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白い手紙  作者: 小坂戒
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第八話

 理恵の豹変、それに加え何事も無かったかのような口ぶりが余りに恐ろしかったのもあって、僕はベッドに潜り込んで何も考えるなと念じながら目を閉じた。

 目を閉じると、世界はさらに暗くなってしまう。

 だけど、瞼の裏には色々な物が浮かんでしまう事がある。

 理恵を影と捉えてしまったのは彼女があの黒いイブニングドレスを着ていたからではないのか。

 そう考えると、間違いないように思えてくる。

 理恵の肌は暗闇の中でも青白く見えるのだから、それを遮るのは黒い服しかないのだから。


 あまりに考えすぎたせいか、起きた時には8時を回ってしまっていた。

 昼食以外は理恵の担当とはいえ食事を作らせて平気な顔が出来る様にはなりたくないと、思っている。

 不自由な左足の事を考えると、昨夜の事など薄れるほど自分に情けなさを感じた。

 「直也さん、どうしました。お体が優れませんか?」

 「寝すぎただけだよ。悪いね」

 言った側から笑ってしまいそうになる。

 「朝食が出来てますよ。早く来てくださいね」

 生返事を返し、理恵が出て行く。

 その後、口角が吊り上ってしまうのが止められずに床に倒れこんで声を抑えて笑い転げた。

 理由はないと思う。

 ただただ、飼われているペットのような自分が可笑しかった。


 朝食を共に食べ、昼まで何を為すことも無く過ごし、昼食は外で摂った。

 その後、近くのスーパーで買い物をし、理恵がブーツが欲しいとばかり言っているのがほほえましかった。

 その日の夕食は僕の担当だったけど、それはただの名義でいつも理恵に手伝ってもらっている。

 海老の調理をする時に僕がすることは話す事と、殻をむくこと、後は茹でるくらい。

 つまり、僕の生活に理恵がいることはもう疑いようが無いほど当然の事になっている。

 「これが夫婦っていうことなのかな」 

 「何か言いましたか?」

 「ううん、ただの独り言」

 そう、と返して理恵は火の加減を気にしている。

 僕は皿の用意をしている。

 夫婦として。


 夕食を終え、二人して風呂に入ってから抱き合う。

 左足の不自由な僕は理恵に嫌われてやしないだろうか、と思うも始めだけで、後はただ理恵に溺れていくいつもの営みになった。

 ただ、本当にいつもどおりなら僕はそのまま寝付いてしまう。

 それが今日はよほど意識する事が出来たのか、夜のうちに起きる事ができた。

 時刻は21時56分。


 理恵の部屋に向かうと、僅かに衣擦れの音が聞こえる。

 緊張してしまって心音がうるさい。

 と、部屋の扉がゆっくりと開いた。

 キッチンの影に隠れて見ていると、真っ暗な中にでも理恵の青白い顔が浮かんで見えた。

 身その表情は昨日と同じ。何も感じていないような顔で、背中に汗が這っているのが分かった。

 身に着けているのは黒いドレス、おそらく初めて会った時のイブニングドレスだろう。


 理恵は玄関へと向かい黒いヒールを履き、扉を開けて鍵を閉めた。

 僕はしばらくしてから、外へ出て鍵を閉め理恵のあとをつけた。

 エレベーターが降りたのは1階だったので、足音を殺しつつすぐさま降りて、外へ出る。

 エントランスから少し離れたところに、真っ黒な理恵と真っ黒な男の影があった。

 人のシルエットが分かるぎりぎりの暗さで見える。

 そして、男の影が黒い理恵に差し出した白い手紙が何よりも明るく見えた。

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