第二十五話
言ってすぐに息を漏らす音が聞こえた。
僕ではない、つまり桜木が漏らしたと言う事になる。
その音が僕を嘲笑しているように聞こえ、声を荒げてしまう。
「何かおかしいのか?」
「いや、おかしいとは違う。むしろ、哀れだと言った方が良い」
こいつにそんなことを言われるほどに情けない格好をしているのだろうか。
そういえば、着のみ着のままで外に出たことを今更に思い出す。
「お前じゃない。理恵の方だ」
「お前に何が分かる」
「俺はほとんど分かっている。だから、教えてやると言っている」
「じゃあ早く教えろ」
影からではあるけれど桜木が呆れたような顔をしているのが分かった。
「だということだ。お前から言うか」
この話しぶりは僕以外の第三者へのもの、おそらくこの状況で桜木の近くにいるのは一人しかいない。
「理恵か?」
「そうです、直也さん」
返ってきた声は確かに彼女のものだった。
「なぁ、もう帰らないか?」
桜木が鼻を鳴らした。
僕は無視して続ける。
「君の規則は良く分かったつもりでいる。この男が仕事相手だと言うのなら仕方の無い事だと思う。だから、一緒に帰ってくれないか」
言葉が届いてくれたのか、理恵の姿が街灯に浮かび上がる。
理恵の手を掴もうと僕は手を差し出す。
しかし、彼女の手は微動だにせず、動いているのは口だけだった。
「その前に話を聞いてもらいます。私の口から、直接」
返事はしなかった。
口を挟むべきではない、それくらいは僕にも分かる。
「信じてもらえるか分かりませんが、私と桜木さんの仕事と言うのは死神です。直也さんにも想像できる通りに人を殺して生命のエネルギーを回収するという内容のものです」
何を言い出すのであろう。
死神だとか、ついに頭でも打ってしまったのか。
「さすがに僕でも信じるのが難しいよ。理恵が死神なんてあまりハッキリとはしない冗談じゃないか」
笑みまで浮かんできてしまった。
でも、それは途中で引っ込んだ。
理恵があまりに悲しそうな顔をして言葉を何も発そうとしないから。
そんな彼女を見るのは僕は初めてで、見たくない彼女の姿だった。
「本当にもう、ダメなのか。僕はもうどうしようもないのかな、なぁ、理恵」
彼女は否定をしない、頷きもしない。
「死神の仕事は死神だけのものなんです。垣間見る事さえも人にははばかられます。もしも、何らかの関わりを持ってしまったとしたら」
この先はもう分かる。
聞きたくなどは無い。
「嫌だ」
「関わってしまったら、私たちの仕事が一つ増えることになります。そして、今日中に一つこなさなくてはいけなくなってしまいました」