第四話
何の力が働いたのかは明白ではないが、医者が言うところでは僕の怪我はほぼ完治するような物らしい。
車に真正面から轢かれたのに不思議に思うのだが、理恵のことを思えば別段そうでも無いような気もする。
とりあえず、喜んでおくことにした。
「こんにちは、直也さん。ご気分は如何ですか?」
昨日、情けないところを見られてしまったので多少気恥ずかしい。
「どうしました、直也さん。照れてるんですか」
肯定など出来るわけがない。
それに肯定するより聞きたいことがある。
「僕の名前を呼ぶことが多い気がするんですが、気のせいかな」
「気のせいなんかじゃありませんよ、直也さん。忘れてしまいましたか。私は貴方の奥さんなんですよ」
理恵はそれが常であるかのように穏やかに微笑む。
「まだ実感が出来ないな。でも、嫌なわけじゃないよ」
「分かってます。直也さんは嫌だなんて言えませんものね。けど、決して嫌な思いはさせませんから」
穏やかな顔のままで諭すような口調で告げる。
顔だけだと二十歳くらいにしか見えないのに、雰囲気や表情はまるで子を持つ母親のようだ。
どんなことを経験すればこんな風になれるんだろうか。
知りたいと思う。
そして、その思いは多分理恵への独占欲に違いないのだろう。
「直也さん、分かってますか。もう直ぐで直也さんのご両親が来られるそうです」
「今、何て?」
考え事のせいで聞き逃していた。
「あと10分ほどで直也さんのご両親が見えられます」
「昨日も来たのに。でも、何しに来るんだろう」
「親というのは子供が可愛くて仕方が無いものなんですよ」
だから、と理恵が可笑しそうに言う。
「可愛い息子が選んだ人を観察したがるものなんです」
「そうかな。でも、どうして結婚のことを知っているのかな。確か、結婚が決まったのは昨日だった気がする」
「正確に言うと二日前です。憶えてますか、直也さんが結婚しようと言ってくれたんですよ」
よく憶えていないけれど、そんな気もする。
「ありがとうね。直也の面倒を見させてしまって」
「いえ、構いませんよ。私達は夫婦なんですから」
「あら、仲良しなのね」
女二人でもうかしましい。
会話に入れないのか父が僕の方に顔を寄せてくる。
「本当に良かったな。あんな人が嫁さんになるとは、羨ましい」
「年甲斐が無いな。もうちょっと違うことは言えないのか」
この親父は下卑ているけど普通だと思う。
母親も決して何か大事なものから外れてはいない。
だけど、僕と理恵は何かおかしな所に足を踏み入れているような気がして仕方が無い。
いつもの癖で考えに浸っていると、また話を聞き逃した。
一体、何を話していたのか。
「心配は要りません。私が直也さんの代わりに働きますから」
やはり、しっかり話を聞いておくべきだった。
「でも、そうだと理恵さんがしんどくないかしら。子供が出来るってこともあるでしょうし」
「それも大丈夫です。ちゃんと計画を立てますから」
理恵の言葉を聞いた両親が、二人合わせて僕のほうを見る。
言葉も無く目だけが告げていた。
罪深い男だな、と。