第五話
そろそろ入院生活に飽きてきた。
神経質そうな病室の色も、食堂の喧騒も、夜中の静まり返った感じも。
身体は殆ど治ってきているそうなので、いい加減外泊くらい出来ないものかと考えるも外泊よりは早く退院したい。
そう思うことは決して悪い事なのではない、と思いたい。
特に退院してからの未来が楽しみで仕方が無い。
両親と暮らしていた部屋は引き払い、理恵の部屋に引っ越して、しばらくはそこで蜜月を送る予定になっている。
仕事も理恵がやってくれる。
僕がやることは家にいることと、食事を作る事、他にも掃除、洗濯などはあるが雑事に過ぎない。
男なのにそれで良いのかと考える事もあるけど、それ以上に理恵との生活に思いを馳せて自分でも恥ずかしくなる事を考える事がほとんどだ。
楽しいのだから、仕方が無い。
本当に僕は罪深いような気がする。
理恵は毎日来てくれる。
仕事の事を尋ねても何となくではぐらかされてしまい、知らないままだ。
此処の入院費は両親持ち、というより僕の残された少しの財産を当てたみたいだけど、足りない分はどうやら理恵が出してくれているらしい。
会って間もないというのにこの献身ぶり、理恵という女の本性なのか、それとも他に何か目的があるのかと疑いたくもなるというものだ。
疑っても仕方ないし、理恵に対してそんな感情を抱くのは良くない気がしたので考える事はもう止めた。
「また、意識がどこかへ飛んでましたか。あんまりボーっとしてると格好悪くなってしまいますよ」
僕の身体に手を置いたまま、声をかけてくる。
理恵は毎日来るたびに、律儀に手を僕の身体に置く。
30分だったり1時間だったりと時間に差は有るものの、理恵はそこに手を置くとしばらく動かなくなる。
会話ぐらいはこなせるようだけど、意識は手のひらにいっているとしか思えない。
この時間に理恵から話しかけるのは珍しいので僕はそのままを理恵に言うと、いつもと変わらぬ穏やかな顔で返してくる。
「手のひらを乗せるだけではいけないんです。ちゃんと気持ちを集中させて触れるからこそ直也さんの身体に届くんですよ」
僕の身体に届くというのは誇張ではなく、理恵の触れた箇所は僕の感じる限りでは確実に回復していた。
理恵はやはり、普通の女性ではないと怖さを感じる事もあるが、目の前の温かそうな理恵の存在を否定すような気は起きない。
「もう少しですよ、直也さん。近いうちに私達の家に帰る事が出来ます。私、本当に楽しみにしています」
そう穏やかに言う彼女の顔は言葉と同じほどに穏やかな笑みを浮かべていた。