサートに引っ張りだこ。さらに写真集やドラマ・アニメのテーマソングとのコラボなどで一般人への知名度は抜群。
その安田有紀がほぼ誘拐のような強引さで学校の校庭の端っこにあるプレハブの中へ連れ込まれる。
部活動の部室が、野球部など初見でわかるような外観のものから、入口に書いてある看板でわかるものまで、ユニットタイプの建物が並んでいる。
洗濯機と風になびくユニホーム、立てかけてあるラケット。そして二階建てで独立している建物、1階建てでも広めなところは部活の力の差、人気の表れなのだろう。
そして6畳の部屋は地味というか、そんなに大会に出たりしないというか。その一番端っこに看板もなく素っ気ない扉が待っていた。
何も無いが一番綺麗に掃除されている。汚れもなくぴかぴかに磨き上げられた扉と壁は経年の色褪せ以外は何も劣化がない。
だが他の部室は窓から中が見えるか、カーテンで開け閉めが出来るようになっているが、この一番端っこの部室だけは窓ガラスが撤去されている。扉と壁だけで何もない。
「ようこそ、部室へ。入ってくださいな」
お嬢様が鍵を開け扉を開く。開いた扉の裏はまっ黒な素材が張り付けられている。有紀はすぐに気が付いた。
(ここは完全防音されている・・・・・どうしてこんなところを?)
有紀が恐る恐る中へ入るとまったく明かりのない密閉された部屋だが、何か機材が置いてあるのがうっすらと見える。
有紀の横を通り過ぎて3人が奥へと入っていく。足音の後、何かを動かしたり、電源を入れる音が聞こえる。
「それでは扉を閉めさせてもらうよ」
有紀の後ろから声がする。
あれ?おかしい。1人多いじゃないか?
自分は島先生に騒ぎにならないように、と入学式は泣く泣く欠席、音楽講師室に2年生の先輩、『雨宮咲』と一緒にホームルームが始まってから教室に案内してもらうようになっていた。
・・・・そこへ雨宮先輩の親友2人が突然やってきて
「部室へ行こうぜ!」
と、なった。
2人きりの時はとても大人しく常識あるやり取りをしていてくれた咲も
「あ。そっちのほうがいいね!」
なぜかノリノリ、息ピッタリ。
そこからこのプレハブ部室まで歩かされてきた。つまり人数は4人のはず。しかし扉を閉めた今、この空間には5人いる・・・・・。
最初からいた?まさかこんな息苦しく暗い空間に?
パチッ
灯りが付けられる。同時にエアコンのスイッチも入ったようでリモコンの音の後にガーっと急速で拭きだす風が髪を揺らしていく。
だんだんと明るさになれた瞳がとらえた部屋の中にはドラムセット、ベースアンプ、ギターアンプ。
そしてそれぞれプレイヤー。
ハイハットの調整をし、スネアから軽くタムを回して準備運動をするドラマー。
アンプの音量を上げて、ペンタトニックで運指練習をするベーシストが咲。
そしてギターを背負うのがまったくいつの間にかにこの部屋に入っていた女子。でも同じ制服。
「まず紹介をしましょうか?私はボーカルの一之宮明日香。2年1組」
ロングヘアでいかにもお嬢様そうな女性が自己紹介をする。
「私とはずっと一緒だったからいいよね、苗字は雨宮、雨宮咲、同じく2年1組」
左からの斜めバンクのショートボブのお姉さんのような雰囲気。
「あたしは陽子。今村陽子。やっぱり同じく2年1組。よろしく有紀ちゃん」
パーカーを脱ぐと表れたポニーテールが似合ういかにも体育会系。
ジリジリとノイズが響く。ギタリストは何もしゃべらない。
この学校は制服に校章がついていて、その校章の色で学年がわかる。
その色が1年生の緑色だ。
2年は赤、3年は白。ここでしか見分ける方法はない。
「茜さん、一応自己紹介してもらわないと」
明日香がZOOMLiveTrak L-12の電源を入れて全員に音をもらいレベルをチェックしながらギタリストのほうへと声をかける。
「・・・・あ、あのやっぱり教室には行っておかないといけないと思うんです・・・・それにこのギターの子も1年生じゃないですか?入学式からいきなりサボりっていうのは良くないと思うんです」
ちらっと有紀は『茜』と呼ばれたギタリストへ視線を向けて問いかける。
「あなたもね・・・・ほら怒られちゃうし・・・・・」
スドン!
話を遮ったのは空気を揺るがす低音弦ミュート音。
有紀だってわかる。今の音程は普通のギターじゃ出ない領域だと。
やれやれと言う顔で明日香がマイクスタンドの高さを合わせる。
「さあ、それじゃあ始めよう。我々の歓迎を」
怒り、憎み、そして嫌われる鋼鉄の音楽を奏でる時間が始まる。
「いや・・・・あの・・・・・ちょっと・・・・」
「さあ、演奏を始めるぞ。黙って聴いていろ、ピアニスト」
うろたえる有紀を睨み付ける『茜』はそんな身じろぎを少しも許さない。
カウントから突如始まるブラストビート。
地獄の工事現場だってまだ騒音規制を守っているかもしれない・・・・
(これは夢・・・・だといいな・・・・)
有紀の意識は遠くなる。
彼女たちは神さまと手をきって、
地獄の悪魔の手をとったのかもしれない
弾くは光速 唸るは轟音
鳴らすコードはこの世の破滅。